第13話「参上!黒き疾風」
透明な弾丸が、暗い通路を貫いた。
「伏せろ!」
和泉百希夜は、背後のユズハをかばうように前へ出た。
右手の《点火針》を斜めに振り上げる。
真紅の刃が液体弾へ触れた瞬間、白い蒸気が激しく弾けた。
ボンッ!!
「きゃっ!」
衝撃が通路を揺らす。
蒸気の向こうから、続けて二発、三発と透明な弾丸が飛んできた。
和泉は一発目を《点火針》で斬り払う。
二発目を身を沈めてかわし、三発目へ左手を向けた。
「燃えろ!」
掌から放たれた炎が、液体弾へ衝突する。
破裂した水が、熱い雨となって床へ降り注いだ。
『お見事!』
小型の円盤に乗ったガブルマンが、楽しそうに両腕を広げる。
大きなヘルメットはすでに外れ、銀色の装甲をまとった日比野明日夢の青ざめた顔が、あらわになっていた。
『さすがは開現師! 僕の弾を、こうも簡単に防ぐなんて!』
「……きみ」
和泉は明日夢から目を離さないまま、背後のユズハに声をかける。
「右側の壁際まで動けるか?」
「た、多分……」
『百希夜くん』
途切れがちな花奈の声が届いた。
『その先に、壁が崩れてできた隙間がある。正面からは狙われにくいよ』
「分かりました」
和泉はユズハの腕を取り、自分の肩へ回した。
「立つぞ」
「う、うん……」
「脚に力を入れなくていい」
明日夢が、両手のペットボトルを持ち上げる。
その口元へ、透明な液体が集まっていく。
『戦いの最中に、ずいぶん余裕だね!』
和泉はユズハの身体を支えたまま、《点火針》を横薙ぎに払った。
赤い炎が床を走り、明日夢との間へ一本の火線を描く。
『おっと!』
円盤が急上昇した。
明日夢が狙いを定め直すより早く、和泉はユズハを壁の隙間へ移動させる。
「ここから動くな」
「でも……」
「俺が戻る」
和泉は立ち上がり、再び明日夢へ向き直った。
『その子一人を守りながら、僕と戦うつもり?』
「守るのは、この子一人じゃない」
和泉が床を蹴る。
「この迷宮に取り込まれた全員だ」
一気に距離を詰め、《点火針》を振り上げた。
明日夢は円盤を傾け、赤い刃をかわす。
直後、右手のボトルが和泉へ向けられた。
至近距離から、透明な液体が噴き出す。
「――っ!」
和泉は左眼を閉じた。
意識を研ぎ澄ませ、弾道を見切る。
半歩だけ身体をずらした。
液体弾が頬をかすめ、背後の壁を大きく抉る。
和泉はそのまま《点火針》を返し、明日夢の右手にあるペットボトルへ赤い刃を走らせた。
ザンッ!!
「あっ――」
ペットボトルが真横に断たれた。
内部へ圧縮されていた液体が、一気に噴き出す。
ボンッ!!
円盤が大きく傾き、明日夢の身体が宙へ投げ出された。
和泉は落下地点へ踏み込み、《点火針》を逆手へ持ち替える。
刃ではなく、柄頭を銀色の装甲へ叩き込んだ。
ドゴッ!!
「ぐっ……!」
明日夢の身体が床を転がる。
和泉は追撃せず、少し離れた場所で《点火針》を構え直した。
「本当に、これがお前の望んだ世界なのか?」
明日夢の動きが止まる。
「…………」
「誰かを閉じ込めて、傷つけて、追い詰める」
和泉は静かに続けた。
「お前が苦しんだ場所と、何が違う」
「違う……」
明日夢が、ゆっくりと起き上がった。
「ここでは、全部僕が決められる」
足元へ戻ってきた円盤に乗り、和泉を見下ろす。
「誰を許すか。誰を罰するか。誰を助けるか――僕が決めるんだ!」
「それで、お前は楽になったのか?」
「黙れ!!」
残ったペットボトルから、黒い水があふれ出した。
床へ落ちた水は幾つもの細い流れに分かれ、迷宮の壁を這っていく。
「僕の気持ちなんて、何も知らないくせに!」
「知らないさ」
和泉は即座に答えた。
「だが、お前が苦しんでるのは分かる」
明日夢の表情が強張る。
「だから止める」
「だったら――」
黒い水が、明日夢の周囲で渦を巻いた。
「君が正しいって、証明してみせろよ!」
明日夢が両手を打ち鳴らす。
パンッ!
迷宮全体が、激しく震えた。
◇◇◇
二つの巨大な檻が、通路の左右からせり上がった。
「なっ……!」
左側の檻には、向井聡が閉じ込められている。
「おい! 助けろ!!」
向井は鉄格子へしがみつき、必死に叫んでいた。
右側の檻には、和泉と分断された生徒たちが押し込められている。
先ほど肩を負傷した男子生徒の姿もあった。
『百希夜くん、上――!』
和泉が顔を上げた。
二つの檻の真上に、巨大な黒い岩塊が浮かんでいる。
それぞれの岩塊は、天井から伸びる幾本もの黒い帯によって支えられていた。
迷宮の天井を押し広げるほどの大きさだった。
和泉は一瞬だけ、背後を振り返る。
ユズハが身を寄せる壁の隙間は、二つの岩塊の落下地点から外れている。
『さあ、選んでよ』
明日夢の声が低くなった。
『僕を苦しめた向井を助けるのか』
左側の岩塊を支える黒い帯が、一本ずつ消えていく。
『それとも、ほかの生徒たちを助けるのか』
右側の帯も、ゆっくりと千切れ始めた。
「ふざけるな!」
向井が叫ぶ。
「俺が依頼人だぞ! 先に俺を助けろ!」
「こっちは人数が多いんだ!」
「和泉、早くしてくれ!」
助けを求める声が、両方の檻から飛び交う。
明日夢は円盤の上から、その光景を見下ろしていた。
『どちらか一方しか助けられない』
岩塊が、さらに高度を下げる。
『一人を救うためには、もう一方を見捨てなきゃいけない』
「…………」
『君だって、同じだよ』
明日夢の声に、かすかな震えが混じる。
『追い詰められたら、必ず誰かを見捨てる』
和泉は二つの檻を見た。
向井。
負傷した男子生徒と、ほかの生徒たち。
どちらの岩塊も、落下までほとんど時間がない。
『百希夜くん!』
花奈の声が響く。
和泉は《点火針》を握り直した。
左眼を閉じる。
黒い帯の揺れ。
岩塊の傾き。
落下地点。
そのすべてを、一瞬で見定める。
『さあ、選べ!』
「選ばない」
『……何?』
「どちらも助ける!!」
和泉は左側の檻へ駆け出した。
地面を蹴る。
真紅の炎が全身を包み、和泉の身体を一気に加速させた。
左側の岩塊が落下を始める。
「うわあああっ!」
向井の悲鳴が響いた。
和泉は跳び上がり、《点火針》を振り抜く。
狙うのは、岩塊そのものではない。
片側を支える黒い帯だ。
「はあああっ!!」
赤い刃が、数本の帯を正確に断ち切った。
支えを失った岩塊が大きく傾く。
檻の真上から軌道を外れ、すぐ脇の床へ激突した。
ズガアアアアンッ!!
轟音と振動が、迷宮全体へ広がる。
「た、助かった……」
向井が、その場へ崩れ落ちた。
だが、右側の岩塊は、すでに生徒たちの檻へ迫っている。
「まだだ!」
和泉は空中で身体をひねり、左手を岩塊へ向けた。
狙うのは、岩塊をつなぎ止める黒い帯。
掌へ炎を集める。
細く。
鋭く。
「燃えろ――!」
赤い炎が一直線に放たれた。
黒い帯へ伸びていく。
だが――。
「残念」
炎の軌道へ、黒い学生服の少年が姿を現した。
「なッ!? 誰だ、お前は!」
黒い学生帽の下で、少年が笑う。
伸ばされた手が、赤い炎へ触れた。
ジュッ――。
和泉の放った炎が、蝋燭を吹き消すように消滅する。
「なっ……!」
勢いを失った和泉の身体が、床へ落ちた。
右側の岩塊は止まらない。
「逃げろ!」
檻の中から悲鳴が上がる。
だが、鉄格子に囲まれた生徒たちには、逃げる場所などなかった。
「くそっ!」
和泉は立ち上がる。
間に合わない。
今から走っても、岩塊には届かない。
「やっぱり、一人じゃ無理だったね」
黒い学生服の少年が、楽しそうに告げた。
「どれだけ綺麗なことを言っても、君の手が届く範囲には限界がある」
岩塊が、檻を押し潰そうとする。
その瞬間――。
一枚の黒い羽根が、和泉の目の前を横切った。
「……え?」
黒い羽根は、落下する岩塊へ向かって舞い上がる。
直後。
迷宮の奥から、凄まじい突風が吹き荒れた。
ゴオオオオオッ!!
黒い羽根を巻き込んだ風が、巨大な岩塊の側面へ直撃する。
岩塊の軌道が、大きく横へ逸れた。
檻のすぐ脇をかすめ、迷宮の壁へ激突する。
ズガアアアアンッ!!
「な、なんだ……?」
生徒たちが、呆然と周囲を見回す。
壁の隙間に身を寄せたユズハも、両腕で頭をかばいながら、無事にその場へ留まっていた。
和泉はユズハの無事を確認し、再び通路の奥へ視線を向ける。
黒い学生服の少年の笑みが、わずかに消えていた。
舞い散る黒い羽根の向こうから、一人の男が歩いてくる。
黒のスーツ。
乱れ一つない髪。
「まったく……」
男は周囲の惨状を見渡し、面倒そうに頭をかいた。
「到着早々、ずいぶん派手な歓迎だな」
少年は、突如現れた男を見据えていた。
「先生……」
和泉の肩から、わずかに力が抜けた。
男は和泉の横へ並び、壁へ激突した岩塊を見上げる。
「無事か、和泉」
「何とか」
男は短く息を吐いた。
「なら、とっとと片付けるぞ」
和泉は《点火針》を構え直し、明日夢と黒い学生服の少年へ向き直った。
少年は男の姿を見つめ、静かに名を呼ぶ。
「黒き疾風――笠井亮」
笠井の視線が、少年へ向けられた。
その周囲で、黒い羽根が風に乗って舞い上がる。
「俺のことを知っているのか」
「もちろん」
少年は再び、口元へ笑みを浮かべた。
「けれど、君は僕のことを知らない」
「そうだな」
笠井は和泉の一歩前へ進み出た。
「名乗る気がないなら、それでも構わない」
黒い風が、迷宮の床を這うように広がっていく。
「それより――」
笠井の目が、鋭く細められた。
「弟子が、ずいぶん世話になったみたいだな」
【次回予告】
ついに現れた、和泉の師・笠井亮。
顕現する《風塵鴉鎚》と、朱天へ牙をむく黒き疾風。
だが、追い詰められた明日夢は、再び《波羅夷の果実》へ手を伸ばす。
次回、第14話「決戦!灼熱と風塵」




