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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第五章:黄昏の戦姫編
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第37話「忍び寄る魔の手」

 忌まわしい記憶を語った川合亜子。

 その影の深さに触れた花奈は、ただ静かに寄り添い、彼女の心に小さな道をつくろうとしていた。


 夕暮れの駄菓子屋で交わされる小さな会話。

 涙と笑顔が交錯するひとときに、二人の距離はわずかに縮まっていく。


 だが――その背後では、すでに異様な影が蠢いていた。

 島に潜む「泡影教」の魔手が、亜子を狙い忍び寄る。


 温もりの中に差し込む冷たい気配。

 黒い陰謀が、静かに牙を剥こうとしていた――。

「……やっぱり難しいですね」


 亜子が部屋を出ていった後、花奈はぽつりとつぶやいた。


「俺は、押すのが下手でな」


 笠井は肩をすくめ、くすりと笑う。

 その姿は、花奈が幼い頃に憧れた兄の面影を思わせた。


「でも、このままじゃ説得できないかも」


「いいさ。人は、待ってやることも大事だからな」


 笠井の言葉に花奈は小さく頷き、窓の外に目をやる。

 そこには、小さな背中が夕陽を背に校舎を出ていく姿があった。


 慌てて追いかけると、亜子は駄菓子屋にいた。

 店主から袋を受け取り、慣れた仕草で赤い酢だこを口に放り込む。


 その素朴な姿は、重苦しい告白をした少女とはまるで別人のようだった。


「……ご一緒しても?」


 声をかけると、亜子は一瞬だけ迷い、酢だこを頬張ったまま小さく頷く。


 二人は店先のベンチに腰を下ろした。

 夕陽が町を朱に染め、長い影が路地を伸ばしていく。

 蝉の声は弱まり、夜の気配が忍び寄っていた。


「……勧誘、しないの?」


 亜子が飴玉を差し出す。

 花奈は小さく笑って受け取り、答えた。


「私はその役じゃないし……笠井さんだって、無理に引っ張ろうとはしてないよ」


 甘酸っぱさが広がり、張り詰めていた心が少し緩む。


「亜子ちゃんは、駄菓子が好きなの?」


「……うん。昔は、食べられなかったから」


 その言葉に、花奈の胸がきゅっと締め付けられる。


「……どうせ、あたしは他の子たちとうまくできないと思う」


 亜子の瞳に、かつての小さな墓標の残影が映る。


 花奈は静かに頷いた。


「……難しいよね。でも、一緒にいることで少し楽になるなら、それでいいんじゃない?」


 不思議なことに、花奈の隣では自然と心の奥が言葉になった。

 亜子は小さく微笑み、ぽつりと呟く。


「……もう少し考えてみる」


「そっか、それは嬉しい」


 夕陽に照らされた花奈の笑顔が、かつての友人たちの笑顔を重ねる。

 その瞬間――亜子の瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。


「え、ええ!? 亜子ちゃん!?」


 慌てる花奈を見て、亜子はくすりと笑った。

 花奈もつられて笑い返す。


 過去の影が、ひととき和らいでいく――。


 ――その時。


「おやおや……仲睦まじいことじゃのう」


 背後から、粘つく声。

 振り向けば、駄菓子屋の老婆が立っていた。

 深い皺に覆われた顔が、にたりと吊り上がる。


 笑っているはずなのに、凍えるような寒気が背を走る。


 花奈は即座に立ち上がり、亜子を庇った。


「……すみません。そろそろ帰ります」


「いやいや、急ぐことはないじゃろう」


 声音は柔らかい。

 だが、耳にまとわりつく不気味さがあった。

 老婆の視線は一度も花奈に向かず――ただ、亜子にだけ注がれている。


「行こう、亜子ちゃん」


 花奈が手を引こうとした瞬間。

 老婆の身体がぬらりと前に出た。

 皮膚の下から異様な気配が滲み出す。


「さぁ……おいで。あんたの“中”にあるものは――わしらのものじゃ」


「……あなたは、一体……!?」


 花奈の声が凍る。

 老婆は、もうただの住人ではなかった。


「……だめ。もう、囲まれてる」


 亜子の低い声。

 振り返れば、通りの影に白いローブの人影が立ち並んでいた。

 月光に照らされ、異様な輝きが浮かび上がる。


「……泡影教(ほうようきょう)……!」


 老婆の喉から、しわがれた笑い声が漏れた。


「へっへっへ……そうさな。だから、下手に抵抗せんことじゃ。わしらとて、手荒はしたくないでのぉ……」


 だが、眼窩の奥に宿る狂気は、言葉とは真逆の意思を語っていた。


 黒い陰謀の魔手が、亜子と花奈に迫る――。

【次回予告】


 夜の港町を覆う黒紫の瘴気。

 開かれた鬼夢は、現実を深海の闇へと沈めていく。


 迎え撃つのは――黒き疾風、笠井亮。

 そして、悲劇を背負う少女、川合亜子。


 亜羊(あよう)の群れが牙を剥き、

 異界の町を舞台に、鋼と肉体が火花を散らす!


 次回、第38話「深海に沈んだ町」

 ――水底に沈む影を討つのは、誰の拳か。


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