第1話
───現在。
「犯人はお前だ」
探偵ミステリーにファンタジーを混ぜるな。
誰が言い始めたか、とりあえずノックスもヴァン・ダインも同じことを言うのは間違いない。
魔法のある世界に密室トリックは成立しないし、記憶を操る魔法があれば犯人の偽造だって容易に出来てしまう。
探偵ミステリーの犯人は素人であるほど面白いわけだし、「犯人は数キロ離れた地下室で呪いによって被害者を殺害したのだ」、なんて推理の結末は誰も望んじゃいない。
ミステリーとファンタジーは同居するべきではないのだ。
すれ違いざまに挨拶する程度の関係でいてもらいたい。
しかし偉大な名探偵シャーロック・ホームズを生み出したアーサー・コナン・ドイルは妖精研究家としても活躍していた。
コティングリー妖精事件では少女たちが造った妖精の写真を真実だと騙されたことだってある。
未知を追い求める知識欲、その点においてミステリーもファンタジーもそう変わらないのかもしれない。
「魔法道具学の教員が殺害されたこの事件。犯人は学園の外で呪いによって被害者を殺害したと、結論を急ぐものが多かったが被害者の背中には小さな刺し傷があり、自室で息を引き取っていた。探偵の助手によると『即死性の呪いを付与する植物の毒』が検出された」
ファンタジー、剣と魔法の世界。
その王国の学園にて探偵の真似事をする少年がひとり。
彼の名前はアルバート・メティシア・ドラゴネス。
ただでさえ事件の推理の余地を許さない異世界でドラゴネス王国の第三王子であり、異世界でも考えられないほどの魔力量を所有する最強の魔法使いだ。
彼にとってその両方が迷惑な称号だ。
王子であれば、冤罪だろうと自分が犯人だと言ってしまえば牢獄送りに出来る。
それに彼の魔法にかかればどんなことだって出来るため、「貴方が魔法で起こした事件では?」と言われてしまったら言い返すことは出来ないだろう。
それでも彼は探偵を自称する。
誰かに道化師だと言われようとも。
「見ず知らずの、しかも自分に殺意を持っているであろう人物に自室に招いて背中を向けたりはしない。しかも遺体発見時に着ていた衣服には破れはなかった。背中に刺し傷があるのにだ」
「……裸の時に刺されたわけだね」
探偵の助手が合いの手を入れる。
と言っても彼女(?)自身その役割をよく理解しているわけではないけど。
名前はティファ。
このドラゴネス魔法学園の魔法薬学の教員の耳が長く美男美女が多いとされるエルフ族。
外ハネの茶髪に大きなマフラー、スカートからは押したら弾力のありそうな太もも。
紛れもない美少女である。
「ああ、その通りだ。犯人と被害者はそういう関係にあった可能性が高い。そうだろ? 生徒会書記メガイラ」
アルバートが指さした先にはそばかすで地味な見た目をした女生徒。
学年はアルバートよりも2学年上の三年生。
「……動機は?」
「痴情のもつれだろうさ。教師と生徒の禁断の関係に被害者は終止符を打とうとしたのか、それとも他の生徒と関係を持ったか」
それを聞いて甲高い声で笑いだす犯人。
髪をぐしゃぐしゃとかき乱し、口が裂けそうなほどに大きく笑う。
「ええ。ええ! その通りです。あの男は私の純情を散らしておきながら他の女に夢中になってた、しかも入学したての1年生の女を。聖女だなんて言われてるマリアンヌ・ヒロウィン。あの阿婆擦れ」
「ちょっと待て、彼女なら──」
「だから殺してやったの。私以外を見ないように、愛さないように」
犯人は制服のスカートから折り畳みのナイフを取り出した。
なにかの液体のようなものが刃に付着している。
「次は女の方、絶対に後悔させてやる。その邪魔になるならこの国の王子だろうと私は殺してみせる!」
ナイフを振り上げてこちらに走ってくる。
アルバートは魔法を──発動する直前、目の前に人影。
「──……っ!」
アルバートを庇うように前に出たティファ。
深くはないがナイフが肩に刺さる。
「〝捕縛魔法〟!」
魔法詠唱すると犯人はその場に拘束される。
見えない縄で縛り付けられているかのように。
「……大丈夫か?」
倒れそうになるティファを支える。
アルバートは自分でも血の気引いて顔が青ざめているのが分かった。
「……えへへ、武器を奪おうとしたんだけどダメだった。やっぱりボクってどんくさいや」
「なんで前に出た。俺なら大丈夫だ」
「だって生徒を守るのが先生の役目だからね。それにあの毒は魔法道具学の先生を殺害したものとは違う。すっごく危険なもの、だか、ら……──」
目を閉じるティファ。
身体をゆすっても返事はない。
瞼が黒く変色していく。
保健室では駄目だ。
アルバートは拘束された犯人に目もくれず、ティファを抱き寄せ魔法薬学の教室である植物園に向かって全力で走った。