第11話「ゲームスタート!」(後編)
こちらは、第十一話「ゲームスタート」の後編となります。
前編をご覧になっていない方は、先に前話「第十一話(前編)」をご覧ください。
──そして、約束の夜。
向井の自宅では、すでに観測用の機材が設置されていた。
説得を受け入れた両親の了承のもと、数名のスタッフが部屋の周囲に待機している。
「和泉たちは……一緒にいないのか?」
不安げに尋ねる向井に、七瀬がやわらかく微笑みかけた。
「大丈夫ですよ。私たちは別の場所から“鬼夢”の発生を監視しています。何かあれば、すぐに駆けつけますから」
その穏やかな声に、向井はほんの少しだけ表情を緩める。
……だが、不安が完全に消えることはなかった。
「でも……また、あの夢を見ないといけないんだろ……?」
ぽつりとこぼれる言葉。
震える手の指先から、血の気が引いていた。
「残念だけどな。そうしないと、悪鬼の本体を捕捉できないんでね」
和泉の静かな返答に、向井はしばし黙し――やがて、小さく頷いた。
「絶対、俺を助けろよな!!」
扉が閉まる直前、振り絞るように叫ぶ向井。
それに、和泉ははっきりと返した。
「……誰も、死なせないさ」
その一言を残し、彼は階下へと歩を進めた。
◇ ◇ ◇
トレーラー型の観測車両。
荷台内部はまるで、近未来のオペレーションルームのようだった。
モニターの光が交錯し、無数の計測器が稼働している。
コードが床を這い、中央にはリクライニング式のシートが静かに据えられていた。
「和泉くん、準備はいい?」
「いつでもどうぞ」
和泉は頷き、椅子に身を沈める。
隣では、七瀬が補助機器の起動に取りかかっていた。
「鬼夢の発生を感知!」
七瀬の鋭い声が響いた直後、大塚の通信がインカム越しに飛び込んでくる。
『依頼人も、意識を失ったようだ。来たぞ、和泉!』
「……了解」
和泉は《ドリームコンバータ》を顔に装着する。
――開現師の精神を守りながら、鬼夢の深部へと潜るための装置。それがこの装備だ。
「接続、開始します!」
七瀬の宣言とともに、機械が低く唸りを上げる。
意識が沈んでいく――暗い水底に引き込まれるように。
音が遠ざかり、視界が歪み、重力すら失われていく。
そして和泉は、夢と現の狭間へと滑り落ちていった。
◇ ◇ ◇
……深く、静かな闇の底。
かすかな光が、水面の波紋のように広がる。
命の鼓動のように、和泉の意識は“あちら側”へと導かれていく。
『接続完了です』
遠く、澱んだ深淵から七瀬の声が届いた。
和泉が目を開ける。
眼前には――異様な装飾を施された巨大なゲート。
その周囲には、向井だけでなく、複数の生徒たちの姿があった。
「七瀬さん、状況は?」
『確認しました。大塚所長の予測通り、向井くん以外にも複数の生徒が“取り込まれて”います』
その顔ぶれには、向井の取り巻きや、かつて明日夢と関わりのあった生徒たちの姿も――
やがて彼らは次々に意識を取り戻し、戸惑いと不安を露わにし始める。
そのときだった。
空中に突如、巨大なスクリーンが出現する。
映し出されたのは――銀色の宇宙服に身を包んだ異形の悪鬼、《ガブルマン》。
『レディース・アンド・ジェントルメン!!』
『――今宵、ここに集いたるは、罪深き魂ども! ようこそ、我が“楽園”へ!』
芝居がかった声で、ガブルマンが高らかに宣言する。
その姿は、道化師のような滑稽さと、処刑人のような冷酷さを併せ持っていた。
『本日は皆様に、と~っておきの“お遊戯”をご用意しております! 罪深きお子様たちへの、慈悲深~い救済チャンスですよぉ?』
画面越しのガブルマンが、ゆっくりと不気味な笑みを浮かべる。
「なんだよ、てめぇ!!」
向井が怒鳴る。
「ふざけんな! 早くここから出せよ!」
他の生徒たちも一斉に叫び出した――
ドスッ!!
銃声のような音が響き、血飛沫が宙を舞う。
「ヒカル!!」
向井の仲間の一人が、胸を押さえて崩れ落ちる。
『ルールは守ってもらわないとね? でなければ、私もいやいやながら――こうするしかなくなる』
ガブルマンは、唇の奥で笑っていた。
狂気と無慈悲。
その残酷な愉悦に、誰もが言葉を失う。
『よろしい。では、皆さんには“脱出ゲーム”に挑戦していただく』
『そして、脱出のための“鍵”――それが、これだ!』
映像が切り替わる。
柱に縛りつけられた生徒たちの姿が映し出された。
「ユズハ……!?」
「タケルもいるぞ!!」
「和田くんまで……!」
囚われているのは、向井や明日夢と過去に因縁のある生徒たちばかりだった。
『彼らのうち、誰か一人でも救い出せば、脱出成功!』
『ただし――』
『迷路には私の“配下”が徘徊しており、トラップも満載! 生き延び、“鍵”を手にした者が――勝者となる!』
「ふざけんな!! 誰がそんなゲームに乗るかよ!!」
向井が吠える。
『無理にとは言いませんよ。ただし、“参加拒否”とみなした者には――制裁を加えさせていただきます。よろしいですね?』
沈黙が、場を支配する。
さきほどの“制裁”が、全員の脳裏に焼き付いていた。
『もちろん! 戦うための武器も、ご用意しております!』
その瞬間、上空から銃のような装備が次々と投下された。
和泉が一丁を拾い、構える。
「……なるほど。使えないこともなさそうだな」
他の生徒たちも、恐る恐る武器を手に取っていく。
震える手。
青ざめた顔。
息を呑むような沈黙。
恐怖が、迷路を覆っていく。
『では――!』
『ゲーム、スタート!!』
ゴオオオ――!!
重々しい音を立てて、巨大な扉が開かれた。
和泉が、一歩踏み出す。
その背中に、幾つもの怯えた視線が注がれていた。
そして、生徒たちもまた――
それぞれの“祈り”を胸に、悪夢の迷宮へと足を踏み入れる。
始まるのは、罰と救済の迷宮劇。
《悪夢の遊戯》が、いま幕を開ける――。
【次回予告】
ついに始まった、悪夢の遊戯。
迷路に囚われたプレイヤーたちを襲うのは、容赦なき“魔の手”。
そしてその影には、少年の怒りと憎しみが渦巻いていた。
迷いと恐怖が支配する夢の迷宮――
その深奥へ、和泉は急ぐ。
次回、第十二話「怒りと憎しみの迷い道」
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