第48話「焔の底で」
奪われた左眼。
荒武者の咆哮と、和泉の炎を奪って放たれる灼流。
仲間が必死に抗う中、和泉の意識は暗い深淵へ沈む。
そこで彼が出会うのは、己の内に宿り続ける“白影”。
恐怖か、拒絶か――それとも、共鳴か。
焔の底で試されるのは、力ではなく、心。
運命を繋ぐ選択が迫る。
――はあ、はあ。
半双の荒武者を前に、四人は予想以上の苦戦を強いられていた。
個の力は拮抗する。
だが、近しい出力ゆえの“わずかな呼吸のずれ”が噛み合いを崩し、戦局は鈍る。
加えて敵の耐久は常軌を逸していた。
幾度の斬撃も砲撃も、巨躯はなお立つ。
(このまま消耗に持ち込まれたら不利だ。いっそ俺が――)
刹那、独断の誘惑が掠める。
和泉は首を振った。
(駄目だ。ここで諦めたら、この先誰も生き残れない)
点火針を握り直す。
視界に仲間を収め、前だけを見る。
「……一気に決める!」
亜子が踏み出す。
「致し方ありませんね」
理恵も双眸を決め、鋏剣を構え直した。
瘴気は濁流のように広がり、仮想肉体に黒斑がにじむ。
侵蝕は着実だ。
「どうする、トッキー? “転身”で攪乱しよっか?」
「いや。“深化”は切り札だ。現状じゃあ、逆に消耗がでかい」
即答。
杏樹は唇を噛む。
深化とは、
悪鬼招来・悪鬼転身・悪鬼召喚
三系譜に大別される開現師の極意である。
強力だが、その分負荷も大きい。
(理恵も亜子も制約がある。――道は一つ、全員で“繋ぐ”)
「形態変化――『双剣形態』!」
理恵の立華鉢頭摩鋏が閃き、二刃に割れる。
桔梗の弧光が闇を裂く。
「我が敵を討て、顕現――『綾悉兵・砲部限定』――」
亜子がヴァジュラを呼び出しかけたその瞬間――
足元が黒い沼へ変じ、泥闇から無数の腕が伸びた。
亡者の手が脚を絡め、拘束する。
「……テメェの……眼ェ――よこせェェェ!!」
咆哮。
巨躯が亜子めがけて踏み込む。
血錆の掌が迫り――
――グシャ。
湿った嫌悪の音。
「……和泉、くん!」
亜子の悲鳴。
振り返る仲間の視界に映ったのは――左眼から鮮血を垂らす和泉。
赤い筋が頬を伝い、地に黒い花を咲かせる。
「百希夜さん!?」
「トッキー!!」
荒武者は勝ち誇るように眼を掲げ、指で弄び――大口を開いて、呑み込んだ。
グチュリ。
烈痛が神経を灼く。
脳髄を掻き毟られるような衝撃に膝が折れかけるが、和泉は歯を食いしばる。
容赦なく大太刀が再び落ちる――
――ドゴオオオオッ!!
爆光が巨体を押し返す。
「もう……好き勝手にはさせない!」
黒鉄の砲塔を据えた亜子。
双眸に迷いはない。
放たれた光弾が半身を吹き飛ばす。
だが黒ずんだ肉塊は蠢き、筋繊維が絡み合い原形を戻す。
「りえっち!!」
「拘束します――蕣花縛塊!」
大地から蔓が噴き、巨体を絡め取った。
甲冑が軋む。
その隙に杏樹が和泉を抱き起こし、後方へ引きずる。
「トッキー! しっかり!」
「梓さん、お願い! 治して!!」
『畏まりました』
深紅の慧珠が和泉を包み、修復の光が奔る。
焦げた神経を繋ぎ、失血を辛うじて止める。
前線。
理恵は拘束を維持し、亜子が照準を合わせる。
「放せェェェェェェ!!」
荒武者が内側から黒炎を噴き、蔓を焼き斬った。
光弾すら呑み込む。
――轟ッ!
烈火が荒野を真紅に染め、理恵と亜子を呑む。
炎柱を突き破って跳ぶ影――狙いは負傷の和泉。
『まだ……治療が……!』
「ここは、わたしに任せて!!」
杏樹がデガ喇叭を噛み、肺の底から吐息を叩きつける。
「――郷泡霧ッ!!」
瞬く間に膨張した泡が半透明のドームを成し、二人を包む。
大太刀が振り下ろされ――
――ズバァァン!
……ボヨン。
衝撃は吸われ、割れない。
強靱な膜がいなす。
「く……! これでは間に合わない!」
理恵は亡者を切り払い道を拓くが、群れは湧く。
「亜子さん! ここから狙えますか!?」
「無理……! 二人が射線に入る!」
杏樹は膜を必死に厚くする。
だが――
――ゴウッ!!
荒武者の甲冑の亀裂から、赤黒い炎が噴き上がる。
和泉から奪った“点火”。
「まさか……百希夜さんの炎を……!」
熱が泡を炙る。
膜がバチバチと焦げる。
「まずい……! もたない!!」
灼熱が喰い破らんと迫る――。
◇ ◇ ◇
左眼の喪失、瘴気の侵蝕。
意識は暗い底へ沈んでいく。
浮かぶのは今是町の事件後――笠井との特訓の日々。
「やっぱ……白影を調伏するの、無理なんすかね」
汗に濡れた床に座り込み、弱音がこぼれた。
挑んでも手応えは遠い。
胸に淀む不安が言葉へ滲む。
「どうして、そう思う?」
静かな声。
刺すように真っ直ぐな眼差し。
「これだけやっても“できる気”がしない。無理だと思うのが当然でしょ」
言い終えて後悔する。
だが笠井は眉一つ動かさない。
沈黙が重い。
叱られた方がまだ楽だ――そう思った時、声が落ちた。
「お前、白影を、どう感じている?」
「どうって……」
恐怖、憎悪、拒絶――混ざり濁った感情が喉につかえる。
「……良くは思ってないっすよ。強くはなれたかもだけど、制御できない。振り回される。結局いつも、俺が引きずられてる」
言葉が意外なほどあふれた。
それが本心だった。
「……いやんなりますよ、ほんと」
窓枠に影が差す。
笠井が、ふっと笑った。
「笑うことないでしょ」
「悪い。だが――そこまで考えていると分かって、ついな」
厳しい師が纏う、稀な柔らかさ。
それが救いになる。
「そりゃ……少しは考えますよ」
照れ隠しに呟くと、笠井は立ち上がった。
「続きは?」
「今日は終いだ」
「じゃあ次は?」
「次はない」
「……え」
入口で振り返る。
「お前はもう、”深化”を成している」
「で、でも俺は――」
鋭い眼差しが言葉を止めた。
「後は――お前次第だ」
その一言は、胸底で消えない火種になった。
のちに仲間が加わっても、笠井が“深化”の稽古を再開することはなかった。
あの言葉こそ最大の教えだったからだ。
◇ ◇ ◇
和泉は沈む。精神の淵――深層意識。
深く、暗く、無そのもの。
熱も寒さも、時間すらない漆黒。
その底に――二つの真紅の焔が灯る。
ぼう、と。
眼のような、鼓動のような焔。
やがてそれは蛇行する炎流となって昇り、虚無を灼く。
仮想肉体は焦げ、黒ずみ、焼けただれる。
――それでも、退かない。
「……よお。待たせたな――白影」
白銀の閃きが炎海を割る。
現れたのは白銀の外殻を持つ魔蟲。
無数の脚が空を掻き、金属質の甲殻が軋む。
幾重にもとぐろを巻く巨躯が、真紅の双眸で和泉を睥睨した。
咆哮なき威圧が空間を震わせ、深淵を裂く。
――呼吸を揃えろ。
――お前は、もう成している。
――後は、お前次第だ。
和泉は、焼け爛れた掌を前へ差し出す。
「行くぞ、相棒。……力、貸せよ」
白影の双眸が、燃え上がる。
【次回予告】
黒と朱――。
相剋する二つの力が、夜を裂き火花を散らす。
冷徹なる「黒き疾風」、笠井 亮。
無邪気に悪意を撒く異端、朱天。
森は震え、空は割れ、閃光が交錯する。
人の領域を越えた“異次元”の死闘。
そして迫る決断――勝利か、滅びか。
次回、第49話「閃光!黒と朱と」
夜天を裂く閃光が、二人の運命を照らす。
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