第49話「閃光!黒と朱と」
黒と朱。
相反する二つの力が夜空を裂き、森の外縁で激しくぶつかり合う。
歴代最強と謳われた「黒き疾風」、笠井 亮。
無邪気な笑みで悪意を撒く異端、朱天。
拳と槌が噛み合うたび、大地は揺れ、空気は震え、光と影が閃く。
その死闘は、もはや人の領域を超えた“異次元”の戦い。
仲間を守り、未来を繋ぐために――。
笠井は己を削り、朱天は禁忌を喰らってなお進化する。
熾烈な閃光が夜を白く照らす。
次に訪れるのは、勝利か、滅びか。
森の外縁。
刃より鋭い気配が交錯し、二つの影が寸分違わず激突する。
拳と槌が噛み合うたび空気が裂け、耳を灼く衝撃音が夜気を叩いた。
呼吸の乱れ一つが即死を意味する。
朱天が低く沈み、爪先で大地を弾く。
無邪気な笑みのまま、瞬きの間に間合いへ滑り込み――
「きひっ!」
笠井は肩の傾ぎを見切り、半身を滑らせる。
返す構えで風塵鴉鎚を振り抜き、圧縮された風弾を撃つ。
――シュッ。
朱天は掌でそれを潰した。
重心が浮いた、その一刹那――笠井は逃さない。
蹴撃。
腰を軸に放たれた一閃が胴を薙ぐ。
朱天は翻身で直撃を避けたが、余波に弾かれ地を削って着地した。
音もなく笠井が前方へ降り立つ。
二人の息は乱れず、眼差しだけが夜を貫く。
「やっぱり、君とやるのは神経がヒリついて楽しいね♪」
無邪気な笑み。
だが双眸には悪意の焔。
「あれれ? おしゃべりは苦手?」
「……外道に言葉は不要」
冷ややかな一刀。
舌戦を拒む断罪。
朱天は肩をすくめ、森の奥へ目を走らせる。
「ひどいなぁ。僕のおかげで、あの子たちはちゃんと育ってるのに」
『やはり……東京の時も、亜子ちゃんの時も……今回も。全部、あなたが仕組んだのですね!』
花奈の慧珠が烈しく輝く。
「もちろん。でもね? 勘違いしないで。僕は信じてるんだ。彼らなら――僕の“試練”すら越えられるって」
残酷な神の笑み。
信仰を弄ぶ悪意そのもの。
「黙れ。お前の戯言はここまでだ」
笠井が身を沈め、風塵鴉鎚を構える。
次の瞬間――轟音。
風を纏った一歩が朱天へ突き刺さる。
紙一重で躱した朱天の拳。
ガッ――!
だがその手は風塵鴉鎚に阻まれ粉砕された。
(……さすが。けど――ここで終わると思わないことだ)
砕けた掌が即座に蘇る。
拳が再び走る――
――ザンッ!
黒き風がそれすら払う。
黒錆鉄爪。
深化の黒風が朱天の手を削ぐ。
(まさか……すでに深化を――!)
驚愕と賛美が朱天を貫く。
「啄め――国士無双」
冷徹な宣告。
死を司る黒風が朱天を覆う。
朱天は咄嗟に自ら腕を切り落とし、跳ぶ。
ガガガッ――骨肉をすり潰す音。右腕は一瞬で削ぎ落ちた。
砂塵の中から朱天が膝を突き、恍惚の笑みで立つ。
血走った双眸は笠井を外さない。
肩口から断たれた右腕――再生の気配はない。
(……再生は、無理)
そして――
「アハハ、アハハハハハ!!」
狂気の笑いが夜空を震わせた。
「最高だ! 最高だよ、笠井 亮ッ!!」
歓喜が木霊し、ふと笑みが消える。
朱天の手に異様な器。
右手に緋色の盃。
左手に脈打つ黒紫の種子。
盃には濃い酒がなみなみと揺らめく。
「……面倒だな」
笠井が呟き、黒き疾風で薙ぐ。
朱天は盃を一気に飲み干し――肺の底から吹いた。
「――ぶううぅぅぅぅッ!!」
酒霧が奔流となり黒風に交わる。
――ゴウッ!
気化アルコールが蒼炎を巻き上げた。
青白い火柱に浮かぶ笑みは、もはや悪鬼。
揺らめく蒼炎の中、朱天は黒紫の種子を口へ運ぶ。
波羅夷の種子。
血花桜の残り香から生まれ、鬼夢の残滓を喰らい育つ禁忌の瘴気核。
盃の酒でそれを嚥下した刹那――
黒錆鉄爪が奔る。
だが黒風は霧散した。
朱天の肉体が朱に染まり、失われた右腕が芽吹く。
「さあ、第二回戦と行こうか――開現師!」
真紅の双眸が怪しく光る。
黒と朱がぶつかるたび、世界が軋む。
朱天は盃を重ねるほど熱を増し、動きは荒唐無稽でいて流麗――酔狂と狂気の舞。
一方、笠井は一切の躊躇なく応じ、踏み込みと回転を読み切って的確に刺す。
外から見れば拮抗。
勝敗は読めない。
だが観測者・七瀬 花奈には違う景色が見えていた。
(亮さん……深化を起動してから、もう長い……! お願い、早く――)
祈りを嘲るように、朱天の猛攻は苛烈さを増す。
星屑のように閃光が交錯し――その一瞬、わずかに。
笠井の動きが鈍った。
「かかっ!!」
愉悦と殺気が混じる笑い。
拳に凝縮された殺意――
ガッ!!
鉄拳が脇腹を穿つ。
直前に風圧壁で減衝したが、電撃の痛みが全身を走る。
「――ぶううぅぅぅッ!!」
追撃。
盃の酒が肺から吹き出され、瞬時に気化して笠井を包む。
「くっ……!」
風塵鴉鎚が走るも、朱天は間合いを切る。
「結構、フラフラじゃない?」
挑発。笠井は口端をわずかに吊り上げる。
「いや……さっきので眼が覚めた」
指先に赤。だが眼差しはさらに研ぎ澄まされていた。
衰えはある――しかし追い込まれるほど、その真価は露わになる。
(勝負は――一瞬)
笠井と朱天、同じ思考が重なる。
「「――次で決める!!」」
二人の声が雷鳴のように重なった。
黒と朱――二つの影が一気に天空へ駆け上がる。
上空で雲海が裂け、シガイ塚に月光が降る。
笠井は黒の奔流を纏い、朱天は朱の稲光となる。
衝突の直前――
「ぐっ……!?」
視界がぐしゃりと歪む。
重い眩暈、脳を掻く鈍痛。
(中毒症状か……!)
高濃度の酒精が肺から血へ回り、思考を鈍らせる。
刹那の遅延――それは死。
「やっぱり、効いたね!!」
勝利の笑み。手刀が振り下ろされる。
「――終わりだ! 笠井 亮!!」
紅の閃光が迫る。
防御は間に合わない。――だが、
『させない!!』
花奈の慧珠が割って入り、結界を展開。
バリンッ――瞬時に砕ける。
だが生まれた“一瞬”が命運を分けた。
「なっ!?」
朱天の視界から笠井が消える。
――下。
落ちゆく影。
笠井が垂直に墜ちる。
「遅かったな……」
口元がわずかに歪む。
自らの体内に黒錆鉄爪を流し込み――黒風を強制爆ぜ。
「貴様……まさか!?」
バッ――!
全身から黒風が奔り、同時に口鼻耳眼から血が噴く。
「体内のアルコールを吹き飛ばすには……こうするのが早い」
血に濡れた双眸がなお鋭さを増す。
(正気か……!? 一歩誤れば廃人――)
朱天の胸を初めて純粋な恐怖が貫く。
「……イカれてるね」
「知ってるさ。だが――これでお前を狙える」
風塵鴉鎚が変貌する。
凝縮した風が一本の弩となり、矢を番える。
「……ああ、ここで終わりか」
朱天は悟る。
だが唇は笑む。
「でも……あの子たちも無事じゃすまないよ」
最後の悪あがき。
笠井の眼差しは揺れない。
「あいつらなら、勝つ」
「そうかい……」
声が夜気に溶けた。
引き絞られる。
空気が悲鳴を上げ、世界が一瞬、静止する。
「――一矢天籟」
風が放たれた。
矢は空を裂き、律の音を纏って朱天を射抜く。
「が……はッ……!」
風の渦が華奢な肢体を穿ち、黒い瘴気が噴き散る。
朱い瞳が空を仰ぐ――そこに宿るのは敗北ではなく、最後まで愉悦。
「……やっぱり、楽しい……」
囁きが残響になり、影は風に千切れて消えた。
轟音が止む。
月光の下に立つのは、ただ一人――笠井 亮。
全身は血に塗れ、それでも風塵鴉鎚を握る手は揺るがない。
花奈は胸を押さえ、震える息を吐く。
(……終わった……いや)
夜の静寂が戦場を包む。
だが余韻は安堵だけを許さない。
笠井の眼は、なお森の奥を睨んでいた。
(――まだ、幕は下りていない)
戦いは、次なる試練の序章にすぎない。
【次回予告】
焦熱の底で目覚める少年――和泉 百希夜。
己の悪鬼、白影との宿命の対峙が始まる。
燃え盛る焔が試すのは、ただ一つ。
その身を焦がしてでも守り抜く“心”があるか。
そして――再び仲間の前に立つとき、
少年は恐れを超えた“共鳴”の炎を纏う。
次回、第50話『焔ノ共鳴 ―鬼焔操流―』
「祈りの火は、まだ消えない」
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