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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第五章:黄昏の戦姫編
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第41話「光輝への旅立ち」

 深海の悪夢での戦いは終わりを告げた。

 亜子は仲間に支えられ、自らの過去と向き合いながらも、確かに一歩を踏み出した。


 しかし、安堵も束の間――彼女を待つのは、菩提府のもう一つの影。

 “聖斂隊(せいれんたい)”という冷酷な監視の眼差し。


 黄昏の戦姫と呼ばれた少女の未来は、光に導かれるのか。

 それとも、新たな闇に絡め取られるのか――。

 悪鬼・機織鬼(はたおりき)、そして蟻婆(ありばば)との死闘を終え、笠井と亜子は無事に現実へ帰還した。


 亜子の意識はゆっくりと浮上していく。

 眩しすぎる光が瞼を焼き、頭の奥にあった感覚が次第に四肢へと広がっていく。


 ――身体が戻っていく。

 その過程で、耳がやけに鋭敏になった。


 ――あーちゃん! 起きてってば!

 ――アッコは、一度寝るとほんっと起きないんだから。

 ――お〜い、亜子、起きろ〜!


(……あぁ……懐かしい)


 視線の奥に、三人の少女が立っていた。

 呆れながらも笑顔を浮かべる友の顔。


 その姿を目にした瞬間、亜子の胸は熱くなり――もう一度、あの輪の中に戻りたいと強く願ってしまう。


 ……だが分かっていた。

 それは記憶の残影にすぎない。

 どれほど手を伸ばしても、もう戻れない過去だということを。


 ――亜子ちゃん。……亜子ちゃん。


 今度は別の声が、耳元で彼女を呼んだ。

 消えていく友の姿を見送りながら、亜子は震える手を伸ばす。


 すると――温かな掌が、確かにその手を包み込んだ。


(……みんな……)


 次の瞬間、亜子は目を醒ます。

 頬を伝う一筋の涙が、光を反射してきらめいていた。


「……亜子ちゃん。目が覚めた?」


 傍らで花奈が、優しく手を握ったまま問いかけていた。


「……大丈夫、亜子ちゃん?」


 花奈の心配そうな瞳が、亜子に突き付ける。

 ――もう、この世界に友たちは居ない。


 だが同時に、痛みと共に気付かされる。

 ――自分は、まだ生きているのだ、と。


「……うん」


 小さく頷く。

 花奈はその様子にようやく安堵し、ふぅっと肩の力を抜いた。


「よかったぁ……」


 その柔らかな笑みに――亜子は、不意に“師”の姿を重ねた。


「……師匠は……あの子たち以外に、初めてわたしを認めてくれた人だった」


 ぽつり。

 気付けば、亜子の口から記憶が零れていた。

 花奈は何も挟まず、ただ静かに聞いていた。


「あの施設から助け出されたあと……師匠は強引に、わたしを弟子にしてくれた」


 記憶は過去へ遡る。

 この島で行われていた恐ろしい実験を知った菩提府は部隊を派遣した。

 その先頭に立っていたのが――小沢 良子(おざわ りょうこ)だった。


 泡影教(ほうようきょう)の信者たちは次々と拘束された。

 だが助けが来た時には、すでに“声”は亜子ひとりだけだった。


「……みんな以外で、こんなわたしを受け入れてくれたのが――師匠だった」


 亜子の声は窓の外へ溶けていく。

 夜を追い払うように朝日が昇り、海面が燦然と光を跳ね返す。


「師匠との修行は、本当に厳しかった。……でも、その時間だけは思えたんだ。――自分が、この世界に居てもいいんだって」


 その言葉に込められた温度は、苦しみを越えて得た確かな実感だった。


「……ずっと、師匠と一緒に居たかった。わたしは、もう師匠さえいればいいって、本気で思ってた。……でも、きっと師匠は気付いてたんだろうね。わたしが“一人でいること”に囚われてるって」


 そこで、亜子は花奈へと顔を向ける。

 その瞳は、かすかな悔しさと同時に、新しい気付きの色を帯びていた。


「……今回も、わたし一人で何とかなるって思ってた。……でも、無理だった」


 吐き出すような言葉。

 けれどその声音は、不思議と晴れやかだった。


「亜子ちゃん……」


 花奈の声は震えていた。

 ただの慰めでも同情でもない。

 亜子の心がようやく“誰かと分かち合おう”としている、その瞬間を感じ取っての震えだった。


「……わたし、もっと強くなれるかな」


 微かに震えた問いかけに、花奈の涙があふれる。


「うん!……ぜったい、ぜったいつよくなれるよッ!!」


「なんで、花奈ちゃんが泣いてるの……」


「うわぁ~~ん!」


 泣きながら抱きついてきた花奈を、亜子は困惑しながらも背をさすった。


(普通は、こっちが宥めてもらう側なのに……)


 けれど、この温もりが胸に染みて――彼女は思った。


(……まだ、この世界で頑張ってみてもいいかもしれない)



   ◇  ◇  ◇



 船場。

 海風が強く吹き抜ける桟橋で、笠井は電話を片手に立っていた。


「――もう、本人から聞いたのか?」


「ええ。でも……やっぱり笠井さんに任せて正解でした」


 低く抑えられた声。

 感情をあまり出さぬ小沢良子だったが、その奥底には安堵が確かに滲んでいた。


「まあ、しばらくはこっちで共に働いてもらうさ」


「お願いします。――では、こっちも任務があるので」


 短い言葉を残し、通話は途切れる。

 悪鬼討伐の後、亜子自身の口から「黒の部隊に参加したい」という意思が告げられていた。


 やがて船が到着し、欄干に橋が渡される。

 だが降り立ったのは黒の部隊ではなく――揃いのスーツに身を包んだ一団。

 足並みを揃え、無駄なく笠井を取り囲む。


 その中心から現れたのは、一人の男と、一人の女。


「……小水内(おみない)、か」


 笠井の声に、きっちり撫で付けられた髪の男が冷たく答える。


「気安く名前を呼ぶのはやめてほしいな、笠井」


 抑揚のない声音の奥に、鋭い棘が隠されている。


「なんだ、天下の“聖斂隊(せいれんたい)”様は随分遅れての御到着だな」


「なにッ、貴様!!」


 後方に控えていた黒髪の女が吠える。

 長い真っ直ぐな髪は赤い光を帯び、端正な顔に宿る激情が笠井を射抜いた。

 ――笠井の胸に、一瞬、既視感のようなざわめきが走る。


「よせ、真理」


 小水内が低く制止すると、女――真理は不服そうに唇を噛み、後方へ下がった。


「くだらぬ男に構っている暇はない。我々は任務を遂行する」


「……はッ」


 冷徹に吐き捨てる小水内。

 その視線が、鋭く笠井を突き刺す。


「――しかし、あまり調子に乗るなよ。黒の部隊など、所詮は使い潰す駒だ。……お前のことは、俺たちがずっと監視している」


 冷徹な言葉を残し、小水内たちは無駄のない足取りで去っていく。


 その直後、花奈と亜子が戻ってきた。


「笠井さん、お待たせしました。……さっきの人たちは?」


「あれが――聖斂隊だ」


 花奈の目が見開かれる。


 聖斂隊(せいれんたい)――菩提府直属の部隊。

 泡影教の事件を専門に扱うと同時に、内部の裏切りや不正を監視する役割を担う者たち。黒の部隊とは異なる冷酷さを持つ存在。


「さて……船も着いたし、行くぞ」


「はい!」


「了解、ボス」


 不意に返ってきた呼び名に、笠井は眉をひそめた。


「……おい、なんだその“ボス”って呼び方は」


「ボスはボス」


 無表情に言い切る亜子。

 その顔に悪びれた色はない。


 笠井は一瞬だけ言葉を探したが、結局「……勝手にしろ」と吐き捨てて、船へと足を運んだ。


「ま、まあ! これで全員そろったんですし……これからも頑張っていきましょう!」


 花奈が必死に空気を和ませる。


 その背後――亜子は荷物を抱えておろおろとしていた。


「待って……重くて上がらない……」


「はぁ……」


 笠井は大きな溜息をつき、くるりと振り返って荷物を軽々と持ち上げた。

 そのまま橋を渡りながら、ふと天を仰ぐ。


 黄金の陽光が、三人を照らしていた。

 それは黄昏の向こうに射す光――新たな希望の兆しか、それともさらなる闇の予兆か。


 今はまだ、その答えを知る者はいない。



 第五章「黄昏の戦姫」――完――

《あとがき》


 第五章「黄昏の戦姫」を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

 ここまで物語を紡ぎ続けられたのは、読んでくださる皆様のおかげです。心より感謝申し上げます。


 かつて一度筆を折り、再挑戦したこの「夢幻開現師」。今回も五章で行き詰まりかけましたが、「今度こそ走り抜く」と決意し、ようやくここまで辿り着けました。


 この章では、川合亜子という少女が「過去に縛られた生き残り」から、「己の意志で未来を選ぶ戦士」へと変わる姿を描きました。

 彼女が“黄昏の戦姫”と呼ばれるに至った瞬間は、私にとっても大きな節目であり、この物語に新たな光を与えてくれたと感じています。


 黄昏は一日の終わりであると同時に、新たな夜明けの始まりでもあります。

 亜子が歩み出したこの一歩が、和泉たちと共に進む物語の新しい光を照らすことを願って。


 それでは――第六章でまたお会いしましょう。

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