第7話
魔物がそこらじゅうにいるため岩の後ろに隠れるアルバートとミシャンドラ。
空、陸、そこら中に人外。
しかも徐々に数が増えていく。
「おいおい、どこだよここは。茶髪エルフの記憶の中にいたはずだぞ。記憶魔法プロのオレが断言してやるけど、ここは現実の世界だ。デュカプリオがコマ回さなくても分かってる」
「だとしても、現代ではないよな。魔物のほとんどは地下迷宮で管理されてる。一匹でも脱走しようものなら冒険者ギルドで討伐クエスト出るはずだ」
「上を見てみろよアルバちゃん。あの魔法陣」
「ああ、ちょうど気になっていた。俺たちをここに招き入れた召喚陣ってわけでも無いよな。紫色の巨大な禍々しい魔法陣。その顔、お前は知っていそうだが……」
このドヤ顔に教えを乞うのはなんかイヤだな。
「言ってしまえば魔法書のオレは旧設定資料みたいなものだ。その知識にズレがないなら、あれは千年前に最も恐れられていた魔王〝モリアーティ〟の魔法陣に違いないね」
魔王の名前を聞き返すアルバート。
しかし聞き違いではなかった。
掘り下げたくて仕方がないがそんな暇はない。
そもそも犯罪界のナポレオンが実名で世界征服しているわけがないのだ。
どうせ同名の魔族ってだけのつまらないオチだ。
「つまりここは魔王がまだ存在している世界。少なくとも千年前の世界に来ちゃったってこと」
「ちょっと待て。絶対に使うことの出来ない非実現魔法は2つある。『死んだ者を生き返らせる魔法』と『過去に戻る魔法』。嘘ばかりのお前の本にもちゃんとそれは書いてあったじゃないか」
「でも女神様以外が使えたら秩序が乱れるから禁忌にしているってだけじゃない? だから〝カオス〟なんだろ。それにこの状況は〝何らかの条件が揃って、過去に戻った〟って考えた方が納得がつく」
「……ああ、まったく。魔法の世界だからってオチがついてしまうのが憎い」
ミシャンドラの無茶な設定に反論が出来ない。
推理の余地すら用意してくれないのがこのファンタジー世界である。
「とりあえずその設定を飲み込んでやる。だったらあの魔法陣の効果はなんだ。巨大攻撃魔法とかだったら魔王軍すら消え去るが?」
「ただの領土魔法のはずさ。魔王は世界各地に魔法陣をはり、敵の動向を探ってたって。簡単に言えばセンサーってとこ。オレたちはまんまと引っかかったってわけさね」
「なるほど。だからこんなに魔族が集まって来てるのか。にしても素性の分からない人間ふたりだけにこの数を向かわせるのは異常じゃないか?」
ざっと見る限り1000体はいる。
地上にもゴブリン・コボルト・トロール。
頭脳指数が低い魔ものですら連携が取れているのはこの時代の魔王が優れていた証明にほかならないのだろう。
「それほど魔王は慎重ってことさ。アルバちゃん、魔力の温存はどんな感じ?」
「全然溜まっていかない。時代か、空気の違いか」
3時間後に対軍級魔法がひとつ撃てるかどうか。
対軍と言っても下級装備の人間兵100人基準である。
「ならここは親友であるオレがひと肌脱がなきゃならんでしょ」
ひと肌っていうか、こいつはずっと全裸なんだが。
「スンスンッ。人間……いや、亜人種がふたり。すぐ近くにいるな」
「転移魔法で魔王様の魔法陣に入って来るなんて命知らずなバカもいたもんだ。入ってこれても魔法でここから出ていけないって知らなかったんじゃねぇの?」
「ハラ、ヘッタ。ソイツラ、ミツケタラクウ、アタマ、ハラ、アシ」
「ダメだ。まずは死にたくなるほど気持ちよくなる拷問をだな。女ならまず服を脱がす。男でも──もちろん脱がす」
「亜人種とヤれるお前らが気持ち悪いくてしかたねぇよ」
ぞろぞろと群れを成して近づいている。
まるでどこに隠れているのか知られているように全軍が隠れている岩へと。
「透明化。香り消し。音消し」
ミシャンドラの欺瞞魔法の複数詠唱。
暗殺者や忍者などの職業適正が高い者が得意とする魔法。
それによってアルバートたちの姿はふたり以外感知できなくなった。
トロールが隠れていた岩を持ち上げるが見付けられず首をかしげている。
「ささ、参ろうか。アルバちゃん」
何食わぬ顔で魔物たちの群れの間を歩いて行くミシャンドラ。
しかも魔物たちの衣服を剥ぎ取り、着ていく。
「脱がして良いのは、脱がされる覚悟がある奴だけだ」
「……お前、魔本にされる前はかなりの悪党だったろ」