第10話
──エルナ・シシリーは落胆する。
冒険者組合で頼れる人物はひとりもいない。
そもそも他種族に助けを求めるのはお門違いだった。
人間種だって魔族と変わらないくらいには外道だ。
エルフや亜人種の快楽目的の奴隷売買が頻繁に行われているし、魔力適正が低い種族のくせに他国への要求だけは大きい。
──ここにいる男たちも同じだ。
女を抱く事しか考えていな低俗な輩と、エルナと男たちの争いを肴に食事を嗜むふたり。
こんな緊迫した状態にずかずかと上がり、野次馬を決め込んでいる。
ひとりは興味深く状況を観察しているくせっ毛の男。
ひとりはどうしようもなく胡散臭く、青い短髪の男。
こいつらはダメだ。
ふたりとも魔力がからっぽか、生まれながらの魔力なし。
……クエスト依頼しても役に立たなそうな者ばかり。
贅沢は言っていられないが、最低限の質というものがある。
「やめておこう。これ以上、にらめっこしていても時間の無駄じゃないか。もう一度聞くが私の依頼を受ける者はここにはいないか?」
「だからよぅ、お前さんがここにいる全員を優しく介抱してくれるなら考えてやるって」
「そうか。よく分かった。無駄な怪我を負わせてしまったことを謝罪する」
頭を下げて扉から出て行こうとするエルナ。
──しかし目の前に男たちが壁になる。
「寂しいこと言うんじゃねぇよ」
「やめておけ。君たちの実力じゃ私には勝てない」
「そうは思わねぇ。この人数がいりゃあ高難易度の地下迷宮にいるミノタウロスだって倒すのは難しくない」
「ほう。私を牛と比べるか」
エルナは腰にかけているレイピアに手をかける。
「風の精霊よ。──羽のような軽さと、疾風の速さと、嵐のような強さを私に」
「──っ!?」
音はない。
ただ響くのは男たちの苦痛の声。
まさしく彼女は風ように舞う、捕まえようとすれば指の隙間から零れていく。
レイピアを足に、肩に──致命傷にはならないが、男たちは痛みのあまり膝を屈する。
たちまち敵対していた男たちは全員彼女に跪いていた。
無傷なのは食事中の野次馬ふたりと受付嬢のみ。
「受付嬢。すまないけど依頼掲示板に私のクエストを掲示しておいて欲しい。『精霊の森に囚われた子供エルフの救出』」
「別に構わないけど、やっぱり報酬がないと冒険者は見向きもしないよ」
「うーん。……精霊の森には未だにゼカロットの花が咲く場所があると聞く。その花では駄目かな?」
「魔王軍が全部燃やしたっていうあのゼッコロ草の解毒薬の材料かい!? ああ、それなら問題ない。十分過ぎるくらいさ」
「恩に着るよ」
エルナは小さく微笑む。
良かった、受付嬢はまだ話の分かる人物だった。
「おいっ! アバズレ。このままで済むと思うなよ。最上級の冒険者集めていつかお礼参りしてやる。ぜってぇ後悔させてやる。×××にオレの立派な×××を──ふがっ!?」
卑猥な呪詛の言葉をまき散らしていた男が白目を向く。
突然とエルナの前にやってきた野次馬だったひとりがその男に頭突きをかましたのである。
なかなかクリティカルヒットだったらしく鼻の骨は折れたと思う。
「──君は?」
くせっ毛で面倒くさいことは好きそうじゃない、しまりのない顔の男。
この時代には異質な服装をしていた。
ヴァイキングと英国紳士くらい違う。
「落ち着け男共。たまには下半身じゃなく頭を使って行動しろ。脳が腐るぞ」
「『頭を使う』の意味間違えてないかな、アルバちゃん」
「場が収まってから出て来た奴が態度でけぇ! テメェだけ持ち帰りとか許さねぇからな」
「黙れ脳内ゾンビ。それに──このエルフは男だ」
「え???」
全員、もちろんエルナもその言葉に固まる。
いったい何を言っているんだ、コイツは。
(……正真正銘、女だが?)
「依頼受理だ。エルナ・シシリー。俺たちが精霊の森に同行しよう」
奇天烈な言葉を吐いた男の目はおかしいくらいに真っ直ぐで、熱量があった。
少なくとも信用に足る人物という事だけは理解出来る。