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2.

誤字報告ありがとうございました。


「隣、いいですか?」


「......どうぞ」


「ありがとうございます」


遠慮がちに言われた言葉に頷くと、楓はあの頃と同じように俺の隣に座った。


1年以上ぶりの再会。

言いたいこと、聞きたいことは色々ある。

だけど俺が最初に選んだ言葉は......


「......よく受かったな」


自分でもなんでこの言葉にしたのかわからない。

突然の出来事で頭が混乱していたと言うしかない。

だけどそれも聞きたかったのは事実だ。


うちの高校は学力で言えば上の下くらいと結構高い。

そして俺の記憶が正しければ、当時の楓はお世辞にも勉強が出来たとは言えなかったはず。


「そりゃあ頑張りましたから」


褒めて下さいと言わんばかりに楓は胸を張ってみせる。


「本当にすごいよ」


素直な気持ちを伝える。

頑張ったって普通に言ってるけど、楓の成績をこの高校の合格ラインまで引き上げるのは並大抵じゃなかったはず。

本当にすごいよ。


「えへへ、ありがとうございます。でも自己採点したら結構ギリギリでした」


楓は自己採点がギリギリ過ぎて結果が発表されるまで生きた心地がしなかったと当時を振り返って笑いながら教えてくれた。

そんな楓を見ながら思うのは、そうまでしてこの高校を選んだ理由。

楓は入学2日目で俺に会いに来てくれた。

それって自惚れとかじゃなくて、どう考えても......


「......あのさ、吉野さんがこの高校に来た理由って、俺がいるから、とか?」


情けない聞き方になったのは、自分に自信が持てないから。

楓は俺を好きなフリをしていただけで、本当は俺のことなんて何とも思ってないとずっと思っていたから。

だけど楓はそんな俺の弱気を振り払うように。


「それ以外になんの理由があるんですか」


ハッキリとした口調でそう告げた。


そして居住(いず)まいを正した楓は、俺の目を正面から見つめ......


「......先輩、あの時のこと、私を助けてくれて本当にありがとうこざいました」


深々と頭を下げる。


あの時のこと。

それはたぶん楓と最後のデートをした翌日の月曜日からのことを言ってるんだと思う。



───



楓と最後のデートをした翌日の月曜日、毎朝送られて来ていた楓からのメッセージは来なかった。

いつも通り学校へ行き、午前中は何事もなく授業が終わった昼休み。

俺達3年の教室までその噂は届いてきた。


吉野楓は嘘コクをして、宮内春希をずっと騙していた。


そんな人だとは思ってなかった。

最悪。

最低な女。

結局見た目だけの女。

そういう性格だと思ってた。


クラスメイト達は俺を慰め、口々に楓を罵った。


確かに嘘コクはやっちゃダメなことだ。

だけど楓は俺に対してずっと誠実だった。

現に俺はそう聞かされた今でも、楓のことを嫌いになってない。

騙されていたとしても、一緒にいられてよかったと思っているぐらいだ。


騙された張本人の俺が怒ってないのに、何も知らないこいつらが楓のことを悪く言うことに強い(いきどお)りを覚えた。



放課後、楓は図書館に来なかった。

本を読もうにも勉強しようにも、頭に全く入ってない。

考えることは楓のことばかり。


この1ヶ月間の思い出を振り返りながら、思考は今日起きた出来事へと移る。


楓の告白が嘘コクだったことは、もう揺るぎようのない事実だろう。


でもなんで嘘コクの話が広まった?

なんで楓が単独で行ったように言われ、楓一人だけが悪く言われている?

嘘コクの件には楓以外にも絡んでいるやつらがいるのに。


そう考えた時一つの結論に至った。


......あいつらか。


俺に蔑みや嘲笑の目を向けていたあの4人。

そして気づく。

あの目は俺だけじゃなくて、楓にも向けられていたんだと。


その瞬間、言いようのない怒りが込み上げてきた。

これは全部俺の妄想で真実は違っているのかもしれない。

だけどあいつら4人も共犯者なのは事実。

楓だけが悪く言われている状況は我慢ならなかった。

だから。


全員道連れにしてやる。


自己中で完全な迷惑行為。

褒められたことなんて何一つない。

だけど()めるつもりはなかった。


楓を現状から救う。


それ以外のことは頭になかった。



翌日の朝、俺は楓のクラスにやってきた。

ホームルーム開始が近い時間だったから楓のクラスメイトも(ほとん)ど揃っていた。

もちろんそこには楓の姿もあって、あの4人もいた。

クラスの連中は俺が楓に復讐する為に来たと考えていたと思う。

現にあの4人もこの状況を見てニヤニヤしていた。

だけど俺のしたことは。


楓への告白だ。


楓に好きだと伝えた。

今まで言えなかった分を取り戻すくらい、自分の気持ちを「好き」という言葉に乗せて、何回も何回も伝えた。


だけどただ好きだと伝えた訳じゃない。

見てる奴ら全員がドン引くような、俺をキモくてヤバい奴だと認識するな姿を演じて告白した。


昨日の夜。

G先生の力を借りてキモい男やヤバい男、ストーカー気質の男の言動や行動を徹底的に頭に叩き込んだ。

おかげで検索履歴はエライ事になってしまったが、その甲斐あって今、目の前にいる後輩達の俺を見る目は相当ヤバいことになっている。


もちろん設定も考えてある。

楓は元々俺が好きだったけどあの4人に嘘コクを強要され、付き合ったはいいが俺を騙していることに負い目を感じ、本当は好きだけど自分には俺と付き合う資格はないと俺から離れていった。というものだ。


この設定に沿って、楓には好きだと告白して、楓も本当は俺が好きなんだろ? と勘違いムーブをかまし、あの4人にはお前達が楓に嘘コクを強要したからこうなったんだと責め立て(わめ)き散らす。

だけど楓との思い出は一切口に出さなかった。

図書館でのことも。

デートのことも。

もちろんファーストキスのことも。

あれは俺と楓の大切な思い出だから(けが)したくなかった。


手応えはあった。

だけど同時に楓の本心も知ってしまった。

楓は俺が好きだと伝える度に、涙を流しながら何回もごめんなさいと言った。


その言葉の意味するものは明確な謝罪と拒絶。


楓は俺のことが好きじゃなかった。


嘘コクなんかしてごめんなさい。

ごめんなさい。あなたのことは好きじゃないの。


ここにいる全員がこの2つの意味を正確に理解したんじゃないかと思う程、楓の流す涙には説得力があった。


胸が張り裂ける思いだった。

でも薄々は気づいていた。

もしかしたらそうなんじゃないかって。

だからって今俺がしていることを途中で投げ出すつもりはなかった。

これは楓を現状から救う為に始めたことで、俺個人の感情は関係ないから。

楓は好きでもない俺なんかにファーストキスをくれたんだ。

それに見合う価値を示さないと俺自身が納得出来ない。


最後まで徹底的にやってやる。


結局俺は生徒指導の先生に連れて行かれるまで喚き散らした。

そんな俺の噂が学校中に広まるのに時間はかからなかった。


勘違いのキモいストーカー野郎。


楓を見かければ好きだと告白して、あの4人を見かければお前らのせいだと喚き散らす。

だけどそれ以外の時は、今まで通り真面目に授業を受ける普通の男子生徒。

そんな俺をクラスの奴らは気味悪がって腫れ物扱い。

全校生徒からは白い目で見られ、先生達からも目を付けられた。


俺は完全に孤立した。

だけど十分な効果はあった。

あの4人には元々いい噂はなく、嘘コクのことも近しい周りには話していたようで、それが広まって俺の言葉にもかなりの信憑性がついた。


その結果楓への認識が 嘘コクをした女から、嘘コクを強要された挙句ヤバい男に粘着された可哀想な女に(あらた)められた。

そしてあの4人はこの嘘コクの件の黒幕として、俺程じゃないが周りから距離を置かれるようになった。


そして俺が奇行に走ることはなくなった。

当然だ。

俺は何もおかしくなんてなってないんだから。

だけど周りはそう思ってなくて、それ以降も楓と近づくことが許されることはなかった。


結局俺は、楓に会って感謝も謝罪も伝えることが出来ないまま卒業を迎えることになった。



───



「......あれから大丈夫だった?」


頭を下げたままの楓に向かって話しかける。

楓への認識が改まったことは知っていたけど、楓の身の周りがどう変わったかは何も知らない。


「はい。先輩のおかげでみんなが前のように接してくれるようになりました」


「そっか、よかった」


あれは完全な(ひと)()がりな行動だった。

だけど今こうして楓が笑ってくれているなら、やっぱりやってよかったと心から思う。


「でも私のせいで先輩が悪く言われるようになって、学校での居場所だって」


「実は結構気楽だったんだ。元々友達も多くなかったし、誰も寄ってこないから勉強も(はかど)ったし。卒業まで半年もなかったしな」


少し強がってみせてるけど大体は本心。

それにどんな嫌なことがあっても、俺は半年我慢すれば卒業だった。

でも楓は1年半我慢しなければいけなかった。

そんなの比べるまでもない。

どっちを優先するかなんて考える必要すらなかった。


「あの、先輩はなんで私を助けてくれたんですか? 私、先輩に酷いことしたのに」


「......お礼がしたかったんだ」


「お礼、ですか?」


「そう。吉野さんと恋人でいられた時間のお礼。例え嘘コクだったとしても、俺にとっては幸せな時間だったから」


楓と一緒にいられた時間もそうだけど、楓のファーストキスに見合うもので俺が出せるものなんて、楓の為に行動することと、残り半年の中学生活くらいしかなかった。


あとこれは情けなさ過ぎて口には出来ないけど、楓に俺を忘れてもらいたくなかったから。

これから先、楓の前にはいい男がきっとたくさん現れる。

その男達の中にいても楓が覚えていてくれるような、印象に残るようなことをしたかった。

まぁ良くも悪くもって形になってしまった訳だけど。


「その言葉......」


楓は口を(つぐ)んで俯いた(あと)、ゆっくりと口を開く。


「......私、先輩が教室に来てくれたあの日、本当は学校に行かないつもりだったんです」


「そうだったのか」


「はい、先輩と別れた次の日、学校に来たら嘘コクのことが広まってて、みんなの私を見る目が怖くて......」


犯人はあの4人だろうな。

聞いた話だとか楓が調子乗ってるとかで、(おとしい)れる為に陰で悪評とか悪口を散々言っていたらしい。

表では仲良いフリして裏では......って本当に怖いな。


「......でもわかってるんです。それだけのことをしたんだって、これは当然の報いなんだって。だけど、どうしても耐えられなくて。あぁ、もういいやって、学校行くの止めちゃおうって思ったんです」


いくら強要されたからって、実際にやったのは楓本人。

付き合っていた当時、たまに(のぞ)かせた陰のある表情から考えても、きっと自分一人の責任だって抱え込んでしまったのだろう。


「だけどその日の夜に先輩がくれたメッセージ。

『明日の朝、楓の教室に行くけど、楓は絶対に何も反応しないでくれ』っていうのを見て、先輩が教室に来てくれるならって学校に行ったんです」


楓に事前に伝えておいたのは正解だったってことか。

楓が学校に来てなかったら、あんなに上手くはいかなかっただろうな。


「そしたら次の日に先輩が本当に来てくれ、私のこと好きだってたくさん言ってくれて、すごい嬉しかったんです。

......でも、私のこと吉野さんって、名前じゃなくて苗字で呼ばれる(たび)に、あぁ、先輩との関係は終わっちゃったんだなぁって悲しくなって、そしたら涙が止まらなくて、私、先輩に謝ることしか出来なくて......」


楓は目尻に涙を溜め、震えを帯びた声で言葉を紡ぐ。

だけどそんな楓に声をかけることが出来なかった。


俺の告白が嬉しかった?

関係が終わるのが悲しかった?

なんで?


混乱する俺を他所(よそ)に楓は話を続ける。


「その日の夜、先輩にすみませんってメッセージを送ったら『こちらこそ驚かせてごめん。これから迷惑かけるけど、絶対悪いようにはしない』って......」


先程の楓の言葉の意味は保留にして、楓の話に耳を傾ける。


「......その(あと)、先輩すごい頑張ってくれて、だけど先輩がどんどん悪く言われるようになって、メッセージを送っても『気にするな』とか『大丈夫だから』しか言わなくなっちゃって。

あぁ、私、避けられちゃったんだなって思って。そしたらメッセージを送るのも怖くなっちゃって。

先輩に会いに行こうと何回も思ったんですけど、拒絶されるのが怖くて、行けなくて......」


あの頃は楓のことを諦めて、楓の記憶に残ることしか考えてなくて、かっこいいことばかり言ってた気がする。

それがまさか裏目に出ていたなんて。

俺が楓を避ける訳ないのに。


「結局先輩に何も伝えることが出来なくて、先輩が卒業しちゃうって時に、久しぶりに先輩からメッセージが来て『楓と付き合えた時間は本当に幸せでした。ずっと大好きでした。俺のことは忘れてください』って、そんなこと言われて忘れられる訳ないじゃないですか。その(あと)すぐメッセージ送ったんですけど、もう返って来なくなっちゃって......」


あのメッセージを送った(あと)、楓から返ってくるであろう ごめんなさい が見たくなくて、すぐにブロックしてしまった。

つくづく行動が裏目に出ていたなんて。

これで楓が来てくれなかったら......


ん? じゃあ、楓が俺に会いに来た理由って......


「......だから会い来たんです。先輩に私の気持ちを伝える為に」


楓は俺の目を見てハッキリそう告げる。

だけどすぐに不安そうな顔になり。


「......それで先輩、今、恋人とかっていますか?」


「......いや、いないよ」


いる訳ない。

だって俺はまだ楓のことを......


「でしたら......」


「楓」


「は、はい!」


楓の言葉を遮る。

この先は俺に言わせて欲しかった。

ここまで楓に言わせておいて、最後だけ言わせてくれって言うのは虫が良すぎるけど、それでも俺から言わせて欲しかった。


「中学の頃からずっと大好きです。もう一度俺と恋人になってくれませんか?」


嘘コクから始まった恋人関係だったけど、俺にとっては本物の恋人関係と何一つ変わらなかった。

だからもう一度あの関係に戻りたい。

今度は本当の告白から始まる、本物の恋人関係として。


「春希先輩......はい! 私も大好きです。こちらこそ、よろしくお願いします!」


楓は目尻に溜まった涙を拭い。

嬉しそうに微笑んだ。


ふと気になったことを楓に聞いてみる。


「あのさ、あの時なんで俺を告白相手に選んだの?」


俺の名前を知っていたし、理由があるなら聞いてみたかった。


「それは、先輩が悪い人じゃないって知っていたからです」


楓は何か思い出したのかくすりと笑う。


「え? 俺、楓と話したことあったっけ?」


「覚えてませんか? なら、いつかのお楽しみです」


そう言って楓は含みのある笑みを浮かべた。






そして10年経たないうちに、そのいつかはやってきた。



俺と楓の結婚式当日、出席を断られた親友が楓側の親族席にシレッと座っているのを見つけた。

席次表を作る際、同姓同名の名前にまさかな とは思っていたけど。


隣にいる楓はイタズラが成功したように笑いながら、親友を従兄弟(いとこ)ですと紹介した。


「お前達、小さい時何回か遊んでたよな。まさか結婚すると思わなかったよ」と親友が感慨深そうに言う。


楓は「春希さん、覚えてないんですか?」と心底楽しそうにニヤニヤ笑っていて。


いや、さすがにそれは覚えてないって!


お読み頂きありがとうございました。

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