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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第五章:黄昏の戦姫編
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第34話「理想と責任」

 かつて菩提府(ぼだいふ)随一の開現師とまで謳われた女傑――大塚 玲之(おおつか あきの)

 その肩に今あるのは、組織から離れ、新たに築き上げた「黒の部隊」という重責。


 己の理想と責任のはざまで揺れる玲之の前に現れるのは、かつての弟子・南 沙織(みなみ さおり)

 再会の中で交わされる言葉は、過去と現在を結びつけ、やがて彼女の歩む道を照らすものとなる。


 重圧の只中に立つ玲之が選び取る答えとは――。

 「怪人“赤マント”」「ガブルマンによるデスゲーム」「金是町(こんぜちょう)での血花桜(けっかざくら)事件」……。


 数々の事件を解決してきた大塚探偵事務所――もとい、『黒の部隊』。

 だが、その存在を疎ましく思う者も少なくなかった。


 所長・大塚 玲之(おおつか あきの)は、菩提府本部へと召還されていた。


 『菩提府(ぼだいふ)』――国家公認の鬼夢専門特務機関。

 その成り立ちは飛鳥時代にまで遡るとされ、比叡山の中腹に築かれた本部は外観こそ荘厳な寺院。

 だが内部は、冷ややかな光を放つ最先端の技術と防衛機構に満ちていた。

 まさに“夢の戦場”に立つ者たちの中枢である。


 玲之が呼び出された理由は――上層部からの横やりに他ならない。


「大塚所長。今回の金是町での事件……君の部隊が単独で動いたと聞いているが?」


 薄暗い議場。

 机を挟み、ずらりと並んだ老人たちの視線が一斉に玲之を射抜く。

 冷気のような圧が皮膚を刺す。


「今回は緊急を要しました。応援を待てば被害は拡大したでしょう。ゆえに、我々が有する“独立行動権”を行使したまでです」


 毅然とした声。

 気圧されたら終わりだと、玲之は知っていた。


「しかしねえ。権限があるからといって、勝手が過ぎれば示しがつかん」


「來瀬川家と勝手に接触するとは、身の程をわきまえたまえ!」


「もし世間に知られれば、収拾がつかんのだ!」


 次々に浴びせられる声。

 玲之は拳を膝の上で強く握った。爪が掌に食い込む。

 ――だが、顔には出さない。


「……ですが、我々の行動は『無上衆(むじょうしゅう)』の承認を得ています」


 一言で、場が凍りつく。

 老人たちは互いに視線を交わし、言葉を失った。


「……まあ、今回は彼らの顔を立てるとしましょう」


 中央に座す男が、歯切れ悪く結論を下す。


「だが忘れるな、大塚所長。君の部隊は“実験的な存在”だ。これから現れる新たな戦力の――ただの先駆けに過ぎないのだからな」


 冷ややかな声が響く。未来をすでに決めつけるかのように。


 玲之は黙して受け止めた。

 だが胸の奥には、消えぬ火種が確かにくすぶっていた。



   ◇  ◇  ◇


「先生」


 議場を出た玲之を呼び止める声。


「……沙織か」


 廊下に立っていたのは――『南 沙織(みなみ さおり)』。


 凛とした表情の奥に、研ぎ澄まされた力強さを宿す。

 幾多の戦場をくぐり抜けた者だけが纏う風格が、その姿にはあった。

 肩まで流れる髪は柔らかく波打ち、眼差しは鋼のように鋭い。


「先生が珍しくこちらへ来られると聞いていましたので、待たせてもらいました」


「沙織……あんたも、日本に戻ってきていたのか?」


「数日前に、報告のためです。先生は――」


「ふん、老人どもの愚痴を聞かされただけさ」


 玲之は顔をわずかに歪めた。つい先ほどのやり取りが脳裏をよぎる。


「それは、災難でしたね」


 沙織は小さく笑みを浮かべると、声を落とした。


「良ければ、お茶でもどうですか? この前の出張の際に、いい茶葉を手に入れまして」


 二人は応接間へと足を運ぶ。


 深紅の絨毯、磨き込まれた調度品。

 蓄音機から流れるジャズの旋律が、柔らかく空気を満たしていた。


 沙織は慣れた手つきで紅茶を淹れ、玲之の前に差し出す。

 深紅の液体から芳醇な香りが立ちのぼる。


 玲之は一口含む。

 香ばしさと渋みが舌を満たし、熱が喉を落ちていく。

 苛立ちでこわばっていた胸の奥が、少しずつ解けていった。


「上層部は……なんと?」


 沙織はカップを置き、低く問う。


「こっちの動きが目障りなんだろうさ」


 玲之は紅茶を揺らしながら答える。


「……まあ、連中の言い分も分からなくはないんだがな」


 玲之は苦笑した。

 菩提府という巨大な組織を動かす以上、上層部の存在は避けては通れない。

 だが同時に――その古びた論理こそが、現場を縛っている。


「……すみません。私の力が足りなくて」


 沙織の声は沈んでいた。


「あんたはよくやっているさ――それに、亮もな」


 笠井の名が出た瞬間、沙織の顔に光が差す。


「あの子も、少しずつ勘を取り戻しているようですね」


「ああ。亮がいなければ、私もここまで来られなかっただろう」


 大塚 玲之。かつて菩提府随一と謳われた開現師。

 その地位を捨ててでも成し遂げたかったもの――それが、黒の部隊の設立だった。


「亮には私の我儘に付き合わせてしまったが……そのおかげで、有望な子たちと共に戦えている」


「……ご子息の一件ですか」


 沙織の問いに、玲之の表情が曇る。


「――これは失礼しました。無神経なことを」


「いや、いい。実際に、私怨も多分にあるだろうさ」


 玲之は苦く笑い、そして言葉を続けた。


「だが……それでも。あの悲劇を、もう二度と繰り返させたくはない」


 沙織はその横顔をじっと見つめ、やがて視線を窓の外へと移す。

 灼けつく陽光が、夏の支配を誇示するかのように大地を照りつけていた。


 ――私怨、理想、責務。

 それぞれの想いが渦巻き、交錯しながらも。

 世界を蝕む悪意に立ち向かう者たちの意志だけは、確かにひとつへと収束していく。

【次回予告】


 夏の陽光、抱えきれぬ向日葵(ひまわり)


 白いワンピースの少女が立つのは、忘れられた廃墟の奥――粗末な墓標の前。


 花奈が見たその横顔に、時が動き出す気配が宿る。


 次回、第35話「迎陽(げいよう)の墓標」

 ――その出会いは、希望か、それとも運命の残響か。


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