第2話
「転移魔法を使えば良かったであろう?」
白髪をしている強面の鬼人が呆れながらそう言った。
魔法薬学の副教員ムラサメ・ミナヅキ。
植物園に引きこもりがちのティファの代わりにほとんど授業を行っているため、彼が魔法薬学メイン教員だと思っている生徒がほとんどである。
事件の犯人に毒付きのナイフを刺されてしまったティファを抱き寄せって全速疾走したアルバート。
体力はすこぶる無い為、汗だらけで息を切らしながら植物園へと駆け込んだ。
教員室のベッドにティファを眠らせる。
幸いなことに息はまだある。
目覚めず、うなされてばかりいるけれど。
「こうなるから吾輩は彼女を同行させるのに反対だったのだ。第三王子は進んで問題に突っ込んでいくからな。自身の魔力量へのおごりだろうが、このティファというエルフは魔法薬学の知識が他人よりも優れているだけの低魔力者だ。ここに籠って研究に明け暮れていればいいものを」
「いいから治せ。回復魔法を全て試したんだが、一向に目を覚まさない」
嫌味で刺してくるもののアルバートの図太さはかなりのものである。
ムラサメは深いため息を吐き、ティファの傷口を見る。
医療系の職業はレベルによって患者の病気の具合がステータスのように分かるのだという。
しかしムラサメの職業はサムライ、戦闘職である。
つまりはスキルに頼らない症状チェック。
魔法よりも経験を重視するアルバートにとっては都合がいい。
人としては面倒くさいと思っていても医療知識においてティファの次くらいには信用している。
「……どうしてこんな傷を負っている」
「殺人犯を刺激してしまってな。確かにこれはおごりのせいだ。俺を庇って、代わりに傷を負わせてしまった」
顔を真っ赤にさせならが力強い足踏みで目の前までやってくるムラサメ。
そして間髪入れずに右のストレートをアルバートの顔面目掛けて放つ。
かなり痛かったが、当然のように受け入れた。
鼻が折れたのは魔法ですぐ治す。
「これは太古の呪いである。魔族の死骸に生える〝ゼッコロ草〟の毒。この毒に犯されたらもう助からない。永遠に眠り続け、数倍の老化現象を起こす。老衰死の毒!」
なるほど。
あの犯人は愛していた教師は即死性の毒で殺害し、教師が恋焦がれていた女生徒はじわじわと苦しめて殺害する算段だったわけだ。
女の嫉妬は恐ろしいものである。
「それは朗報だ。エルフは不老、この毒では死なな──いっ!?」
もう一発食らった。
「言ったであろう? この毒は治せん。不老であっても永遠の眠りには変わりない。それこそ生き地獄ではないか」
「すぐに治し方を見付けてやれば」
「この分からず屋のバカ王子め! 唯一治せる魔法植物〝ゼカロットの花〟が千年もの昔に絶滅したのにどうやって治すというのだ!!」
制服の胸ぐらをつかまれる。
怒りのあまりかアルバートの身体が宙に浮いた。
「そんなのは知ったことか。必ず治してやる。ティファは探偵の助手だ。このままでは推理に身が入らなくて困る」
「……呆れた、本当に呆れたぞ。アルバート・メティシア・ドラゴネス。こんな奴に彼女を任せるんじゃなかった」
「悪いな、お義父さん」
「お義父さんではないッ!」
話にならないと胸ぐらの手を放した。
ムラサメは眠っているティファに視線を向ける。
それこそ娘を想う父の表情。
しかしティファはオト──台無しだからやめておこう。
「約束は違えるでないぞ。絶対に彼女を治せ」
「俺の魔力量全て使い切っても助けてみせるさ」
そうしてほぼ追い出される形で植物園を出ていく。
……あんな風に言ったものの魔法医学に関してまったく知識のないアルバートはどうしたものか。
千年前に絶滅した魔法植物の資料なんてどこにある。
学園の図書館を探してみてもゼカロットの花のゼの字も出てこない。
千年前、勇者と冒険した魔法使いである学園長に話を聞いても有益な情報は得られなかった。
ティファの研究手帳を盗み見たが魔法植物の研究を始める前にゼカロットの花は絶滅していたようだ。
打つ手はない。
ムラサメは正しかった。
途方に暮れそうになる中、アルバートの頭にはインチキ臭い魔書の存在がよぎった。
自称『世界の全てを記録した魔法書』。
「……アイツなら、なにか知っているかもしれないな」