第5話
──エルフ:ティファの記憶の中。
長い長い地下洞窟。
地上からかなり離れているからか、そもそもそういう問題ではないのか、静謐な空間。
等間隔にランタンが道を照らしている。
壁には魔法植物。
(ここが、記憶の中……思っていたものとは違うな)
(記憶の城はみんな形が違う。アルバちゃんは探偵事務所だったようにな。あの茶髪エルフは明るいように見えてジメジメしているってことだろ?)
(俺の記憶を見た事あるような言い草だな)
確かにアルバートにも記憶の城があるのなら前世に使っていた探偵事務所だろう。
しかしミシャンドラに記憶を覗かれるようなヘマはしていないはずだ。
この信用ならない魔書にはいつも警戒しているのだから。
(まあ、後ろには出口の光が見える。最近、なにかいい出会いでもあったんじゃあないかな。例えばこのジメジメ空間から地上に引っ張り上げてくれるトラブルメーカーの友人とかさ)
(いったい誰の事やら)
アルバートは照れくさそうに鼻で笑う。
そして過去へと足を進めていく。
過去を覗くと言っても感情まで読み解く事は出来ない。
言ってしまえば他の家族のフォトアルバムを見せてもらっているようなものだ。
ティファがこの時、どんな感情を抱いていたかは記憶の城の構造の変化から考えるしかない。
例えば他よりも地面の土が水っぽいとか乾いているとか。
(といっても魔法植物以外目立ったものがないな。……ティファめ。ろくな思い出を残してないじゃないか)
(もともとエルフってのはさ、不老だけど不死ではないから肉体が死に至ればもちろん死んじゃうわけじゃん? だから安全な精霊の森から出ない。魔力量の低い茶髪ってだけでその森から追放されたこのエルフだって学園の植物園から出ようとはしてないのは当然じゃあないかい?)
(そうだな。だから他者との記憶が少ない)
(アルバちゃんに見つかったのが運の尽きって感じもするな)
学園の記憶は、お金がなく腹の減り過ぎで地面に伏していたところを前任の魔法薬学教員の老女に助けてもらったところから始まる。
そこからは老女の家に居候させてもらっていたが、ティファが老女以上に魔法薬学に精通していることに気が付いた。
大喜びで自分の後任に指名し、ティファは流されるまま魔法薬学教員になった。
ムラサメが学園に来たのはそれから随分と後のことだ。
今では仏頂面の中年だが、その頃はまだ仏頂面の青年だった。
最初は禁忌呪い学希望だったため、魔法薬学を嫌ったがティファに教えてもらっていくうちに魔法植物に愛着を持って行く。
(つまりティファの方が先輩なんだな。ムラサメにとって魔法薬学の師と言っても過言じゃない)
(ねぇ、これ。ムラサメ先生の叶わない片想い展開にしか見えないんだけど大丈夫そ? やめておけ、だが男だッ!)
鈍感先生と奥手生徒の片想い物語の先は気になるが、アルバートたちは過去へ行かなければならない。
千年もの記憶を辿らなければいけないのだからのんびりしてはいられない。
(これは冒険者証明書か。前任に拾われる前は冒険者をしていたらしい)
(まあ、身寄りがないならそれが一番だろうさ。でもあの魔力量の回復職を雇うパーティーなんていないだろ。しかも職業は医者。痛いし完治までに時間がかかるじゃん)
かなりの言いようだが、現実は実際甘くない。
医者ひとりでクエストはどうにもならないし、雇おうとするパーティーもいなかっただろう。
(見た目は良いからな。……女装を始めたのもこの辺りか、まさか依頼を受けやすいように? 意外にしたたかだな)
(オレさ、オトコの娘キャラってみんな男装であるべきだと思うわけ。たまに来る女装回で輝く的な。同性として見てたのにトキめいちゃう罪な感情がさ、欲しいわけよ。分かる?)
(分からん)
(これだから無差別オトコの娘好きは困るぜ。勘違いされないように言っておくがオレの専攻は『ツンデレ妹キャラ』なんでそこんとこよろしく)
なにか変な誤解をされているような気がするが、気にせず進んでいく。
一応アルバートの面子の為にフォーローするが、彼の好きなヒロインの傾向は〝ミステリアスな悪女キャラ〟である。
無難だがアイリーン・アドラーとか好きだった。
(おっと、こいつは予想外)
(……記憶魔法対策か?)
──洞窟を塞ぐ壁。
崩れて岩が山積みになっているとかではなくコンクリートで固めたような壁。
(あの危機感無さそうなエルフに限ってそれはないと思うぜ。なんて言うか、第三者がここから先には行くなよって言っているような)
(とりあえず壊すぞ)
(ちょっとアルバちゃん!?)
先に行かなければゼカロットの花の記憶は見れないのだから。
アルバートが壁に触れると砂になって消え去った。
(──────っ!)
崩れた壁の前に光り輝くなにか。
胸な大きな美少女にも、ただの発光体のようにも見える。
とにかくティファの記憶の城にアルバートたち以外になにかがいた。
「■▪■、■■」
口もと(?)が動く。
なにを言っているのかさっぱりだが、母音だけは辛うじて読めた。
発光する美少女はアルバートの手を強く掴む。
「■■■■■」
その瞬間、
「は?」
アルバートは大気圏寸前の大空を飛んでいた。
……いや、全速力で落ちている。
頭上の空には世界を覆う程の巨大な魔法陣が浮かんでいた。