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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第六章:四光の胎動編
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第43話「束の間の休息」

 圧倒的な力を前に、笠井との稽古に完敗した黒の部隊。

 己の未熟さを痛感し、悔しさに胸を焦がす四人に、師が下したのは――「休め」という指示だった。


 束の間の休息。

 それは彼らにとって、訓練と同じくらい大切な時間。

 街へと繰り出した若き開現師たちが見せるのは、戦場では見られない“素顔”であった。

「はああああ……やっぱ無理か~」


 和泉は機材を外し、ソファから身体を起こした。


「和泉くん、お疲れ様」


 花奈がタオルを差し出す。

 和泉は礼を言い、それを受け取った。


「なかなか上手くいきませんね」


 理恵がソファに腰を掛け、穏やかに微笑む。

 背後では梓がせわしなく動き回っていた。


「そうだな……連携するって、こんなに難しかったか」


 和泉が眉を寄せたその時、隣からどんよりした気配。

 部屋の隅で杏樹が床に「の」の字を描きながら沈んでいた。


「何してんだ」


「ああ、どうやら先ほど私と亜子さんに攻撃を当ててしまったことを気にしているようで……」


 理恵が小声で説明する。

 杏樹はうなだれたまま、小声で「ごめんなさい……」を繰り返していた。


「杏樹さん、そんなに落ち込まないでください。あの時は、私の油断も原因ですし」


「そうだな。俺もフォローできなかった。……川合、何か言ってやれ」


 和泉が視線を向けると、亜子は肩をすくめた。


「いやー、別に気にしてないよー」


 棒読み。

 そして、わざとらしく腕をさする。


「アアアアアア!! ごめんね~~!!」


 杏樹は頭を抱え、床を転がり回った。


「お前なぁ……」


 呆れる和泉。

 亜子は口元を押さえて笑いを堪える。


「ごめんごめん。反応が面白くて、つい」


 そう言うと、杏樹もようやく落ち着きを取り戻した。


 その時、扉が開いた。


「随分、元気そうだな」


 現れたのは笠井だった。


「先生! もう一度やらせてください!!」


 杏樹が飛び上がる。


「わたし、皆のお荷物になりたくないんです!」


 その眼差しは真剣だった。

 普段はお調子者の彼女も、一人の開現師。

 訓練で痛感した――一つのミスが仲間を危険に晒すということを。


「俺からもお願いします! もう少しで何か掴めそうで」


「私からも、お願い申し上げます!」


「あたしも……やられっぱなしは癪だし」


 四人の瞳に宿る闘志に、笠井はかつての自分を見た。

 不器用で粗削りで、それでも必死に己を磨こうともがいていた、あの頃の自分を。


「やる気があるのは結構だ。……だが、やり過ぎも意味はない」


「でも!」


 四人が口を揃えるが、笠井は手を上げて制した。


「ここ数日は訓練漬けだったろう。今日は休め。根を詰めすぎるな。……案外、お前たちの連携も、そう難しいものじゃないかもしれんぞ」


 静かな声に、四人は渋々ながら頷いた。


「ですが、どうすれば……」


 和泉が問うと、笠井は封筒を差し出す。


「訓練ばかりでは飽きるだろうと、所長から小遣いを預かっている。少し外に出て、羽根を伸ばしてこい」


   ◇  ◇  ◇


 街へ出た四人。


 ……が、完全に手持ち無沙汰で立ち尽くしていた。


「果たして、どうしたものか……」


 和泉が視線を巡らせる。


「どこへ行きましょうか!」


「お嬢様はどこに行ってもお嬢様ですよ!」


「梓、意味が分からないわ!」


 理恵と梓の“お嬢様コンビ”は、街歩きだけで上機嫌。

 日傘を振り回す梓の先端が、和泉の肩をコツコツと叩くが、本人は気付かない。


「暑いし、どっか入りたいなー」


 亜子は相変わらずマイペースだ。


「そういえば花奈っちは?」


「ああ、報告書が溜まってるって笠井先生に連行された」


 その時の絶望顔を思い出し、和泉は心の中で花奈の安寧を祈った。


 一方の杏樹は、必死にスマホをスクロールしていた。


「……ここだ!」


「何か見つけたか?」


「もちのろん! この杏樹さまのリサーチ力をなめないで!」


 誇らしげに突き出された画面には――


『ふわっふわ通り越して、雲☁️!

ナイフいらずの、とろけるパンケーキ。

飲める…パンケーキ、爆誕!!

重力に逆らうやわらかさ。

口に入れた瞬間、消えた――。

世界一やさしいスイーツ。

一口で天国行き確定。』


「……何の、何が、何?」


 和泉が眉をひそめるが、それは彼だけだった。


「すごい! 行ってみたいです!」


「パンケーキとお嬢様……何と神々しいことか!」


「涼しいならどこでもいい。今すぐ行こう」


「でしょでしょ! 今すっごく人気なんだから!」


 女子たちの意見は瞬時に一致した。


「……まあ、いいか」


 和泉は天を仰ぎ、観念した。


 かくして黒の部隊は――パンケーキを求め、街へと繰り出す。



   ◇  ◇  ◇



「……」


 沈黙が流れていた。


 なぜ、こんなことになってしまったのか。

 少女たちは、ここまでの顛末を思い返す。


 ――目的地のカフェに着いた時には、すでに長蛇の列。

 あまりの混雑に、さすがに別の店にするかと悩んでいた。


 だが、梓が「少しお待ちください」と言って店員に声をかけると――


「ど、どうぞ! こちらへ!!」


 店長らしき人物が慌てて案内し、和泉たちは列を飛ばして個室へ通されたのだった。


「ほんとに、いいのかな~」


 VIP待遇に杏樹は目を白黒させる。


「梓さん、何を言ったんですか?」


「特段おかしなことは申しておりません。……ただ、お嬢様が並ぶと問題になりますので」


 涼しい顔で言う梓。

 その横で理恵はきょとんと目を瞬かせていた。


「裏取引」


「あこちん! そんな怖いこと言わないでよ!!」


「まあ、深く追及するのはやめとこう」


 和泉が苦笑する横で、理恵はメニューに目を輝かせる。


「すごいですよ、これ! ふわっふわです!! きらっきらです!!」


「おおっ! 超いい感じじゃん!」


「おごりなら、格別の味」


「お前はちょっと違うだろ」


 和泉のぼやきも虚しく、注文はあっという間に決まった。

 一人一皿――三段重ね。


 そして数分後。

 テーブルに並んだのは、厚さ五センチはあろうかというパンケーキの山々。


「まさか……これほどとは」

「油断しすぎました……」

「……うぷっ」


 いくら食べても皿の底に辿り着かない。

 雲のように柔らかい生地は、甘美でありながら容赦なく満腹中枢を叩く。


 理恵の分を「私が!」と引き受けた梓だったが――

 憧れのお嬢様の食べ差しを口にした瞬間、恍惚としたまま鼻血を噴いて崩れ落ちた。


 沈黙する少女たちを、一人の少年の冷たい視線が射抜く。

 入店時よりも縮こまった彼女たちの姿。


「……だから、言ったよな」


 その言葉が、胸に突き刺さる。


「「「はい」」」


「残すなんてできないからな。……あとは俺が処理する」


「「「すみません」」」


「よろしくお願いします、だろ?」


「「「よろしくお願いいたします!!」」」


 次の瞬間――

 和泉はフォークを構え、目の前の三連峰へ挑んでいった。


 甘さと重さの山を、ただ黙々と――喰らい尽くすのだった。

【次回予告】


 束の間の休息――それは、甘くも重いパンケーキの山だった。

 笑いと悲鳴に包まれた日常は、しかし長くは続かない。

 彼らの前に現れる新たな依頼人。

 「夢で眼を取られた」と語る少年の眼帯の奥に潜むものは――。


 次回、第44話「シガイ塚の影」

 闇に沈む森が、黒の部隊を待ち受ける。


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