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運命の糸は夜に絡む

 庭へと足を踏み入れると、室内の熱気とは対照的に冷たい夜気が肌を撫でた。

 月明かりが小径を銀色に照らし、石畳に影を落とす。遠ざかるざわめきとかすかに響く楽団の演奏。広間の喧騒から離れたこの場所には、別世界のような静けさが広がっていた。

 隣を歩く青年は歩調を緩め、気遣うような素振りを見せる。


「静かですね」

「ええ、広間とは別の世界みたい」


 会話は穏やかに続いた。小径を進むうちに、白亜のガゼボが闇の中から浮かび上がる。

 植え込みに囲まれた静かな空間にはまばらに設えられたランタンが灯され、柔らかな光が揺れていた。


「ここなら、もう少し静かに話せるでしょう」


 青年は自然な仕草でガゼボを示す。その動作には余裕があり、口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。

 優雅に差し出された手を取ろうとした刹那、ふと青年の顔を見上げた。その瞬間、微笑みの奥に猛禽のような鋭さが潜んでいることに気付き、背筋がぞくりと震える。


「……あの、やっぱり、もう戻ります」

「どうして? せっかくの機会なのに。こんな夜、楽しまなくては損ですよ」


 その声は穏やかなものなのに、どこか心がざわめく。

 まるで夜の闇が密やかに形を成すように、木々の陰から新たに二人の青年が姿を現した。

 ゆったりと歩み寄る足取りには余裕があった。仕立ての良い夜会服に身を包んでいるにもかかわらず、その眼差しには品位も誠意もない。

 エリーゼの全身が粟立つ。広間へ戻ろうと一歩踏み出した瞬間、青年が自然な仕草で前に立った。さりげない動作だが、行く手を阻まれた途端、胸を押さえつけられるような圧迫感が襲う。


 鼻をかすめた香水の甘い香りに、微かな悪寒が走る。鳥肌が立ち、喉の奥がひりついた。ここへ来たこと自体が間違いだったとようやく悟る。しかし、気づくのが遅すぎた。


「大丈夫、大丈夫。怖がらないで」

「何も酷いことをするわけじゃありませんし」


 優雅に紡がれる言葉とは裏腹に、包囲はじわじわと狭まっていく。悪意は穏やかな笑顔の奥に隠され、冷たい月光が彼らの目に不気味な光を宿していた。

 黙ってその場を立ち去ろうとした瞬間、男のうち一人が素早く腕を掴む。反射的に腕を引いたが、びくともしない。


「あなたみたいな美しい方、ただ見ているだけじゃもったいないでしょう?」


 囁かれる言葉が耳の奥にまとわりつく。嫌悪が込み上げる。

 穏やかに扱うように見せかけながら、指は食い込むほど強く腕を押さえつけていた。そのまま強く引かれると、細い身体は容易く引き寄せられる。


「やめて——」


 言葉の続きを遮るように、背後からもう一人の男が肩を押さえた。抗おうとするが、足をすくわれるようにして強引にガゼボの中へ連れ込まれる。視界が回ったかと思えば、次の瞬間には石のベンチに押し倒されていた。

 声を上げようとした唇に、男の手が押し当てられた。必死に噛みつくと、呻き声とともに手が離れ、鉄の味が舌に広がる。


「このっ……!」


 次の瞬間、鋭い衝撃が頬を打った。音が静寂を裂き、視界が揺れる。熱を持つ痛みに思考が乱れ、涙がこぼれた。

 罵声が飛び、強く肩を押さえつけられる。青年たちは何かの順番を決める会話をしていた。スカートをなぞる指の感触に身体が凍りつく。この夜が終われば、もう二度と元には戻れない。

 必死に抵抗しようとした腕を押さえつけられ、石の上にうつ伏せにされる。背中を押しつける重みが増し、細い指が背中のボタンへとかかる。じわりと冷たい汗がにじむ。喉から震えた息が漏れる。終わりだ——


「——そこで何をしている?」


 低く静かな声が、夜の空気を裂いた。


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最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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