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夢幻開現師 ―夢の守り人―  作者: ks21
第五章:黄昏の戦姫編
35/62

第33話「新たな戦地は、追憶と共に」

 和泉たちが〈青き新星〉との邂逅を求め、東京へ向かうその時――


 笠井と七瀬もまた、新たな仲間を求め、西の離島へと船を出した。


 潮風に揺らぐ記憶の残響。

 だが、島を包むのは静けさではなく、不穏な影だった。


 そして、戦場に舞う。

 その名も――「黄昏(たそがれ)戦姫(せんき)」。


 出会いは試練と共に訪れ、別れは血に濡れて刻まれる。

 想いと意志が激突し、やがてその火花は――新たな希望を灯すのだ。


 ――夢幻開現師、第 五 章 「黄昏の戦姫」。

 いま、開幕。

 和泉たちが東京へ向かったのと同じくして――


 笠井 亮(かさい りょう)七瀬 花奈(ななせ かな)は、最後の候補生と接触するため、とある離島へ向かっていた。


 潮風が頬を撫で、カモメの鳴き声が空に溶けていく。

 白波を切り裂くように、二人を乗せた船は静かに進んでいった。


「んー、気持ちいい!」


 甲板に出た花奈は、大きく伸びをして青空を仰ぐ。

 天頂(てんちょう)に燃える太陽が、瞳の奥まで差し込んでくる。


 その奥、甲板の影に一人の男が佇んでいた。


「亮さん、ここに居たんですね」


「ああ」


 笠井は振り返らない。

 ただ海原を見据え、短く答える。

 その背中には無駄のない静けさと、言葉以上の重みが漂っていた。


 波音だけが間を埋める。

 ふと訪れた沈黙に、花奈の胸がざわめく。


「でも、ありがとうございます。私も連れてってくれるって言ってくれて」


「誰もいない事務所に居るのも、寂しかろうと思ってな……」


 笠井の口端がわずかに緩む。

 それは微笑というより、硬さを解いた一瞬の表情だった。


「それに、今回の任務はお前が適役かと思ってな」


「例の……“最後の候補生”のことですか?」


 問いかける花奈。

 笠井は静かにうなずく。


 だが、その候補生に関する情報は、彼女にほとんど与えられていなかった。


「でも、なぜその子の情報が一切ないんですか?」


「まあ、いろいろとな……。だが、身元は確かだ。俺が保証する」


 どこか含みを帯びた言葉に、花奈は眉をひそめる。


 指先で髪をいじりながら、小さく息を吐く。


 釈然としない。

 だが笠井や大塚が認めるのなら、実力は確かだろう。

 考えすぎても仕方がない――そう思い直し、花奈は胸の奥に小さく息を収めた。


 和泉や理恵たちもまた、新たな戦力を求めて戦っているのだ。

 自分も役割を果たさなければならない。


 潮風が頬を撫でる。

 その感触に目を細めながら、花奈は――笠井との最初の出会いを思い返した。



   ◇  ◇  ◇



 ――私には、兄がいた。


 亮さんと同い年で、共に彼らの師「南 沙織(みなみ さおり)」の下で修行に明け暮れていた。


 初めて亮さんに会ったのは、私が七歳の頃。

 兄たちは十五歳になったばかりで、まだ少年の面影を残していた。

 だが、当時の亮さんは若く、鋭い眼差しを隠そうともせず、尖っていた。


 まるで研ぎ澄まされたナイフのように、周囲を威圧するその姿。

 幼いわたしの胸には「怖い人」という印象だけが残った。


 けれど、話してみれば意外に優しく、面倒見の良い人だった。

 私は兄や亮さんと過ごす時間が楽しくて仕方がなかった。――いや、憧れていた。


 互いに競い合い、時にぶつかり、時に支え合って笑い合う。

 その姿は、まさしく「青春」という言葉そのものだった。

 夕暮れの道場。

 障子の隙間から差す橙の光と、響き渡る笑い声――あの光景が、幼いわたしの胸を熱くした。


 母と兄の仲は決して良くはなかった。

 それでも兄は、私の前では弱さを見せまいと努めていたのだろう。

 兄もまた、数多のしがらみの中で必死に戦っていた。――当時の私には、それを理解できなかったけれど。


 やがて二年後。


 兄の死を知らされた。


 世界が暗転した。

 耳の奥がじんじんと痛み、呼吸は浅く、喉が焼けつく。


 その時、私は亮さんを憎んだ。


 ――どうして助けてくれなかったの。

 ――あれほど強い人なのに、なぜ。


 頭では分かっていた。

 理不尽で、身勝手な想いだと。

 それでも心は受け入れることを拒んだ。


 そうして亮さんたちと距離を置き、数年が過ぎた。

 やがて私にも観測師としての才があると判明し、兄と同じ道を歩むことになった。


 厳しい訓練を経て、正式な観測師と認められた日。

 母は、ようやく兄の最期の真実を語ってくれた。


 ――亮さんが見捨てたのではない。

 兄は皆を救うため、自らを犠牲にしたのだと。


 当時、亮さんは「自分が見殺しにした」と語った。

 その言葉を、母に「花奈には黙っていてほしい」と託して。


 母は何度も話そうとしたが、幼い私には受け止めきれないと考え、時を待ったのだという。


 今なら分かる。

 鬼夢で生き残ることが、どれほど困難で、苛烈な戦いなのかを。

 兄はその中で、亮さんや仲間たち――そして百希夜くんを命がけで救ったのだ。


 ならば、私も兄の意志を継がねばならない。

 彼らの支えとなるために。


 そう決意して、私は黒の部隊への配属を願い出たのだ。



   ◇  ◇  ◇



 風のさざめきに包まれたまま、花奈の意識は追憶の底からゆっくりと浮かび上がっていく。


 目の前の笠井は、遠い水平線を見つめていた。

 その横顔は、かつての姿と重なって見えた。


 ――黒の部隊を結成する。


 その言葉を笠井から聞かされた時、止まっていた時間が再び動き出したのだ。

 花奈はそう信じていた。


「……見えたぞ」


 笠井の低い声に、花奈も視線を向ける。


 陽光に揺らめく海の果て。

 そこに、島影が小さく姿を現していた。


 かつて、この島ではある“実験”が行われていたと、花奈は耳にしていた。


 目的地は、もう目前だ。


 水平線に揺れるその影は、静かに彼らを待ち受ける獣のようにも見えた。


 東の地で新たな戦いが始まろうとしている、その同じ時。

 西の海の果てもまた、戦火の幕が上がろうとしていた――。

【次回予告】


 かつては菩提府随一と謳われた女傑・大塚 玲之(おおつか あきの)

 今や黒の部隊を率いる彼女が向き合うのは、組織の重圧と己の信念。


 そして――再会する、かつての弟子「南 沙織(みなみ さおり)」。

 その眼差しを受け、玲之は何を思うのか。


 次回、第34話「理想と責任」

 玲之の孤独な戦いが、幕を開ける――。


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