第50話「焔ノ共鳴 ―鬼焔操流―」
――深淵の底、燃え尽きぬ炎が揺れていた。
己の悪鬼――白影。
それは和泉 百希夜にとって最も忌むべき存在であり、
同時に、自らの“心の核”でもあった。
灼熱の世界で向かい合うのは、少年とその影。
喰うか、喰われるか――ただそれだけの、純粋な闘争。
だが、焼かれ、倒れ、それでも立ち上がった少年の瞳に宿るのは、
もはや“恐れ”ではなく“覚悟”だった。
燃え盛る焔の中で、和泉は選ぶ。
憎むべき力を拒むのではなく、受け入れ、制し、操る道を。
――闇の底。
轟く炎が渦を巻く焦熱の牢獄。
立つのは、ひとりの少年と一匹の悪鬼。
山をも呑む白銀の魔蟲――白影。
爛々たる双眸は、ただ主を喰らい尽くさんと燃えていた。
だが、対峙する和泉 百希夜は――笑った。
「よぉ、相棒……力、貸せよ」
小さな背に、狂気すら押し返す覚悟が宿る。
いま、少年と悪鬼の真正面の激突が始まる――
白影の巨躯がしなり、炎海を割る突進。
――ドガアアアアッ!
大地が裂け、空気が震える。
和泉は反射で地を蹴り、横へ跳ぶ。
掌に灯るは、黒く燃える点火針。
――ギギギィィン!
火花と鋼の悲鳴。
だが刃は甲殻に弾かれる。
――ブオンッ!
振り抜かれた尾――空を裂く巨鞭。
避けた直後の風圧が全身を叩き、筋肉が悲鳴を上げる。
それでも、少年は笑った。
臆病な肉体を、闘志がねじ伏せる。
ただ一つ、眼前の悪鬼を打ち砕くために。
和泉はさらに懐へ。
――ギイン!
点火針の一閃は火花に終わる。
だが手は止まらない。
「――《飛火剣》ッ!」
放たれた火のクナイが頭部へ突き刺さる。
爆炎が闇を赤く染めた。
炎柱を足場に駆け上がる和泉。
だが巨体が蠢く。
無数の脚の付け根から、紅蓮の矢が連射される。
――ゴウッ!
火線の雨。
弾丸のような炎を紙一重で潜り抜け――
跳ぶ。
高く。
掲げた点火針が灼ける閃光を孕む。
「行くぞ――!! 《赤い一線》ッ!!」
放つ刹那、死の直感が脳を撃つ。
煙の底で煌々と燃える双眸。
喉奥に潜む紅蓮の罠――
――ゴオオオオオッ!
烈火の奔流が、少年を呑み込んだ。
*
炎が収束したとき、誰もが少年の死を予感しただろう。
しかし――
「がはっ……はっ!」
業火の中心に、黒い影。
炭のように焼けた身体。
だが、口元がわずかに吊り上がる。
「……よぉ。主様にしては、ずいぶん乱暴じゃねぇか」
全身を焼かれながらも、なお笑う。
その一瞬、白影の瞳に初めて「恐怖」が灯り、無意識に後ずさる。
煤けた点火針を一度振る。
剝がれ落ちた煤の下――刀身は緋に染まり、炎のように揺らめいていた。
「こんなとこで……てめぇと遊んでる暇はねぇ!」
握られた刃が眩く光る。
白影も牙を研ぎ、喉奥に灼熱を孕む。
――ゴオオオオッ!
「南無三ッ!!」
紅蓮へ、和泉は最後の一矢を放つ。
紅の閃光が業火を切り裂き、轟音が世界を揺らす。
――バアアアアン!
白影の片眼、さらに頭蓋を穿つ。
それでも悪鬼は立つ。
残る眼に炎は消えない。
「……ふん。俺に似て、頑固だな」
互いに満身創痍。
だが、眼光は折れない。
「お前が俺をどう思おうが――今は関係ねぇ」
片目の悪鬼に、和泉は静かに告げる。
「だが、このまま終われねぇだろ。……なぁ、白影」
低く唸った白影は、やがて踵を返す。
深層の闇へと身を沈め――消えた。
「……ハッ。素直じゃねぇな」
和泉は笑う。
「さあ――ここからが正念場だ!」
その瞬間、深淵に光が溢れ――
和泉の意識は表層へと帰還していった。
◇ ◇ ◇
「く……うぅ……もう、もたない……!」
夢の深層。
杏樹は歯を食いしばり、泡の結界で荒武者の猛攻を受ける。
理恵と亜子は左右から挟撃。
だが――
「ガアアアアアアアアア!!」
咆哮とともに烈火が噴き上がる。
和泉の炎を取り込んだ巨体は、もはや“炎の戦鬼”。
「……だめ、結界が――!」
灼熱が膜を焦がし、結界は砕け散る。
「てめェの……力ァ――ヨコセェェェ!!」
血走った腕が振り下ろされる――
――ザンッ。
低く鋭い斬音。
ドサリ、と落ちる右腕。
呆然と断面を見下ろす荒武者。
燃えさかる炎の中、黒煙だけが“何が起きたか”を語っていた。
「よぉ……待たせたな――半双の荒武者さんよ」
焦げついた空気を震わせ、少年が立つ。
先ほどまでの瘴気は一片もない。
「……トッキー」
杏樹が息を呑む。
返るのは軽い笑み。
「悪い、ちょいとダウンしてた。でも――こっからが再戦だ」
親指を立てる笑顔に、杏樹は言葉を失う。
そこに立つのは、もう“いつもの少年”ではない。
炎を纏い、闘志を鎧う覚醒の開現師。
「貴様アアアアア!!」
咆哮。
巨体が突進――
「……うるさい」
ドンッ!
烈火の蹴りが腹を貫き、巨躯が吹き飛ぶ。
『和泉さん、まずは瘴気の浄化を――』
梓の慧珠が進言。
和泉は首を振る。
「いらない。……もう、済んでる」
黒い瘴気は消え、純粋な“炎”だけが少年を包む。
理恵と亜子が息をのむ。
砂塵の向こう、和泉は迷いも恐れもなく荒武者へ歩を進めた。
裂けた腕も凹んだ腹も、瞬く間に再生する。
それでも、和泉は退かない。
「男子三日会わざれば、って言うけどよ……そんなに待たせねえよ!」
空洞の左眼の奥で、赤い焔が灯る。
同時に全身から炎が噴き出し、瘴気を焼き払い闇を祓う。
炎が収束したとき、少年の“黒”はすべて消えていた。
点火針を振り抜く。
灼ける音、赤い残光が夜気を裂く。
「――行くぞ。白影」
名を呼ぶと、背後に巨大な影が立つ。
白銀の魔蟲の咆哮。
「悪鬼招来――《刃火血刹》!!」
白影は光粒となって弾け、少年へ憑依する。
炎と影が一つになる。
黒髪が焔に染まり、虚ろな左眼に紅蓮の円環が灯る。
和泉は掌を地へ。
「――業火の火に焼かれな。《鬼焔操流》!!」
轟――!
地を這う炎が龍のごとく巻き上がり、赤黒い奔流が荒武者を包む。
それはもはや自然の火ではない。
“悪鬼の炎”を“人の意志”で操る禁断の火。
白影の咆哮と、和泉の声が重なる。
「燃え尽きろ――!!」
焔の奔流が大太刀を呑み、紅蓮が爆ぜた。
それはまるで――悪鬼すら屈服させる、祈りの炎。
【次回予告】
業火に焼かれ、悪鬼はなお立つ。
それでも、少年たちは退かない。
四人それぞれの“決意”が、いまひとつの炎となる――。
次回、第51話「四光の胎動」
交わる意志が、絶望を裂く。
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