第44話「シガイ塚の影」
束の間の休息を終えた黒の部隊。
だが、その笑い声の余韻は長くは続かなかった。
大塚探偵事務所を訪れた新たな依頼人。
左目に眼帯をつけた少年は――「夢で眼を取られた」と語る。
その言葉は、冗談で済ませられないほど重かった。
“シガイ塚”と呼ばれる森に潜む影。
黒の部隊は、ついに怪異の真相へ足を踏み入れる。
――大塚探偵事務所。
「……あれぇ~、どうしちゃったの?」
机に突っ伏し、ピクリとも動かない和泉を見て、花奈が首をかしげる。
「い、いえ、その……戦いがあったといいますか……」
理恵がしどろもどろに応じ、横で杏樹もうんうんと神妙に頷く。
「あれは……凄まじい戦いだったよ」
「和泉くんに、漢を見た」
亜子は窓外に視線を投げ、遠い目で言った。
三人の妙に含みのある証言に、花奈の頭上で「?」が増殖する。
「今は彼のことは、そっとしておいてください」
梓が静かに告げ、和泉に胃薬を差し出した。
そこへ扉が開き、笠井と大塚が戻ってくる。
「……何をしているんだ、お前ら」
机に沈む和泉を見て、笠井が眉をひそめる。
「い、いや、何とも……うぷっ」
口を押さえる和泉。三人娘は気まずげに視線を逸らした。
「ハッハッハ! いいじゃないか、青春を謳歌する若人らしい!!」
大塚が豪快に笑い、笠井は咳払いを一つ。
「さて。冗談はここまでだ。まもなく依頼人が来る。俺と七瀬で聴き取りを行う。お前たちは奥で待機」
◇ ◇ ◇
やがて、事務所の扉が静かに開く。
現れたのは、やつれた母親と、その隣に立つ少年。
少年の左目には眼帯。金髪にピアス。中学三年にして、世を斜に見る影を背負っていた。
「お待たせしました。どうぞお掛けください」
笠井と花奈が立ち上がり迎える。母親は緊張した面持ちで一礼し、椅子へ。
依頼人――佐藤 大翔と、その母。
母の控えめさとは対照的に、大翔は落ち着かず、足を小刻みに揺らし続けている。
「実は、息子のことでご相談がありまして……」
母が視線を向けると、大翔は顔を背け、苛立ちを隠そうともしない。
「息子さんの“眼”について、でしょうか?」
笠井が静かに問う。母は小さく頷き、震える声を絞る。
「ええ……最近、この子が『左目が見えなくなった』と。病院にも何度も連れて行きましたが、どこでも『眼に異常はない』と言われて……」
花奈が眉を寄せる。
「精神的なものかと精神科にも通いました。……けれど、原因は分からずじまいで」
「なるほど」
笠井が頷く。
「では、なぜ我々のところへ?」
母は言い淀み、唇を噛む。意を決して続けた。
「それは……この子が言うのです。眼が見えなくなった原因は――」
母は息子を見つめ、震えた。
「『夢で眼を取られたからだ』と」
空気が凍る。
重い沈黙――やがて、大翔が椅子を蹴るように立ち上がった。
「くだらねえ!! どうせ、あんたらも信じちゃいねえんだろ!」
「待って、はるちゃん!! お願い、もう他に頼れる所がないの!」
母が腕を掴むが、大翔は手荒く振り払う。
「うっせえ!! 病院も霊媒師も、どいつもこいつも役立たずだ!!」
怒声と共に、母へ手を振り上げ――
パシッ。
その腕を、和泉が掴んでいた。
つい先ほどまで机に沈んでいたはずの彼が、いつの間にか立っている。
「ちょっと、落ち着け」
静かな声。荒ぶる少年と対照的な、平坦で真っ直ぐな響き。
「ハア!? 離せよ!」
もう一方の拳が飛ぶ――が、それは笠井に遮られた。
「放せって……ッ!?」
力任せに振りほどこうとした刹那、和泉と笠井の脳裏に閃光が走る。
同時に、大翔も目を見開いた。自身の内側で何かが軋んだのだ。
「……白羽の、矢?」
和泉の口から、無意識の言葉が漏れる。脳裏に焼き付いた像が、音になった。
「てめえ……なんで、それを!?」
大翔の顔色が変わる。眼帯の奥から覗く視線が揺れた。
「なるほど……荒武者に、その片目を奪われた、というわけか」
笠井が手を解き、低く落とす。
「……どうして、知ってんだよ?」
疑念と恐怖の視線。笠井は一歩も退かず、淡々と応じる。
「どうだ。うちの調査員はこう見えて優秀だ。君が夢で見た“悪夢”を――祓うことも、不可能ではない」
その声にかぶせるように、大塚が姿を見せる。
長い髪を揺らし、豪快に笑った。
「まあまあ、落ち着け。俺たちは敵じゃない。むしろ力になりたい」
和泉の手の温度に押され、大翔は深く息を吐く。
「……分かったよ」
吐き捨てるように言いながらも、再びソファへ腰を下ろした。
「では、続けましょう」
笠井の促しに、大翔は諦観をたたえた表情で、語り始める――。
◇ ◇ ◇
「始めは……ただの暇つぶしだったんだよ」
視線を伏せ、低く語る大翔。
彼を含む数人は、地元で名の知れた不良グループ――といっても、山間の片田舎だ。
夜な夜なコンビニの駐車場に集まり、缶コーヒー片手にくだらない話。やることはそれくらい。
退屈。
それだけが、彼らの日常を支配していた。
ある夜、スマホで流し見ていた動画に出てきた――近隣の“やばい”心霊スポット。
ざわめく仲間。「くだらねえ」と笑いながら、どこか血が騒ぐ。
どうせやることもない。肝試しに行くか――自然な成り行きだった。
深夜。
ぞろぞろと向かったのは「シガイ塚」と呼ばれる森。
田んぼ道の脇にぽつんと浮かぶ小さな雑木林。端から端まで歩いても五分とかからないはず――だった。
……なのに、外から眺めるだけで胸の奥にひやりとしたものが残る。
そこだけ別の世界に繋がっているような、切り取られた気配。
本当は誰も踏み込みたくなかった。
それでも、内心の恐怖をかき消すように、やけに騒がしく笑いながら、彼らは奥へと進んだ。
中は鬱蒼たる青葉に覆われ、思った以上に暗い。
スマホのライトがなければ、一寸先も見えない。
外の蒸し暑さとは打って変わって、空気はひやりと重たく湿っていた。
背に貼りつく冷気が、呼吸を浅くする。
引き返すこともできず、ただ前へ。
一歩ごとに闇は濃くなり、時間の感覚が削れていく。
気づけば――五分で抜けられるはずの森を、十分以上歩いていた。
その時、先頭の仲間が声を震わせる。
「……なあ、あそこ、何か見えねえか?」
照らされた先に浮かび上がったのは――木で組まれた小さな箱。
いや、祠だった。
だが「祠」と呼ぶには、あまりにもみすぼらしい。
蝶番の外れた扉は片方が落ち、木は腐食し、苔に埋もれている。
長い年月に忘れ去られ、朽ちていくままに任されたもの――。
仲間の一人が、おっかなびっくり覗き込む。
「な、何だ! なんもねえじゃねえかよ!!」
苛立ちに任せ、そいつは祠を蹴った。
朽ちたそれは、いとも簡単に崩れ落ちる。
「何だよ、つまんねえな~」
「結局、デマかよ」
完全に興ざめした彼らは、その後は何事もなく森を抜けた。
そして解散。――だが、異変はすぐに始まった。
【次回予告】
少年は語る――「夢で眼を取られた」。
“半双の荒武者伝説”、屋根に刺さる白羽の矢、崩れた祠。
日常は音もなく反転し、黒の部隊は“シガイ塚”へ。
森の入口に並ぶのは、抉り取られた眼――早贄。
次回、第45話「半双の荒武者伝説」
悪夢は、もう夢の中だけではない。
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