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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第六章:四光の胎動編
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第44話「シガイ塚の影」

 束の間の休息を終えた黒の部隊。

 だが、その笑い声の余韻は長くは続かなかった。


 大塚探偵事務所を訪れた新たな依頼人。

 左目に眼帯をつけた少年は――「夢で眼を取られた」と語る。


 その言葉は、冗談で済ませられないほど重かった。

 “シガイ塚”と呼ばれる森に潜む影。


 黒の部隊は、ついに怪異の真相へ足を踏み入れる。

 ――大塚探偵事務所。


「……あれぇ~、どうしちゃったの?」


 机に突っ伏し、ピクリとも動かない和泉を見て、花奈が首をかしげる。


「い、いえ、その……戦いがあったといいますか……」


 理恵がしどろもどろに応じ、横で杏樹もうんうんと神妙に頷く。


「あれは……凄まじい戦いだったよ」


「和泉くんに、漢を見た」


 亜子は窓外に視線を投げ、遠い目で言った。


 三人の妙に含みのある証言に、花奈の頭上で「?」が増殖する。


「今は彼のことは、そっとしておいてください」


 梓が静かに告げ、和泉に胃薬を差し出した。


 そこへ扉が開き、笠井と大塚が戻ってくる。


「……何をしているんだ、お前ら」


 机に沈む和泉を見て、笠井が眉をひそめる。


「い、いや、何とも……うぷっ」


 口を押さえる和泉。三人娘は気まずげに視線を逸らした。


「ハッハッハ! いいじゃないか、青春を謳歌する若人らしい!!」


 大塚が豪快に笑い、笠井は咳払いを一つ。


「さて。冗談はここまでだ。まもなく依頼人が来る。俺と七瀬で聴き取りを行う。お前たちは奥で待機」



   ◇  ◇  ◇



 やがて、事務所の扉が静かに開く。


 現れたのは、やつれた母親と、その隣に立つ少年。

 少年の左目には眼帯。金髪にピアス。中学三年にして、世を斜に見る影を背負っていた。


「お待たせしました。どうぞお掛けください」


 笠井と花奈が立ち上がり迎える。母親は緊張した面持ちで一礼し、椅子へ。


 依頼人――佐藤 大翔(さとう はると)と、その母。

 母の控えめさとは対照的に、大翔は落ち着かず、足を小刻みに揺らし続けている。


「実は、息子のことでご相談がありまして……」


 母が視線を向けると、大翔は顔を背け、苛立ちを隠そうともしない。


「息子さんの“眼”について、でしょうか?」


 笠井が静かに問う。母は小さく頷き、震える声を絞る。


「ええ……最近、この子が『左目が見えなくなった』と。病院にも何度も連れて行きましたが、どこでも『眼に異常はない』と言われて……」


 花奈が眉を寄せる。


「精神的なものかと精神科にも通いました。……けれど、原因は分からずじまいで」


「なるほど」


 笠井が頷く。


「では、なぜ我々のところへ?」


 母は言い淀み、唇を噛む。意を決して続けた。


「それは……この子が言うのです。眼が見えなくなった原因は――」


 母は息子を見つめ、震えた。


「『夢で眼を取られたからだ』と」


 空気が凍る。


 重い沈黙――やがて、大翔が椅子を蹴るように立ち上がった。


「くだらねえ!! どうせ、あんたらも信じちゃいねえんだろ!」


「待って、はるちゃん!! お願い、もう他に頼れる所がないの!」


 母が腕を掴むが、大翔は手荒く振り払う。


「うっせえ!! 病院も霊媒師も、どいつもこいつも役立たずだ!!」


 怒声と共に、母へ手を振り上げ――


 パシッ。


 その腕を、和泉が掴んでいた。

 つい先ほどまで机に沈んでいたはずの彼が、いつの間にか立っている。


「ちょっと、落ち着け」


 静かな声。荒ぶる少年と対照的な、平坦で真っ直ぐな響き。


「ハア!? 離せよ!」


 もう一方の拳が飛ぶ――が、それは笠井に遮られた。


「放せって……ッ!?」


 力任せに振りほどこうとした刹那、和泉と笠井の脳裏に閃光が走る。

 同時に、大翔も目を見開いた。自身の内側で何かが軋んだのだ。


「……白羽の、矢?」


 和泉の口から、無意識の言葉が漏れる。脳裏に焼き付いた像が、音になった。


「てめえ……なんで、それを!?」


 大翔の顔色が変わる。眼帯の奥から覗く視線が揺れた。


「なるほど……荒武者に、その片目を奪われた、というわけか」


 笠井が手を解き、低く落とす。


「……どうして、知ってんだよ?」


 疑念と恐怖の視線。笠井は一歩も退かず、淡々と応じる。


「どうだ。うちの調査員はこう見えて優秀だ。君が夢で見た“悪夢”を――祓うことも、不可能ではない」


 その声にかぶせるように、大塚が姿を見せる。

 長い髪を揺らし、豪快に笑った。


「まあまあ、落ち着け。俺たちは敵じゃない。むしろ力になりたい」


 和泉の手の温度に押され、大翔は深く息を吐く。


「……分かったよ」


 吐き捨てるように言いながらも、再びソファへ腰を下ろした。


「では、続けましょう」


 笠井の促しに、大翔は諦観をたたえた表情で、語り始める――。



   ◇  ◇  ◇



「始めは……ただの暇つぶしだったんだよ」


 視線を伏せ、低く語る大翔。


 彼を含む数人は、地元で名の知れた不良グループ――といっても、山間の片田舎だ。

 夜な夜なコンビニの駐車場に集まり、缶コーヒー片手にくだらない話。やることはそれくらい。


 退屈。

 それだけが、彼らの日常を支配していた。


 ある夜、スマホで流し見ていた動画に出てきた――近隣の“やばい”心霊スポット。


 ざわめく仲間。「くだらねえ」と笑いながら、どこか血が騒ぐ。

 どうせやることもない。肝試しに行くか――自然な成り行きだった。


 深夜。

 ぞろぞろと向かったのは「シガイ塚」と呼ばれる森。

 田んぼ道の脇にぽつんと浮かぶ小さな雑木林。端から端まで歩いても五分とかからないはず――だった。


 ……なのに、外から眺めるだけで胸の奥にひやりとしたものが残る。

 そこだけ別の世界に繋がっているような、切り取られた気配。


 本当は誰も踏み込みたくなかった。

 それでも、内心の恐怖をかき消すように、やけに騒がしく笑いながら、彼らは奥へと進んだ。


 中は鬱蒼たる青葉に覆われ、思った以上に暗い。

 スマホのライトがなければ、一寸先も見えない。


 外の蒸し暑さとは打って変わって、空気はひやりと重たく湿っていた。

 背に貼りつく冷気が、呼吸を浅くする。


 引き返すこともできず、ただ前へ。

一歩ごとに闇は濃くなり、時間の感覚が削れていく。


 気づけば――五分で抜けられるはずの森を、十分以上歩いていた。


 その時、先頭の仲間が声を震わせる。


「……なあ、あそこ、何か見えねえか?」


 照らされた先に浮かび上がったのは――木で組まれた小さな箱。


 いや、祠だった。


 だが「祠」と呼ぶには、あまりにもみすぼらしい。

 蝶番(ちょうつがい)の外れた扉は片方が落ち、木は腐食し、苔に埋もれている。

 長い年月に忘れ去られ、朽ちていくままに任されたもの――。


 仲間の一人が、おっかなびっくり覗き込む。


「な、何だ! なんもねえじゃねえかよ!!」


 苛立ちに任せ、そいつは祠を蹴った。

 朽ちたそれは、いとも簡単に崩れ落ちる。


「何だよ、つまんねえな~」

「結局、デマかよ」


 完全に興ざめした彼らは、その後は何事もなく森を抜けた。


 そして解散。――だが、異変はすぐに始まった。

【次回予告】


 少年は語る――「夢で眼を取られた」。

 “半双(はんそう)の荒武者伝説”、屋根に刺さる白羽の矢、崩れた祠。

 日常は音もなく反転し、黒の部隊は“シガイ塚”へ。

 森の入口に並ぶのは、抉り取られた眼――早贄。


 次回、第45話「半双の荒武者伝説」

 悪夢は、もう夢の中だけではない。


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