第6話
──落ちている。
これは探偵なのにファンタジー世界で生きているアルバの心理的な暗喩だろうか。
──いや、ただ落ちている。
肌を叩く風は激しく、地上の景色だって夢や想像上のものにしては広大で神秘的すぎる。
これは記憶魔法の延長ではなく現実だ。
だからすぐにでもこの落下を止めなければ死ぬ。
スリッパを叩きつけられた虫みたく、ぺっちゃんこになるに違いない。
だが今のアルバートには魔力がなかった。
前世のような魔法のない世界に飛ばされて魔力そのものが消えた?
おそらく魔力切れだ。
しかしアルバートの魔力量は桁外れ。
惑星ひとつ吹き飛ばす魔法を放ってようやく空になる規格外さなのだが……あの大気圏に浮かぶ巨大な魔法陣がなにか関係しているような気もする。
「アルバちゃん! 今度はなにしたのさ!?」
「俺にも分かるか! 銀河鉄道のガラス少女みたいなやつに出会ったと思ったらこれだ。推理するのが仕事だとしても限度ってのがある」
後から落ちてくる魔本ミシャンドラの悲鳴。
取り乱しているが相手は魔法の書物、この高さから落ちても角がへこむくらいだろう。
むしろ丸くなれば口数も減るかもしれない。
……魔本。
「だ、誰だお前ッ!?」
チャラく、胡散臭い顔の男。
耳には重たそうなピアス、青い短髪。
ヘラヘラした口。
前世で言うところのクラスのお調子者だったであろうチャラ男。
それがアルバートと同様、落ちている。
全裸で。
なにをとは言わないが、プロペラみたく回しながら。
「え? なんでオレこの姿に。手と足、懐かしいなぁ。ああ、こんな顔だった。アルバちゃん、ありがとう。私は本当の名前は──」
「お前がミシャンドラってことは分かった」
こんな状況でもいい加減なセリフを止めないミシャンドラ。
むしろドラゴンにでも変わって地面と死のキスをするのを止めて欲しい。
「悪いが魔力切れだ。なんとかしてくれ」
「してやりたいのは山々なんだけどさ、オレって記憶魔法と欺瞞魔法以外てんでダメで。あ! 小さな名探偵がシーツをパラシュート代わりにしてたじゃん! その制服のローブを使って」
「そんな物理無視で助かるか! ──もういい。こっちに手を伸ばせ」
血迷ったのかと言いたげな視線を向けられたが意図を察したのか手を伸ばす。
指の先がかするが、掴めない。
ミシャンドラが平泳ぎでなんとか近づこうとするがやはり変わらず。
「……くっ、おならターボしかないか」
「やめろ。ただでさえ品位がないんだから」
アルバートはローブを脱ぎ、パラシュートのように広げる。
しかし落ちる速度が少し変わるくらいだ。
ローブを捨てて、先に落ちているミシャンドラに狙いを定めて身体の角度を斜めさせる。
そしてミシャンドラの身体に触れる。
「はんっ」
「変な声出すな。──魔力を借りるぞ。ミシャンドラ」
「あいよ。存分に使ってくれ」
アルバートが最強の魔法使いと呼ばれる所以は膨大な魔力量だけじゃない。
魔力にはそれぞれ色があって、各々属性がある。
基本は一色で使える魔法属性もひとつだ。
しかしアルバートは全属性の魔力適正があった。
つまりやろうと思えば、存在する全ての魔法を扱えるのである。
異世界チートと言えば聞こえがいいが魔法嫌いな探偵にとっては呪いでしかない。
ただその呪いがアルバートを生かす。
皮肉にもほどがあった。
ミシャンドラから青黒い闇属性の魔力が流れてくる。
属性転換も容易いが、そんなひと手間を加えている余裕はない。
地面はすぐそこ。
「〝闇飛行魔法〟!!」
アルバートの背中に堕天使のような翼が生える。
羽ばたき速度を殺す。
しかし大気圏寸前からの落下威力は凄まじく、殺しきれず地面を転がる。
ゴロゴロ、ドンッと。
巨大な岩にぶつかって止まる。
「~~~っ……生きてるかミシャンドラ」
「すっぽんぽんだからめちゃくちゃ痛いけど、なんとか。大事な物もちゃんとツイてる」
どうにか生き残った。
死にかけではあるけれど。
生きていることに安堵しながら空を見る。
──悪魔族やワイバーンに乗った人食いの巨人オーク、鳥獣人ハーピーが視界を埋め尽くしていた。
笑ってしまう程の曇天である。