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夢幻開現師―悪夢を断つ者―  作者: ks21
第一章:赤き烈火編
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第2話「追う影」

 儀式の翌日。


 教室に入ったユキは、すぐに異変へ気づいた。


「……来てない」


 ミキの席が空いている。


 それだけではなかった。


 昨夜、儀式に参加していた少女たちの席が、いくつも空席になっていた。


「みんな、休み……?」


 隣に立つカレンが、不安そうに呟く。


 担任は朝の会で、欠席した生徒たちは体調不良だと説明した。


 風邪でも流行っているのだろう。


 そう言って、普段どおりに授業を始めた。


 だが、ユキには偶然だと思えなかった。


 昨夜の儀式。


 赤く染まったスマートフォン。


 誰が答えたのか分からない声。


 そして――。


『悪い子、悪い子、見~つけた』


 あの文字が、頭から離れなかった。


「カレン」


「なに?」


「放課後、ミキの家に行こう」


 カレンの顔が強張る。


「でも……」


「確かめたいの。昨日のことと、みんなが休んでることが関係あるのか」


「関係なんて、ないよ」


 カレンはすぐに否定した。


「たまたまだよ。きっと、みんな風邪をひいただけ」


「だったら、ミキの顔を見れば安心できるでしょ?」


「……うん」


 カレンはためらいながら、小さく頷いた。


◇◇◇


 放課後。


 二人はミキの家を訪れた。


 インターホンを押すと、しばらくしてミキの母親が玄関へ現れた。


「ユキちゃんと、カレンちゃんね」


 いつも明るいはずの顔には、深い疲労が浮かんでいた。


「ミキ、大丈夫ですか?」


「熱はないの。でも、朝からずっと部屋に閉じこもってるのよ。何を聞いても、怯えるばかりで……」


 ミキの母親は困ったように二階を見上げる。


「二人なら、話してくれるかしら」


 案内された二階の廊下は、薄暗かった。


 突き当たりにあるミキの部屋。


 ドアの隙間からは、光一つ漏れていない。


 ユキはドアを軽く叩いた。


「ミキ、わたし。ユキだよ」


 返事はない。


「カレンも一緒にいるよ。少しだけ、話せない?」


 しばらく待っていると、部屋の中から小さな物音が聞こえた。


 何かを引きずるような音。


 やがて、ドアがわずかに開いた。


 隙間から覗いたミキの顔は、別人のように青ざめていた。


「……入って」


 二人が部屋へ入ると、ミキはすぐにドアを閉め、鍵を掛けた。


 カーテンは固く閉ざされている。


 机の上には教科書やノートが乱雑に積み重なり、床には丸められた毛布や衣服が散らばっていた。


 部屋の隅には、電源の切れたスマートフォンが置かれている。


 その上には、何枚ものタオルが被せられていた。


「ミキ……?」


 カレンが声をかける。


 ミキはベッドの上へ戻り、膝を抱えた。


 目の下には、濃い隈ができている。


「昨日から、ずっと寝てないの?」


 ユキの問いに、ミキはゆっくりと首を横に振った。


「寝られない……」


「どうして?」


「寝たら、来るから」


 ミキの指が、小刻みに震えていた。


「何が来るの?」


 ユキが一歩近づく。


 ミキは怯えた目で二人を見た。


「夢の中にいるの……」


「夢?」


「学校にいる。真っ暗な学校。どれだけ逃げても、同じところに戻ってくるの」


 ユキとカレンが顔を見合わせる。


 それは、昨夜の儀式の直後にユキが見た夢と、あまりにもよく似ていた。


「後ろから、ずっと追いかけてくる」


 ミキの呼吸が速くなる。


「足音が聞こえて……赤い影が近づいてきて……。目が覚めても、すぐ後ろにいる気がするの」


「ただの夢だよ」


 カレンが言った。


「昨日、怖い話をしたから――」


「違う!!」


 ミキが突然、声を張り上げた。


 カレンの肩が跳ねる。


「夢じゃない! あれは、夢なんかじゃない!!」


「落ち着いて、ミキ」


 ユキが手を伸ばす。


 だが、ミキは身を引き、壁際まで逃げた。


「わたしたち、見つかったんだよ」


「見つかったって……誰に?」


 ミキの目が、大きく見開かれる。


「……“赤マント”だよ!!」


 その声が、暗い部屋に響いた。


 ユキの背筋を、冷たいものが走る。


「儀式をしたから?」


「分からない……。でも、あれからずっと聞こえるの」


「何が?」


「声」


 ミキは両手で耳を塞いだ。


「『悪い子はどこにいる』って……何度も、何度も……」


「わたしたちも同じ儀式をしたけど、何も――」


 ユキが言いかけた、そのとき。


 ミキの顔が、さらに強張った。


「帰って!」


「え?」


「帰ってよ!!」


 ミキはベッドから立ち上がると、二人をドアの方へ押した。


「どうしたの、急に!」


「お願いだから帰ってよ! 二人まで見つかっちゃう!!」


「ミキ!」


「帰って!!」


 ミキは泣きながら叫び、二人を部屋の外へ追い出した。


 ドアが勢いよく閉まる。


 直後、鍵の掛かる音がした。


「ミキ……」


 ユキが呼びかけても、返事はなかった。


 閉ざされたドアの向こうから、押し殺した泣き声だけが聞こえていた。


◇◇◇


 ミキの家を出る頃には、空が夕焼けに染まっていた。


 ユキとカレンは、並んで住宅街を歩いていた。


 しばらく、どちらも口を開かなかった。


「……ユキは、信じるの?」


 カレンが足元を見つめたまま尋ねる。


「ミキの話?」


「赤マントのこと」


 ユキはすぐには答えられなかった。


 信じたくはない。


 だが、儀式に参加した少女たちが同じ日に学校を休み、ミキが同じ夢に怯えている。


 それをすべて偶然だと言い切ることもできなかった。


「分からない」


 ユキは正直に答えた。


「でも、わたしがもっと強く止めていれば、こんなことにはならなかったかもしれない」


「ユキのせいじゃないよ」


「わたしも最後には参加したから」


「みんなで決めたことだよ」


「それでも――」


 ユキは唇を噛んだ。


 あのとき、自分だけでも儀式をやめていれば。


 スマートフォンを取り上げていれば。


 誰かが返事をする前に、サイトを閉じていれば。


 後悔ばかりが、頭の中を巡っていた。


「ミキたちに何かあったなら、放っておけない」


「どうするの?」


「分からない。でも、何かできることを探す」


 ユキは隣を歩くカレンを見た。


「カレンのことも、わたしが守るから」


 カレンは足を止めた。


「カレン?」


 夕焼けを背に立つその顔は、影に沈んでいた。


「……ユキも、もう見つかってるのに」


「え?」


 ユキが聞き返す。


 カレンは顔を上げ、不思議そうに瞬きをした。


「どうしたの?」


「今、何て言ったの?」


「何も言ってないよ」


「でも――」


「ユキ、疲れてるんじゃない?」


 カレンはいつものように微笑んだ。


 自分が口にした言葉を、本当に覚えていないようだった。


「早く帰ろう。暗くなっちゃうよ」


 カレンが先に歩き出す。


 ユキはその場に立ち尽くし、遠ざかる背中を見つめた。


 夕暮れの道に、二人以外の人影はない。


 それなのに。


 カレンの背後へ、深紅の布のような何かが一瞬だけ翻った気がした。


◇◇◇


 その夜。


 ユキは、真っ暗な校舎に立っていた。


「また……ここ?」


 蛍光灯は消えている。


 窓の外には、何も見えない。


 長い廊下が、闇の奥へ伸びていた。


 夢だ。


 そう理解しているのに、目を覚ますことができない。


 自分の頬をつねっても、痛みだけが鮮明に伝わってくる。


「カレン?」


 呼びかけても、返事はなかった。


 ユキは一人で廊下を歩き始めた。


 コツ、コツ、コツ……。


 自分の足音が響く。


 やがて、その後ろへ別の音が重なった。


 ずる……ずる……。


 何かを引きずるような音。


 ユキが立ち止まる。


 音も止まった。


 振り返っても、暗闇しかない。


「誰……?」


 返事はない。


 ユキは再び歩き出した。


 ずる……ずる……。


 音もついてくる。


 少しずつ。


 確実に。


 距離を縮めながら。


 ユキは歩く速度を上げた。


 音も速くなる。


 廊下の角を曲がる。


 その先に、赤いものが見えた。


 深紅のフード。


 床を引きずる長いマント。


 その奥にあるはずの顔は、真っ黒な闇に覆われている。


 怪人“赤マント”が――。


 ――現れた。


「――あああああ!!」


 ユキは叫び、背を向けて走り出した。


 廊下を駆ける。


 階段を下りる。


 教室を抜ける。


 どれだけ逃げても、背後の音は消えない。


 ずる、ずる、ずる、ずる――。


 赤い影が、すぐ後ろまで迫ってくる。


『悪い子、悪い子……』


「来ないで!!」


『どこにいる?』


 ユキは教室へ飛び込み、机の陰に身を隠した。


 口元を両手で押さえる。


 廊下を引きずる音が、教室の前で止まった。


 扉の向こうに、何かが立っている。


 ガラッ――。


 教室の扉が、ゆっくりと開く。


『見~つけた』


「いやああああ!!」


 ユキは悲鳴とともに目を覚ました。


 自分の部屋。


 見慣れた天井。


 カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。


 全身が汗で濡れていた。


 胸へ手を当てると、心臓が激しく脈打っている。


「夢……」


 そう呟いても、安心できなかった。


 足音も。


 赤いマントも。


 扉の向こうにいた気配も。


 すべてが、あまりにも現実に近かった。


◇◇◇


 それからユキは、夜ごと同じ夢を見るようになった。


 暗い校舎。


 終わりのない廊下。


 背後から近づく、何かを引きずる音。


 目を覚ましても、恐怖は消えなかった。


 眠るたびに、赤マントとの距離が縮まっていく。


 最初は廊下の端にいた。


 次の夜には、曲がり角の向こうにいた。


 その次には、教室の扉の前まで来ていた。


 そして――。


「ユキ!」


 誰かの声に、ユキは振り返った。


 暗い校舎の廊下に、カレンが立っていた。


「カレン!?」


 ユキは駆け寄り、その肩を掴む。


「どうして、ここにいるの?」


「分からない……。気づいたら、ここに」


 カレンの身体は震えていた。


「これ、ユキが言ってた夢なの?」


「同じ夢を見てるの……?」


 二人は顔を見合わせた。


 これはもう、ただの夢ではない。


 同じ場所にいる。


 互いの声が聞こえる。


 触れた肩の感触まで、はっきりと伝わってくる。


 ずる……ずる……。


 廊下の奥から、あの音が聞こえた。


 ユキはカレンの手を掴む。


「逃げよう!」


 二人は走り出した。


 だが、どこへ逃げても同じ教室へ戻ってくる。


 階段を上っても。


 廊下を曲がっても。


 開いた教室を通り抜けても。


 そのたびに、赤い影は近づいてきた。


『悪い子、悪い子……』


 暗闇の中から、声が響く。


『どこにいる?』


 ユキはカレンの手を握り締めた。


「離れないで!」


「うん……!」


 そのとき。


 カレンの指が、わずかに動いた。


 ユキの手を握り返したのではない。


 逃がさないように、絡みついたように感じられた。


 カレンが、ゆっくりと後ろを振り返る。


 その唇が、かすかに動いた。


「――わたしを、馬鹿にする“悪い子”は……」


「カレン?」


 声とも思念ともつかない怨嗟が、闇の中に滲んだ。


 ユキが振り返る。


 二人のすぐ後ろに、怪人“赤マント”が立っていた。


◇◇◇


 同じ夜。


 静まり返った街の一角で、一人の少年が顔を上げた。


 夜風に、首元の深紅のマフラーが揺れる。


 少年は閉じていた左眼を、ゆっくりと開いた。


「……見つけた」


 和泉百希夜(いずみときや)は、夜の向こうに広がる異様な気配を見据えた。

【次回予告】


 逃げても、逃げても、終わらない校舎。


 赤マントに追い詰められたユキとカレンの前へ、異形の小鬼が姿を現す。


 だが、閉ざされた悪夢へ足を踏み入れたのは、少女たちだけではなかった。


 次回、第3話「介入者」

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