第8話
魔族の群衆を抜け、走ること1時間。
ようやく人間の住む街が見えてきた。
──しかし枯れていた。
土地も、住む人間たちも。
噴水から濁った水が、物乞いをする子供たち。
ここには希望はない。
瞳から生きようとする意思もなければ、ただ惰性的に息をするだけ。
鎖で繋がれていないだけで奴隷のような顔をしていた。
「辛気臭い街だな。やっぱり冒険ってのは行く先々で目をキラキラさせるような未知がなくちゃあいけないと思うわけよ。なのになんだよ。スラム街もいいとこだ」
「魔王の時代だ。誰しも怯えて暮らしているのは当然だろう」
「そのくせ、貴族階級は安全な場所で豪勢に暮らしているんでしょうよ」
ミシャンドラの言葉にアルバートは苦笑いで返す。
実際そうなんだろうと思ってしまったから。
それに反論をしたところで現在のアルバートは王族、恵まれたものが意見する議論ではない。
「お恵みを」
ふたりの前にボロボロな服を着た、痩せこけた子供。
細い腕で服を掴む。
「はあ。アルバちゃん。ここは無視だ。心は痛むがこの子ひとりを助けたら他も寄ってくる。人助けはキリがない。探偵なんだろ? なら偽善の先の面倒も推理出来るはずだ」
ミシャンドラは子供の頭を軽く撫でて立ち去ろうとする。
数歩進み、アルバートがついて来てない事に気が付き振り返る。
相手は自分の手の平を眺めていた。
「……まあ、足りるか」
「なぁに考えてるのかな?」
「食料創造」
アルバートが魔法を唱えると街の真ん中に、建物よりも大きく積みあがった箱の山。
中には野菜と肉と魚とパンと水。
その場にいた全員が驚きのあまり尻餅する。
不思議と全員の顔に生気が戻っていく。
「何人いるか分からないが、これで数カ月は持つだろ」
「……魔力が溜まらないって言ってなかった?」
「遅いってだけだ。温存していた分を全部使い切ったけど」
「なにやってんのさ。千年前だよここ。バタフライがエフェクったらどうすんのさ」
呆れながらもいつのも胡散臭い笑いを見せるミシャンドラ。
「あ、あの。お兄さんたちの名前は!?」
この箱の山がアルバートが原因だと知っている子供はふたりを呼び止める。
空腹のあまり倒れそうなくらい疲労してるのに大声で。
「確かに過去に名前を置いていくのは危険だな」
「偽名ねぇ。多すぎてなに使おうか迷うなぁ」
ふたりは考え込み同時に答えに行き着いたのか、子供の目を見る。
「俺はアルバ。通りすがりのただの探偵だ」
「オレはテレム・モリセウス。このお兄さんの良心ってとこかな」
「ありがとう!!」
子供は深く頭を下げて、食料の箱がある場所まで走っていく。
さっきまでは枯れた街だったが少しずつ笑い声が聞こえて来る。
なにも変わらないだろうけど、数十人の空腹は一時的には満たせた。
「嘘をついて鼻が伸びるのはお前の方だろ。その偽名、聞いたことないがまた何かのキャラクターか?」
「まあね。他人の記憶を食べてひとりの女の子に好かれようとした悪役の名前だよ。アルバちゃんだって『シャーロック・ホームズ』とか名乗っておけば良かったのに、短くしただけじゃん」
「ロールプレイはしない主義でな。おこがましいにもほどがある」
「はは、律儀だねぇ」
魔力がからっぱ同士のふたりは街を歩く。
魔王軍に焼かれたであろう崩れた建物、その先に『ドラゴンの宿木』と書かれた看板を目にする。
「ドラゴンの宿木って言えば。うちの冒険者組合じゃないか。……まさかここって千年前のドラゴネス王国?」
「あちゃー、どうやらそうみたい。でも冒険者組合は他に比べて建物の形を保ってる。腹が減ったし、食い物でもおごってもらおうぜ」
魔族退治や地下迷宮攻略で金銭を稼いでいる冒険者たち。
彼等になくてはならない施設、それが冒険者組合である。
クエストの受付、パーティー申請、職業変更、飲食、国によっては売春宿まで付属している。
スキップで冒険者組合の扉を開くミシャンドラ。
「とりあえず酒だ! 酒もってこい!! ……って、え~」
「俺はまだ未成……おっと」
西部劇のガンマンのようにかっこつけたはいいものの、中ではなんだかギスギスした雰囲気。
大人数の男たちが女性──エルフを囲んでいる。
「他の店にしよっか、アルバちゃん」