幕間
──【妖精の森】。
エルフが暮らすのは木々の上。
木材建築で真ん中にある一番大きな建物に長老が住み、隣の小屋には食料を備蓄する果物庫と武器庫。
その周りの小さな建物に他のエルフたちが住んでいる。
この森は精霊たちの住処でもあり、魔族が入ってこれないように妖精たちの魔法によって守られている。
またエルフは他の種族と異なり、妖精魔法と呼ばれる魔法を使用する事が出来る。
これは己の魔力を使用せずに魔法が使用出来るというもので、条件は〝どれだけ妖精たちに愛されているか〟。
その為、使える属性も寵愛を受けている妖精によって異なるし、魔法の強さもそれぞれ異なる。
言ってしまえばこの森にいる限りエルフたちは安全に暮らせる。
「して、あの妖精のなりそこないのガキはどのようにしている」
「はい、長老ポーダンヌ様。あの子供は闇妖精の巣にて牢に張り付けております。もちろん、食事も水分も与えず」
ポーダンヌと呼ばれたエルフ。
このエルフの一族の長で、誰よりも耳は長い。
表情や体系は馬科の頭蓋骨と皮で隠しているため確認は出来ない。
声を聞くに女エルフという事だけは分かった。
彼女は椅子に腰かけ、その前で3人の男エルフが跪いている。
魔法使い、銃使い、弓使いである。
「ティターニア様復活の儀まで時間がない。早く器の精神を妖精の国へと送り、肉体を空にせよ」
「だからあのヒステリックババァ共の巣に送ったんだけど~?」
「成功していないのなら意味が無いと言っておるのだ」
「あのガキの精神はとっくにイっちまってたさ。時間の問題だったんだ、……けどよ」
銃使いが言いよどむ。
「急に眼の色変えやがったんだよ。魂はとっくに死ぬ準備をしていた。なにかが起こったんだ。なにかがあのガキに生命力を与えやがった」
「『なにか』とはなんだ?」
ポーダンヌが魔法使いに視線を向ける。
彼は深く頭を下げ。
「おそらく何者かがあの器に魔力を流し、精神を安定させているのかもしれません。──いやしかし、そんなことは不可能だ。自身の召喚獣ならまだしも亜人種に遠距離で魔力流動など」
「ガキを盗み出そうとした──エルナ・シシリーといったか、そのエルフには可能か?」
「どうでしょうか、確かに彼女は綺麗な金髪で『妖精王の生き写し』と言っても良い。魔力も十分にありましたが」
「可能か? ──質問には明確に答えよ」
「あのエルフ特有のスキルなどがあるなら、あるいは可能かと」
こうは言ったものの、やはりないと心の中で首を振る魔法使い。
あのエルナ・シシリーの魔力はこの森の中にはないし、装備品は近距離戦闘職フェンサーが使うレイピアだった。
そんなエルフが遠距離で魔力を飛ばすのが得意かと考えれば、やはり可能性は低いと思う。
ポーダンヌは人差し指で仮面の馬科頭蓋骨を数度叩く。
「それは厄介だ。実に邪魔だな。ティターニア様復活の為に死んでもらわねば。……質の良いエルフだろうに。勿体ない」
「きししっ。最高の展開だな、こりゃあ」
ゲス笑いを上げたのは銃使い。
その場の全員がその意図を察し、呆れたように息をつく。
「うむ、適任だろう。エルナ・シシリー──彼女が存在する限りガキの魂は妖精の国に至ることは出来ん。よって殺せ。方法はお前に任せる。刺殺・撲殺・射殺・絞殺、それら肉体の死。ありとあらゆる絶望を与え、魂の死。……言うまでもないな。後者がお好みだろう」
「感謝するぜ。母さん。──家族の為、ティターニア様復活の為、あの良い乳にオレの両の手を沈ませて、溺死しちまう寸前まで快楽の海を泳いでやる。ざっぶんざぶん」
うきうきとした足取りで去っていった。
「……あんなのが弟とは、屈辱的にもほどがある」
「そう? 僕は欲望に忠実できらいじゃないけど」
──暗闇。
聞こえるのは人ならざる怨霊の悲鳴。
魂を引き裂くようなおぞましい悲鳴。
たくましい戦士であっても数分で正気を失う。
死がお前を呼んでいる。
そんな暗闇ですやすやと熟睡する子供エルフがひとり。
見ず知らず誰かと冒険する夢を見ている。
過去にあったことか、これから起こることか、はたまたただの夢なのか。
分からないけど、その冒険譚が心を軽くする。
名前も知らない友人が、妖精の国へと至ろうとする魂を繋ぎとめるかのように。
子供エルフもその手を固く、ぎゅっと握り返した。