第46話「舞い上がる四つの光」
侵食を続ける悪夢の森――シガイ塚。
現実と夢の境界は崩れ、闇に潜む気配は一層濃くなる。
笠井が下した決断は、若き四人への試練だった。
守られるのではなく、自らの力で生き残れ。
厳しさの奥で、それは真の戦士へ導く檄。
烈火、紫苑、巨星、そして黄昏。
異形の森に差し込むのは、四人が掲げる光。
次なる戦場で、仲間としての真価が問われる――。
広がり続けるシガイ塚を前に、五人は肩を並べた。
「ここまで現実に鬼夢が侵食したのは……お前たちも初めてだろう?」
笠井の問いに、理恵たちは息をのんで頷く。
「ドリームコンバータは使わないんですか?」
杏樹の疑問に、笠井は首を振る。
「残念だが、ここまで進めば意味はない。やれるのは――直接、この空間に飛び込むことだけだ」
二人の表情が引き締まる。一方、和泉と亜子の視線は静かに揺らがない。
「この先からは、夢と現実が逆転する。……気を引き締めていけ」
踏み出そうとした笠井が、ふいに歩みを止めた。
「先生?」
和泉の問いに、一拍置いて厳命が落ちる。
「ここから先は――お前たち四人で対処してみろ」
「え……?」
動揺が走る。
「なぜ、いきなり……?」
理恵の問いに、笠井の眼が鋭く光る。
「これからもこういう現場に身を投じる。最大の武器は“俺が守ること”じゃない。お前たち自身が、生き残る術を掴むことだ。
俺がいる甘えで全力を出し切れないなら――本番で命取りになる」
重い沈黙。理恵と杏樹に迷いが差す。
そこで、和泉が一歩出た。
「……いずれやるなら、今でいい」
「とっきー……」
「ですが、連携が――」
理恵の言葉を断ち、亜子が和泉の隣に並ぶ。
「あたしも賛成。誰がいても死ぬときは死ぬ。……なら、こういう試練を越えられなきゃ、ここにいる意味がない」
二人の決意に押され、理恵と杏樹も意を決して頷いた。
「藤本、バックアップを」
「ええ。準備は整っています」
梓は既に瞑想に入り、支援体制を展開していた。
「七瀬の準備は?」
「はい。朱天が動けば必ず感知します!」
瘴気漂う森の奥に、朱天の匂い。
笠井と花奈はそれを確かに感じ取っていた。
(悪いな……だが、お前たちなら必ず生き残れる)
笠井は胸中で呟き、戦地へ進む四人の背を見送った。
◇ ◇ ◇
森へ足を踏み入れた瞬間、四人の身体は糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。
だが、意識は消えない。
――ここは現実へ滲んだ“夢”。四人は異空間に自らの“疑似肉体”を創っていた。
「ええ~!? なんか超フシギ!」
杏樹が倒れた自分の身体を覗き、つつこうとする。
指はすり抜け、触れない。
「知識では理解していましたが……実地は初めてですね」
理恵は困惑を抑え、冷静に状況を読む。
和泉と亜子は驚きも見せず、森の奥を見据えた。
「二人は……こういうの、初めてじゃないんだよね?」
「……まあな」
和泉は短く。亜子は無言で顎を引く。
「昔はさておき――今は任務に集中だ」
和泉の一言に、理恵も杏樹も頷く。
足並みを揃え、不気味な深部へ。
『皆様、御注意を。――来ます』
紅い光を帯びた慧珠がふわりと浮く。
「梓! 来てくれたのですね」
『はい。サポートは私が。……御準備を』
同時に、奥の茂みがざわりと揺れた。
「全員、構えろ!!」
和泉の叫び。飛び出したのは――人の頭蓋。
白骨の隙間に腐肉がへばりつき、黒ずんだ皮膚が垂れる。湿った土と血の腐臭が鼻を刺す。
「ひっ……趣味、悪すぎでしょう!?」
杏樹の声が上ずる。だが止まらない。
茂みが次々とざわめき、数十の骸が空を滑るように迫る。
「……派手な歓迎ですね」
理恵の瞳が研ぎ澄まされる。
「やっぱ、こうなるよな」
「とっとと蹴散らして――本体を叩く」
亜子の低い声に、気配が一つになる。
「一気に行くぞ!」
髑髏の群れが牙を剥き、空を裂く。
「――『我が敵を討て、顕現!』」
三人が同時に腕を突き出す。
奔る光、現界するヴァジュラ。
「――点火針!」
「――立華鉢頭摩鋏!」
「――デガ喇叭!」
炎を宿した針剣、桔梗色に煌めく鋏剣、泡を噴く銃器。
瘴気が裂け、武装が光を放つ。
ザンッ――!
点火針の白銀が炎を纏い、骸を両断。
「久々の実戦だ! 暴れさせてもらう!」
烈火の閃が闇を裂き、亡者を炎へ還す。
和泉は低く構え、群れへ踏み込む――目にも止まらぬ速さで薙ぎ払った。
一方、理恵の立華鉢頭摩鋏が舞う。
桔梗色の刀身が花のように鮮やかに閃く。
『お嬢様、まだ群れます』
慧珠の声。
理恵は凛と笑んだ。
「なら――主と同じ趣向で」
聖女めいた微笑。それは地獄を呼ぶ合図。
理恵が地を這う枝々へ念じる。
(――狩りなさい)
瞬時、枝は蛇のように蠢き、骸を串刺しにした。
入り口で見た“目玉の早贄”を思わせる光景。
「冥府へ還りなさい。――私が導きます」
声に、骸が一瞬ひるむ。
「二人とも、気合入ってんじゃん!」
杏樹も負けじとデガ喇叭を咥える。
「カアアアア!!」
顎を外しかけた髑髏が殺到。
「泡連弾!!」
白い奔流が群れを薙ぐ。
「もう――うら若きレディに何て態度!」
ぷんすか怒りながら、杏樹は宙へ弧を描く。
「馬鹿にしないで!」
空中一回転、連射。
轟音とともに骸が粉砕された。
そのとき、杏樹の視線は奥で戦う亜子へ。
和泉も理恵も、自分もヴァジュラ。
――だが亜子は素手。
「あーこ……どうしてヴァジュラ出さないの」
不安は杞憂だった。
亜子の拳が黄金の閃を帯び、骸を易々と叩き潰す。
噛みつこうと群がる亡者は、彼女の肌に触れることすらできない。
掠めた腕で砕け、残骸だけが積もる。
怯んだ群れが空へ舞い、一塊になって降下する。
華奢な身体が骸の山に呑まれた。
「あーこ!!」
援護に走ろうとした刹那――
轟、と。骸の山の奥で黄金が爆ぜる。
「――えい」
小さな掛け声。次の瞬間、骸は木端微塵に吹き飛んだ。
「お……おお……」
杏樹は呆然。
聖堂院で学ぶどの戦技とも違う。
――むしろ“絶対に許されない無茶”の領域。
思考が絡む背後へ、骸が忍び寄る。
「あぶない」
冷ややかな声。
亜子が蹴った小石が頭蓋を撃ち抜き、粉砕。
「ありがと、あーこ……!」
「構わない。でも――向こうの二人に負けてられない。先行く」
「なら、援護する?」
亜子が口の端で笑う。
「あたしの動きに――ついてこられるならね」
そう言って、骸の渦へ飛び込んだ。
「はいはい。やってやろうじゃん!」
杏樹も武器を構え、後を追う。
――闇夜に沈む呪われた森。
そこに集う四つの光が、燦然と舞い上がった。
【次回予告】
骸の群れを突破した先に広がるのは、焦げた大地――“死の荒野”。
月光に晒され、単眼の巨躯が唸る。半双の荒武者、顕現。
噛み合わぬ四つの刃、揺らぐリズム。迫る咆哮。
一方、闇の外縁では――暗躍する影……。
次回、第47話「死闘の幕開け」
黒の部隊、試されるのは“連携”か、“覚悟”か。
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