第2話「追う影」
怪人・赤マントの“儀式”の夜から始まる、少女たちの悪夢。
これは、ただの都市伝説ではない。
誰かの怨嗟が形を取り、静かに世界を蝕んでいく。
本編、どうぞお楽しみください。
あの“儀式”の夜から、数日が経った。
最初に、ミキが学校を欠席しはじめた。
「風邪でもひいたのかな?」
最初は軽く考えていた。
けれど、一日経ち、二日経っても連絡はなく、彼女は姿を現さなかった。
そればかりか――あの夜、儀式に参加していた他の友人たちも、次々と学校に来なくなった。
「……なんか、みんな体調崩してるらしいよ」
担任の先生はそう言うだけで、それ以上の説明はなかった。
違和感と不安が胸を締めつける中、ユキとカレンはいても立ってもいられず、ミキの家を訪ねることにした。
インターホンを押すと、ミキの母親が応対した。
「最近、あの子……何かに怯えてて。部屋から出てこないの」
眉をひそめた母親に案内され、二人はミキの部屋の前に立つ。
ノックしても、返事はなかった。
諦めて帰ろうとしたそのとき――
カチャリ。
鍵が、ゆっくりと開いた。
中から現れたのは、かつてのミキの面影を、かろうじて残した少女。
顔色は青ざめ、髪はぼさぼさ。
目の下には深い隈。
カーテンが閉め切られた部屋には、光が一切差し込んでいなかった。
「ミ、ミキ……どうしたの? 一体、何があったの?」
ユキが恐る恐る声をかけると、ミキは布団の中に潜りながら、震える声で呟いた。
「来る……あいつが……来るの……」
その怯えきった姿は、もはや彼女たちの知るミキではなかった。
「な、なにが来るの?」
ユキの問いかけに、布団をかぶったまま、ミキは叫んだ。
「……“赤マント”だよ!!」
その瞬間、ユキとカレンの背筋に戦慄が走る。
まさか……まさか、本当に、あの“儀式”が――。
「夢を見たの……。気づいたら、学校にいて……でも真っ暗で、どれだけ歩いても出られないの」
ミキは頭を抱え、震えながら言葉を続ける。
「そして、“あいつ”が……追いかけてくるの……!」
涙を流しながら語るその姿に、冗談など入り込む余地はなかった。
夢の中に現れる“赤マント”。
しかも、それは――毎晩、必ず。
逃げても逃げても、必ず追いついてくる。
近づくたびに、あの声がはっきりと耳元に響いてくるという。
「いずれ……わたしも、攫われちゃうの……」
ユキとカレンは、言葉も出せないまま、ただ黙ってその場を後にした。
沈黙の帰り道。
胸に響いていたのは、あの夜の記憶。
あれは、ただの遊びじゃなかった。
きっと――ミキだけじゃない。
あの場にいた全員が、“何か”に巻き込まれている。
そして、自分たちもまた……。
「わたしたち、大丈夫だよね?」
不安がにじみ出たその問いに、カレンが小さくうなずいた。
「うん……ユキ、あんたも一緒に……」
「え?」
一瞬、カレンが笑ったように見えた。
だが――
「いや……なんでもない」
視線を逸らし、歩き出すカレンの背中。
(わたしのせいで、カレンも巻き込んじゃった……。だから、わたしがあの子を守らないと!)
ユキは、親友の背を見つめながら、密かに決意を固めた。
だが嫌な予感は、静かに、確実に、現実となっていく。
◇◇◇
その夜。
ユキは、“そこ”にいた。
冷たいタイルの床。
暗闇に沈んだ無音の空間。
息を飲む中――どこかで、何かが這う音がする。
ずる……ずる……
粘り気のある、不快な音が、廊下に木霊する。
『悪い子、悪い子、どこにいる……?』
ぞっとするような低音。
その声を聞いただけで、魂が凍りつくようだった。
“それ”が、こちらに向かってくる。
足音はない。だが、確かに迫ってくる。
逃げなければ――そう思うのに、身体が動かない。
そして、音が止まった。
廊下の奥。階段の踊り場。
そこに、“何か”がいる。
見てはいけない。
そう思うのに、視線が勝手に吸い寄せられる。
『悪い子、悪い子……どこにいる……?』
――現れた。
赤いフードを深く被り、背を大きく屈めた影。
血のように深紅のマントが、闇の中にふわりと浮かび上がる。
その姿を見た瞬間、ユキの喉がひきつった。
「――あああああ!!」
叫ぶより先に、ユキは跳ね起きていた。
……ベッドの上。
見慣れた天井。
電気の灯り。
夢――だった。
だが、それは夢とは思えないほど鮮明で、現実のような感覚が残っていた。
そして――それ以来。
ユキの夢には、毎晩“赤マント”が現れるようになる。
あの声が響く。
あの赤い影が、少しずつ、確実に距離を詰めてくる。
不思議なことに、カレンもまったく同じ夢を見ていた。
同じ学校、同じ廊下、同じ“赤マント”。
ふたりは恐怖を打ち明け合い、毎夜どちらかの家で寄り添うように眠るようになった。
だが――夢の中の“奴”は、どんどん距離を縮めてきている。
そして、ついに。
ふたりは、同時に“そこ”にいた。
異界と化した、あの校舎。
今回は、ユキだけではない。カレンも一緒だった。
最初は、隣に友人がいることが、心強かった。
けれど――この空間に満ちる異様な“殺気”が、その安心感を容赦なく打ち砕く。
直感が告げる。
『今夜、捕まったら、もう終わりだ』
二人は、同時に走り出した。
息を切らし、涙をにじませ、全力で駆け出す。
だが――背後から、あの音が迫る。
ずる……ずる……
耳元まで届きそうなほど近くに、“それ”はいる。
(わたしを、馬鹿にする“悪い子”は……)
闇夜に、怨嗟の声が滲み、そして消えていく……。
【次回予告】
少女たちを追う“影”は、夢の中でついに異形の姿を現しました。
それは過去の罪か、誰かの怨みか、それとも――
現実と夢が混ざり合う恐怖の中で、彼女たちを救う者は現れるのか。
次回、夢幻開現師:第三話「介入者」
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