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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第五章:黄昏の戦姫編
37/62

第35話「迎陽の墓標」

 黒の部隊を揺るがす「理想と責任」の狭間で、時は流れる。

 一方その頃、笠井と花奈は新たな候補生を探し、海を越えて小さな離島へと向かっていた。


 潮騒に包まれた静かな島。

 だが、その奥に眠るのは――忘れられた廃墟と、ひっそりと積まれた石の墓標。


 そして彼らが出会うのは、両腕に抱えきれぬほどの向日葵を抱えた、ひとりの少女。


 哀しみと光を宿したその瞳が、黒の部隊の未来を大きく揺り動かすことになる。

 黒の部隊を揺るがす「理想と責任」の狭間で、時は流れる。

 一方その頃、笠井と花奈は新たな候補生を探し、海を越えて小さな離島へと向かっていた。


 潮騒に包まれた静かな島。

 だが、その奥に眠るのは――忘れられた廃墟と、ひっそりと積まれた石の墓標。


 そして彼らが出会うのは、両腕に抱えきれぬほどの向日葵を抱えた、ひとりの少女。


 哀しみと光を宿したその瞳が、黒の部隊の未来を大きく揺り動かすことになる。


 笠井と花奈を乗せた船は、ゆるやかに波を割り、目的地の港へと滑り込む。


 並ぶ木造の桟橋には小さなボートがいくつも繋がれ、少し先には魚市場の建物が軒を連ねていた。


 潮風に混じる磯の香り。

 防波堤に砕ける波の音。

 空を見上げれば、白いカモメと黒いカラスが入り交じり、鋭い声を響かせて旋回している。


「俺は対象と会いに行く」


 船を降りた笠井が、短く告げる。


「なら、私も一緒に――」


 花奈が追いすがろうとするが、彼は首を横に振った。


「いや、悪いが向こうからの要望で、俺一人がいいらしい」


「……はあ」


 花奈は深いため息をこぼす。

 置き去りにされる感覚は、もはや慣れつつある――それがかえって苦い。


 ――また、一人。


 気持ちを持て余しながら、港の魚市場をひととおり見て回る。

 新鮮な魚を並べる威勢のいい声、氷が溶け落ちる水音、潮の香り……それらも、どこか他人事のように通り過ぎていく。


 次に民家の並ぶ通りを歩いてみるが、島の広さに比して人の住む家は驚くほど少ない。

 空き地と草むらが目立ち、どこか“人が去った後”のような寂しさを漂わせていた。


 花奈はポケットからスマホを取り出し、画面を何度も確認する。

 ――鳴らない。


 じれったい沈黙が続き、胸の奥で不安が膨らむ。


「……まさか忘れた、なんてことないよね」


 ぽつりと呟いたそのとき、視界の端に人影が差し込む。


 思わず顔を向けると、そこにはひとりの少女がいた。

 年の頃は和泉や理恵と同じくらい――高校生ほどだろうか。


(あの子……?)


 少女は大きなカバンを片手に、悪戦苦闘していた。

 華奢な腕にはさらにもう一つ、抱えきれないほどの荷物。

 そしてその中身は――


 陽光を浴びて揺れる、一面の向日葵(ひまわり)


 両手いっぱいの黄色い花弁が、彼女の小さな身体を覆うように輝いていた。


 大きな麦わら帽子に、白のワンピース。

 抱えた向日葵と相まって、まるで絵画から抜け出したように、その少女の姿は島の風景に不思議なほど溶け込んでいた。


「大丈夫? 手伝うよ」


 花奈が声をかけると、少女がゆっくり振り向く。

 その瞬間、心臓が――どきり、と跳ねた。


(き、きれえ……!)


 透き通るような白い肌は陽光を受けて淡く輝き、柔らかなクリーム色の髪は風に揺れて波打つ。

 後ろで結ばれた髪が光を散らし、まるで金糸のようだった。

 ぱちりと開いた瞳には空の青が映り込み、見つめられるだけで吸い込まれそうになる。

 だが同時に――底知れぬ影も潜んでいるように見えた。


「……お人形さんみたい」


 思わず漏らした言葉に、少女が首をかしげる。


「?」


「あっ、ああ!? ごめん、ごめん!」


 慌てて取り繕う花奈。しかし、少女は気にする素振りもなく、じっと見つめてきた。


「ナンパ?」


 小さな唇から、不意にそんな言葉が飛び出す。


「い、いやいや!? ちがうってば! 何か、困ってそうだし、手伝おうかと思っただけ!」


 再び慌てる花奈。少女は口元をわずかに緩めると、ひと言。


「冗談」


「は、はあ……」


 肩を落とした花奈に、少女はひょいと大きな鞄を差し出す。


(……つかみどころがない子だなぁ)


 花奈は仕方なく鞄を受け取り、その小さな背中の後を追うことにした。


「その向日葵は……誰かへのプレゼント?」


 問いかけに、少女はこくりと頷く。

 だが言葉はなく、そのまま足を進めていく。


 港の喧噪はすぐに遠ざかり、道はやがて島の奥へ。


 少女が迷いなく踏み込んだのは、鬱蒼と木々が茂る森の入口だった。


「ちょ、ちょっと待って! 本当にこっちで合ってるの!?」


 花奈の声に、少女はまたも静かに頷くだけ。


(こんな可愛らしい子が、森の中に……いや、絶対ヤバいやつでしょ!)


 ひやり、と背を汗が伝う。

 それでも少女は一度も振り返らず、影の深い森の奥へと消えていった。


「……ええい、ままよ!」


 花奈は息を整え、意を決して後を追う。


 木漏れ日さえ遮られる森を抜けたとき、不意に視界が開ける。


「な、何ここ……?」


 そこに佇んでいたのは、大きな施設のような建物だった。

 壁や屋根は蔦と草に覆われ、窓は割れ落ち、錆びついたフェンスが不気味に軋んでいる。

 ――廃墟。

 人々に忘れられ、時間に置き去りにされた空間。


 しかし少女は一瞥もせず、その横を素通りしてさらに奥へと進んでいく。


 やがて、彼女は不意に立ち止まった。


「……着いた」


 ぽつりと告げると、両腕で抱えていた向日葵をそっと地面へと置く。


 そこにあったのは、粗末に積み重ねられた石の塔――。


(……お墓?)


 墓と呼ぶにはあまりにみすぼらしい。

 誰も足を止めず、誰も祀らぬような場所。

 けれど少女は、その前に膝をつき、深い悲しみを湛えた瞳で、愛おしげに花を供えた。


「みんな……帰ってきたよ」


 囁く声は、風に揺れる向日葵とともに森へと溶けていく。


「……終わったよ」


 少女は暫しの間、黙祷を捧げ、やがて花奈へと視線を向けた。


「大切な人のお墓なの?」


 花奈の問いに、少女は遠い目をその小さな墓標へ向ける。


 理恵が和人形なら――この少女の儚さと美しさは、まさに洋人形。


「……うん。大切な家族の」


 陽に照らされた少女の横顔は、金色に染まり、言葉にできないほどの輝きを放っていた。

 その光の中に、かつての惨劇の残響を抱えながら――彼女は、ただ生きていた。


 二人は小さな墓標を後に、森を出る。

 差し込む木漏れ日が、どこか現実に戻ってきたことを告げていた。


「そういえば、名前をまだ聞いてなかったよね。わたしは――七瀬 花奈(ななせ かな)


 花奈が微笑みながら名乗ると、前を歩いていた少女が足を止め、静かに振り返る。


「……亜子(あこ)川合 亜子(かわい あこ)


 その名を告げる声音は小さいながらも、不思議な余韻を帯びていた。


 夏風がふたりの間を吹き抜ける。

 揺れる向日葵の香りとともに――止まっていた時が、ゆっくりと動き出す予感が訪れるのだった。

【次回予告】


 忘れられた墓標に、向日葵を捧げた少女――川合 亜子(かわい あこ)


 彼女は、かつて忌まわしき実験の唯一の生き残りだった。


 その過去が明かされるとき、黒の部隊の未来は大きく揺らぎ始める。


 次回、第36話「忌まわしい記憶」

 ――語られる真実は、希望か、それとも呪縛か。


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