表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第五章:黄昏の戦姫編
43/63

第40話「黄昏の戦姫」(後編)

*こちらは、第40話の後編になります。

「よくもォォ……!!」


 蟻婆の咆哮と共に、石弾が再び嵐のように吐き出される。

 その数は先ほどをも凌駕し、黒紫の奔流となって視界を覆い尽くした。


 亜子は必死に身を翻す。

 だが――蓄積したダメージが確実に身体を蝕んでいた。


(……足が……重い!?)


 一瞬。視界が揺らぐ。

 その隙を――蟻婆が見逃すはずもなかった。


「カアアアアアアアッ!!」


 裂けた自らの脚を掴み、槍のように亜子へと投げ放つ。


「――ッ!?」


 亜子は反射的に跳ぶ。

 致命傷は免れた。

 だが――


 ズブリッ。


「くッ……!」


 鋭い脚が、彼女の踵を貫いた。

 鮮烈な痛みが背骨まで奔り、身体の動きが鈍る。


 さらに追撃が迫る。

 だが――少女の身体は鉛のように重く、もはや動けなかった。

 石弾が――眼前へと迫る。


(……あぁ……)


 亜子の脳裏に、過去の記憶が一気に噴き出していく。

 ――思い出したくもない、地獄のような日々。

 ――それでも、確かにそこにあった大切なもの。


(……ごめん……イユ、マイ、リコ……!)


 胸を裂くような痛みが走る。

 仲間を守れなかった悔恨。

 不甲斐ない自分への怒り。

 それが全身を焼き尽くすように駆け巡る。


 ――だが、もう手は届かない。


 石弾が迫り、亜子は思わず目を閉じた。


 ――ガンッ!!


 轟音。

 次の瞬間、眼前の礫弾はすべて弾かれていた。


『――間に合った!』


 光の壁が亜子を覆っていた。

 花奈が必死に張った結界が、迫りくる死を押し返していたのだ。


「……どうして」


 亜子は息を呑む。

 守られた安堵と――込み上げる悔しさ。

 自分は、また守られてしまった。

 仲間を救えなかったあの日と同じように。


 唇を噛みしめる。

 口中に広がる鉄の味は、後悔の味だった。


『亜子ちゃん……私はあなたの過去に何があったかは知らない。

 でも――誰かを頼ることは、そんなに悪いこと?』


 花奈の声が、優しくも真っ直ぐに響く。

 揺らいだ心に、その言葉はかつての友の面影を呼び覚ました。


 ――“あーちゃん。他人(ひと)を頼るのも、大事なことなんだよ”


 慧珠から放たれる光が温かく亜子を包み、傷だらけの肉体を癒していく。

 裂けた踵も、石弾に打たれた痕も、光の下でゆっくりと塞がっていった。


「……すごい。こんなに早く……」


 驚愕の息を漏らす亜子。


『一時的なものだけど……でも、これで戦えるでしょ!』


 花奈の励ましに、亜子の瞳が再び強く光を帯びる。


「……うん!」


 力強く頷いたその姿に、蟻婆の目が細くなる。

 焦りがにじみ、醜悪な口元からしわがれた声がこぼれた。


「ちィ……! これ以上は分が悪いか……」


 踵を返し、逃走を図る。


 ――バンッ!!


 だが、その行く手を黒き烈風が塞いだ。


「おい。誰が逃げていいと、言った?」


 漆黒の風を纏う笠井が立ちはだかる。

 蟻婆の複眼に怒気が走る。


「くッ……!? なぜ援軍が来ぬ!? 約束では……すでに来ているはずじゃッ!」


 その瞬間、脳裏をよぎる。

 ――気付いてしまった。自分は“捨て駒”。


(わしは……最初から切り捨てられる運命……?)


 複眼が揺れる。

 あれほど誇り高く叫んでいた老婆の面影は、一瞬だけ「哀れな犠牲者」の姿を覗かせた。


「……おのれェェェッ! 朱天ッ! 計りおったなぁ!!」


 怒号と共に憤怒を燃やす蟻婆。

 だが、その前に再び立ちはだかる影があった。


 ――川合 亜子。


 炎を宿した瞳で、一歩も退かずに見据えていた。


「こうなれば……! 貴様を殺して、奴の思惑ごと潰してやる!!」


 怒り狂う蟻婆が石弾を吐き散らす。

 しかし――花奈の張った結界がそのすべてを弾き返す。


「なっ……!?」


 結界の光の中で、亜子が静かに右手を掲げる。

 その姿はもはや“モルモット”などではない。

 ひとりの戦士――そして、自らの意志を持つ人間の姿だった。


「あんたたちの思い通りになんて……絶対にならない!」


 その宣告に、蟻婆の複眼が揺れる。

 己の終わりを悟ったのだ。


「アアアアアアアアッ!!」


 咆哮と共に襲いかかる攻撃は、光の壁に遮られ霧散する。


 静寂が訪れる。

 その中心で、亜子の口がゆっくりと動いた。


「……我が敵を討て――」


 大地が震え、空気が張り詰める。

 世界の呼吸が、一瞬止まった。


「――綾悉兵・砲部限定あやのしっぺい・ほうぶげんていッ!!」


 燦然たる光柱が闇を裂いた。


 次の瞬間――


 亜子の両腕に顕現したのは、白銀に灼ける三連装の巨大機銃。

 砲身は清冽と邪気のあわいに脈打ち、装甲の継ぎ目からは星屑めいた火花が滴る。

 まさしく、悪夢を断罪するためだけに鍛えられた“律”の兵器。


「……何だ、あれは?」


 笠井の眼がわずかに見開く。

 その刹那、世界が――“揺れた”。


 きぃ、きぃ、と歯車が噛み直すような違和の波。

 景色の輪郭が半拍ぶれて戻る。

 足下の大地すら薄膜越しに見えるかのように位相がずれる。


(質量が乗った……? 顕現の瞬間に“世界側”がラグった……尋常ではない)


 ヴァジュラの発動に伴い、鬼夢そのものの許容量が一時的に軋んだのだ。

 その余波は敵へも及ぶ。


「き、貴様……そ、それは――!」


 蟻婆の複眼がひくつく。

 一瞬、思考が空白になる。

 遅れて、自分が今どれほど不利な位置に立たされたのかを理解した。


 亜子は肩の線ひとつ揺らさず、銃口をわずかに上げた。


「……じゃあね」


 静かな別れ――


 ドオオオオオオオオオッ!!


 砲声が異界の柱を折る。

 収束された光が連弾となって解き放たれ、白熱の奔流が蟻婆の装甲を層ごと剥いでいく。

 音は遅れて押し寄せ、街並みの影が一度だけ逆光に透ける。

 甲殻が裂ける乾いた悲鳴、焼け焦げる匂い、圧縮空気の衝撃。

 三感すべてが飽和し、闇は白で塗り潰された。


「ひいいいいぃぃぃぃッ!!」


 絶叫が木霊する。

 どんな刃も砕けなかった堅牢な甲殻が、光弾の奔流の前では脆い紙のように切り裂かれていく。

 豆腐を切るように細切れにされ、肉体は光の奔流に飲み込まれていった。


 やがて砲声は止み、銃身から立ち上る白煙だけが残る。


「……終わったな」


 笠井が低く告げる。


 その言葉の通り、悪鬼の残骸は霧散し、主を失った鬼夢の世界は音を立てて崩壊を始めた。


(だが、これほどの力を有した悪鬼……奴の“白影”と同じ因果が、ここにも――)


 笠井の憂いとは裏腹に、深海に沈んでいた町並みが浮上し、砕けた空の裂け目から、一筋の木漏れ日が差し込む。


 黄金の光が、亜子の身体を包み込む。

 その姿は、戦場に立つひとりの少女であると同時に――まるで黄昏に舞い降りた女神のように神々しく輝いていた。


『……黄昏の、戦姫……』


 花奈は思わず、声にならぬ憧憬を呟いた。


「――さあ、戻るぞ」


 崩れゆく深海の夢幻を背に、笠井の声が響く。

 少女の戦いは、確かにここで終わりを告げた。



   ◇  ◇  ◇



 光が収束し、現実の島の夜が戻る。

 海風が冷たく頬を撫で、耳の奥にかすかに波の音が差し込んできた。


 荒い息を整えながら、亜子は拳を見つめていた。

 光を帯びていた砲は既に霧散し、ただの傷だらけの腕に戻っている。


「……わたし、本当に……」


 声は震え、だがそこにあったのは怯えではなく実感だった。


「戦えたんだ……」


 花奈が駆け寄り、迷わずその手を取った。

 小さな掌が、汗と血に濡れた拳を優しく包み込む。


「うん! すっごく……すっごく強かったよ! 亜子ちゃん!」


 その言葉に、亜子の瞳が揺れる。

 あの日救えなかった友の顔が脳裏をよぎる――だが今、花奈の涙交じりの笑顔がその影を覆っていった。


「……ありがとう」


 かすれた声で呟くと、花奈は堪えきれず抱きついた。

 亜子は少し戸惑いながらも、その背をそっと支える。


 その様子を見届けて、笠井はわずかに目を細める。

 戦場では決して見せない、柔らかな眼差しだった。


(……生き延びるだけじゃない。誰かに寄り添われ、支えられることで、人はようやく前に進める)


 彼の胸中にもまた、かつての“失われた誰か”の影が掠めていた。


 やがて、亜子が静かに顔を上げる。


「……ボス。あたし――もっと強くなれるかな」


 その問いは震えながらも、確かな未来を求める響きを宿していた。


 笠井は短く息を吐き、微かに笑んだ。


「ならば、ここからだ。……お前が選ぶ限り、道は続く」


 亜子は頷く。

 その頬に流れる涙は、もう悔しさだけのものではなかった。


 夜空には雲の切れ間から星が瞬き始めていた。

 その光が、三人を静かに照らしていた。

【次回予告】


 悪鬼・蟻婆との死闘は終わった。

 だが亜子の胸に残るのは、消えぬ痛みと喪失。


 花奈の手が、その心を繋ぎとめる――。

 そして現れる、菩提府の影“聖斂隊(せいれんたい)”。


 新たな光か、さらなる闇か。


 次回、第41話「光輝(こうき)への旅立ち」

 涙と抱擁が、少女を再び現実へと導く。


 感想やお気に入り登録など、いただけると励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ