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夢幻開現師―悪夢を断つ者―  作者: ks21
第二章:黒き疾風編
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第13話「参上!黒き疾風」

 透明な弾丸が、暗い通路を貫いた。


「伏せろ!」


 和泉百希夜《いずみときや》は、背後のユズハをかばうように前へ出た。


 右手の《点火針》を斜めに振り上げる。


 真紅の刃が液体弾へ触れた瞬間、白い蒸気が激しく弾けた。


 ボンッ!!


「きゃっ!」


 衝撃が通路を揺らす。


 蒸気の向こうから、続けて二発、三発と透明な弾丸が飛んできた。


 和泉は一発目を《点火針》で斬り払う。


 二発目を身を沈めてかわし、三発目へ左手を向けた。


「燃えろ!」


 掌から放たれた炎が、液体弾へ衝突する。


 破裂した水が、熱い雨となって床へ降り注いだ。


『お見事!』


 小型の円盤に乗ったガブルマンが、楽しそうに両腕を広げる。


 大きなヘルメットはすでに外れ、銀色の装甲をまとった日比野明日夢《ひびのあすむ》の青ざめた顔が、あらわになっていた。


『さすがは開現師! 僕の弾を、こうも簡単に防ぐなんて!』


「……きみ」


 和泉は明日夢から目を離さないまま、背後のユズハに声をかける。


「右側の壁際まで動けるか?」


「た、多分……」


『百希夜くん』


 途切れがちな花奈の声が届いた。


『その先に、壁が崩れてできた隙間がある。正面からは狙われにくいよ』


「分かりました」


 和泉はユズハの腕を取り、自分の肩へ回した。


「立つぞ」


「う、うん……」


「脚に力を入れなくていい」


 明日夢が、両手のペットボトルを持ち上げる。


 その口元へ、透明な液体が集まっていく。


『戦いの最中に、ずいぶん余裕だね!』


 和泉はユズハの身体を支えたまま、《点火針》を横薙ぎに払った。


 赤い炎が床を走り、明日夢との間へ一本の火線を描く。


『おっと!』


 円盤が急上昇した。


 明日夢が狙いを定め直すより早く、和泉はユズハを壁の隙間へ移動させる。


「ここから動くな」


「でも……」


「俺が戻る」


 和泉は立ち上がり、再び明日夢へ向き直った。


『その子一人を守りながら、僕と戦うつもり?』


「守るのは、この子一人じゃない」


 和泉が床を蹴る。


「この迷宮に取り込まれた全員だ」


 一気に距離を詰め、《点火針》を振り上げた。


 明日夢は円盤を傾け、赤い刃をかわす。


 直後、右手のボトルが和泉へ向けられた。


 至近距離から、透明な液体が噴き出す。


「――っ!」


 和泉は左眼を閉じた。


 意識を研ぎ澄ませ、弾道を見切る。


 半歩だけ身体をずらした。


 液体弾が頬をかすめ、背後の壁を大きく抉る。


 和泉はそのまま《点火針》を返し、明日夢の右手にあるペットボトルへ赤い刃を走らせた。


 ザンッ!!


「あっ――」


 ペットボトルが真横に断たれた。


 内部へ圧縮されていた液体が、一気に噴き出す。


 ボンッ!!


 円盤が大きく傾き、明日夢の身体が宙へ投げ出された。


 和泉は落下地点へ踏み込み、《点火針》を逆手へ持ち替える。


 刃ではなく、柄頭を銀色の装甲へ叩き込んだ。


 ドゴッ!!


「ぐっ……!」


 明日夢の身体が床を転がる。


 和泉は追撃せず、少し離れた場所で《点火針》を構え直した。


「本当に、これがお前の望んだ世界なのか?」


 明日夢の動きが止まる。


「…………」


「誰かを閉じ込めて、傷つけて、追い詰める」


 和泉は静かに続けた。


「お前が苦しんだ場所と、何が違う」


「違う……」


 明日夢が、ゆっくりと起き上がった。


「ここでは、全部僕が決められる」


 足元へ戻ってきた円盤に乗り、和泉を見下ろす。


「誰を許すか。誰を罰するか。誰を助けるか――僕が決めるんだ!」


「それで、お前は楽になったのか?」


「黙れ!!」


 残ったペットボトルから、黒い水があふれ出した。


 床へ落ちた水は幾つもの細い流れに分かれ、迷宮の壁を這っていく。


「僕の気持ちなんて、何も知らないくせに!」


「知らないさ」


 和泉は即座に答えた。


「だが、お前が苦しんでるのは分かる」


 明日夢の表情が強張る。


「だから止める」


「だったら――」


 黒い水が、明日夢の周囲で渦を巻いた。


「君が正しいって、証明してみせろよ!」


 明日夢が両手を打ち鳴らす。


 パンッ!


 迷宮全体が、激しく震えた。


◇◇◇


 二つの巨大な檻が、通路の左右からせり上がった。


「なっ……!」


 左側の檻には、向井聡《むかいさとる》が閉じ込められている。


「おい! 助けろ!!」


 向井は鉄格子へしがみつき、必死に叫んでいた。


 右側の檻には、和泉と分断された生徒たちが押し込められている。


 先ほど肩を負傷した男子生徒の姿もあった。


『百希夜くん、上――!』


 和泉が顔を上げた。


 二つの檻の真上に、巨大な黒い岩塊が浮かんでいる。


 それぞれの岩塊は、天井から伸びる幾本もの黒い帯によって支えられていた。


 迷宮の天井を押し広げるほどの大きさだった。


 和泉は一瞬だけ、背後を振り返る。


 ユズハが身を寄せる壁の隙間は、二つの岩塊の落下地点から外れている。


『さあ、選んでよ』


 明日夢の声が低くなった。


『僕を苦しめた向井を助けるのか』


 左側の岩塊を支える黒い帯が、一本ずつ消えていく。


『それとも、ほかの生徒たちを助けるのか』


 右側の帯も、ゆっくりと千切れ始めた。


「ふざけるな!」


 向井が叫ぶ。


「俺が依頼人だぞ! 先に俺を助けろ!」


「こっちは人数が多いんだ!」


「和泉、早くしてくれ!」


 助けを求める声が、両方の檻から飛び交う。


 明日夢は円盤の上から、その光景を見下ろしていた。


『どちらか一方しか助けられない』


 岩塊が、さらに高度を下げる。


『一人を救うためには、もう一方を見捨てなきゃいけない』


「…………」


『君だって、同じだよ』


 明日夢の声に、かすかな震えが混じる。


『追い詰められたら、必ず誰かを見捨てる』


 和泉は二つの檻を見た。


 向井。


 負傷した男子生徒と、ほかの生徒たち。


 どちらの岩塊も、落下までほとんど時間がない。


『百希夜くん!』


 花奈の声が響く。


 和泉は《点火針》を握り直した。


 左眼を閉じる。


 黒い帯の揺れ。


 岩塊の傾き。


 落下地点。


 そのすべてを、一瞬で見定める。


『さあ、選べ!』


「選ばない」


『……何?』


「どちらも助ける!!」


 和泉は左側の檻へ駆け出した。


 地面を蹴る。


 真紅の炎が全身を包み、和泉の身体を一気に加速させた。


 左側の岩塊が落下を始める。


「うわあああっ!」


 向井の悲鳴が響いた。


 和泉は跳び上がり、《点火針》を振り抜く。


 狙うのは、岩塊そのものではない。


 片側を支える黒い帯だ。


「はあああっ!!」


 赤い刃が、数本の帯を正確に断ち切った。


 支えを失った岩塊が大きく傾く。


 檻の真上から軌道を外れ、すぐ脇の床へ激突した。


 ズガアアアアンッ!!


 轟音と振動が、迷宮全体へ広がる。


「た、助かった……」


 向井が、その場へ崩れ落ちた。


 だが、右側の岩塊は、すでに生徒たちの檻へ迫っている。


「まだだ!」


 和泉は空中で身体をひねり、左手を岩塊へ向けた。


 狙うのは、岩塊をつなぎ止める黒い帯。


 掌へ炎を集める。


 細く。


 鋭く。


「燃えろ――!」


 赤い炎が一直線に放たれた。


 黒い帯へ伸びていく。


 だが――。


「残念」


 炎の軌道へ、黒い学生服の少年が姿を現した。


「なッ!? 誰だ、お前は!」


 黒い学生帽の下で、少年が笑う。


 伸ばされた手が、赤い炎へ触れた。


 ジュッ――。


 和泉の放った炎が、蝋燭を吹き消すように消滅する。


「なっ……!」


 勢いを失った和泉の身体が、床へ落ちた。


 右側の岩塊は止まらない。


「逃げろ!」


 檻の中から悲鳴が上がる。


 だが、鉄格子に囲まれた生徒たちには、逃げる場所などなかった。


「くそっ!」


 和泉は立ち上がる。


 間に合わない。


 今から走っても、岩塊には届かない。


「やっぱり、一人じゃ無理だったね」


 黒い学生服の少年が、楽しそうに告げた。


「どれだけ綺麗なことを言っても、君の手が届く範囲には限界がある」


 岩塊が、檻を押し潰そうとする。


 その瞬間――。


 一枚の黒い羽根が、和泉の目の前を横切った。


「……え?」


 黒い羽根は、落下する岩塊へ向かって舞い上がる。


 直後。


 迷宮の奥から、凄まじい突風が吹き荒れた。


 ゴオオオオオッ!!


 黒い羽根を巻き込んだ風が、巨大な岩塊の側面へ直撃する。


 岩塊の軌道が、大きく横へ逸れた。


 檻のすぐ脇をかすめ、迷宮の壁へ激突する。


 ズガアアアアンッ!!


「な、なんだ……?」


 生徒たちが、呆然と周囲を見回す。


 壁の隙間に身を寄せたユズハも、両腕で頭をかばいながら、無事にその場へ留まっていた。


 和泉はユズハの無事を確認し、再び通路の奥へ視線を向ける。


 黒い学生服の少年の笑みが、わずかに消えていた。


 舞い散る黒い羽根の向こうから、一人の男が歩いてくる。


 黒のスーツ。


 乱れ一つない髪。


「まったく……」


 男は周囲の惨状を見渡し、面倒そうに頭をかいた。


「到着早々、ずいぶん派手な歓迎だな」


 少年は、突如現れた男を見据えていた。


「先生……」


 和泉の肩から、わずかに力が抜けた。


 男は和泉の横へ並び、壁へ激突した岩塊を見上げる。


「無事か、和泉」


「何とか」


 男は短く息を吐いた。


「なら、とっとと片付けるぞ」


 和泉は《点火針》を構え直し、明日夢と黒い学生服の少年へ向き直った。


 少年は男の姿を見つめ、静かに名を呼ぶ。


「黒き疾風――笠井亮《かさいりょう》」


 笠井の視線が、少年へ向けられた。


 その周囲で、黒い羽根が風に乗って舞い上がる。


「俺のことを知っているのか」


「もちろん」


 少年は再び、口元へ笑みを浮かべた。


「けれど、君は僕のことを知らない」


「そうだな」


 笠井は和泉の一歩前へ進み出た。


「名乗る気がないなら、それでも構わない」


 黒い風が、迷宮の床を這うように広がっていく。


「それより――」


 笠井の目が、鋭く細められた。


「弟子が、ずいぶん世話になったみたいだな」

【次回予告】


 ついに現れた、和泉の師・笠井亮。


 顕現する《風塵鴉鎚》と、朱天へ牙をむく黒き疾風。


 だが、追い詰められた明日夢は、再び《波羅夷の果実》へ手を伸ばす。


 次回、第14話「決戦!灼熱と風塵」

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