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悪獣令嬢と逆鱗侯爵〜第三王子に婚約破棄された私ですが、気高きドラゴンたちと幸せに暮らします〜

作者: 野木ノゾミ

【7日連続】短編投稿予定です!

第6弾はこちら↓↓↓

「悪獣令嬢。貴女との婚約は今日をもって破棄させてもらう!」


 数年間連れ添った婚約相手のダロウ・ギズワーズ第三王子に公衆の面前で突如そう宣言されたのが、私。ミレイ・アンノール。


「えっ……?」


「私は、真実の愛を見つけたのだ」


 伯爵令嬢の私が、なぜこのようなことに……。



 十月三十一日。

 今日は、一年に一度のハロウィンの日。


 有力貴族家の子息、息女が集う盛大な園遊会は、ハロウィンならではの「仮装」がお決まりの華やかな行事だ。


 令嬢たちは清廉なエルフを装ったり、黒いマントをかぶってウィッチの姿になったり。

 一方の令息たちは伝説上の勇者、魔法使いのような者もいれば、魔人、獣人などを模すのも定番だ。


 園遊会とは言ったものの、若い男女が集う華やかな場は出会いの舞台でもある。

 非日常の仮装に、美味しい食事、アルコールまで入ったら、当然会も盛り上がるものだ。


 そして、メインイベントは、王家血族の「結婚発表」の時間だった。


 今年成人を迎えるダロウ・ギズワーズ第三王子は、婚約相手である私との結婚を、華々しくここで宣言し、参列者たちからの拍手を受けて認められる、というのが習わしだ。


 しかし、今、第三王子が高らかに宣言したのは別の女性の名前だった。


「アルル・モンドベリー男爵令嬢との婚約を、ここに宣言させていただく!」


 大袈裟に参加者たちに向かって頭を下げる第三王子とアルル令嬢。

 二人に送られる盛大な、拍手。


 ダロウ第三王子と私の婚約は、両家の今後の協力関係を強固にする上での政略的なものでもあった。私が生まれたアンノール伯爵家も、それほど重視されていた。


 しかしこの王子は……婚約相手である私を、存在しない者のように扱った。


 そして、大っぴらにアルル嬢との逢瀬を重ねていたのだった。



 「婚約を破棄された哀れな女」を見る目で、参加者たちが私のことをジロジロと見てくるのがわかる。


 ミレイは俯きながら、会場の隅にぽつんと座って、心を落ち着けるために持参した書物のページをめくる。


 ああ、この匂いーー。


 とんだ場違いかもしれないが、やはり本の匂いはミレイの心を穏やかにする。


 正直、第三王子との婚約なんて、ミレイにとってみれば親に決められていた運命であって、自分の意思ではなかったのだ。余計なことを考える時間が減る分、むしろ自分の研究に時間を割くことだってできるはずだ。


 そう考えると、婚約破棄も悪いもんじゃないな、と思った。


 ただ、そうポジティブに考えているのは、どうやら私だけらしい。


「あ、あの人、頭がおかしくなっちゃって王子に浮気されたんでしょう?」

「本当ねえ。毎日、人を食べる恐ろしい魔獣の絵を書いているらしいわよ」

「怖いわねえ。女なのに“研究”だなんて言って学園に閉じこもって。お友達がいなくて、おかしくなってしまったのね」


 令嬢たちの噂話が風に乗って聞こえてくる。


 悪口、全部聞こえてるんですけど……。

 しかも、間違ってるし!


 ミレイは心の中で反論する。



 私が魔獣のことをもっと知りたいと思って、この研究を始めたのは、王子の浮気とは全く関係がない。物心がつく前から、生物学に興味のあった私は魔獣のことをよく知りたいと願うようになったのだから。


 古い魔獣の図版からデッサンを書き写すのだって、立派な研究の一環ではないでしょうか。


 そして……研究者になりたいという思いに、性別の差は関係ありますか?


 しかしこの身分社会では、将来有望な夫に尽くすことが令嬢にとって最大の喜びである。そんな価値観が、絶対。


 だから、いつからだろう。


私についた醜いあだ名は、「悪獣令嬢」だ。



☆ ☆



 ミレイが会場の隅で分厚い書籍『魔獣、その生命の秘儀 ミズアリからグリフォンまで』を読み耽っていると、いきなり何者かに本を取り上げられた。


「気持ち悪い本! 噂通りの悪獣令嬢ね」


 目の前に立っていたのは、ミレイに代わって第三王子の婚約者となったアルル男爵令嬢だった。


「私になんの、用ですか?」


「あなた今日、婚約破棄されたのよ? 現実を、見ましょうよ」


 アルル嬢は意地汚く吐き捨てると、ミレイの本を遠くへ思いっきり投げ捨てた。


「ちょっと。あの本がどれだけ貴重な資料か解っているのですか?」


「気持ち悪いだけでしょう? あんな汚らしい本」


 どうしてこういう面倒ごとを起こすのだろう。


 私は静かに読書をしたいだけなのに……。


 そう思いながら、ミレイは席を立ち、投げ捨てられた本を取りに走る。ようやく隣国から入手できた、超貴重な研究資料なのだ。汚れては、たまらない。


 走るミレイの姿を見て、周りの男女たちがにやにやと笑っている。それぞれに仮装して着飾った彼らの姿は、エルフでも勇者でもない、「醜い人間」の姿に見えた。


 ミレイがもう少しで本を掴むところで、「どん」と人にぶつかった。


「ああ! アレは……!」

「うわ」


 と、周りから声が漏れる。なんだか、恐ろしいものを見たような、そんな声。


「ご、ごめんなさい! 急いでいて……」

 とミレイがぶつかった相手を見ると、そこにいたのは、一人の青年だった。


 その顔には、左側の頬から首にかけて、まるでドラゴンのような青色の鱗がついていた。


 ミレイは魔獣の研究をしているから、当然わかる。これは数多く存在するドラゴンの種族中でも最も気品高い、グリードフォンという大型竜の鱗だ。


 ミレイは彼の顔に、思わず見惚れてしまった。


「す、すごい完成度ですね、その仮装!! めちゃめちゃカッコいい! グリードフォンをチョイスするあたりも“知る人ぞ知る”って感じで素敵です……! 相当お好きなんですね、ドラゴンが」


 青年は整った二つの瞳で、ミレイのことを静かに見つめていた。


 あれ私、いきなり喋りすぎてしまった? ちょっとテンション上がりすぎたかも……。


 青年が、ミレイの本を拾って、手渡してくれる。


「あ、ありがとうございます」


 そうお礼をしようと思ったミレイの声は、冷やかすような野次馬の声にかき消されてしまった。


「逆鱗侯爵と悪獣令嬢とか、マジお似合いすぎてヤバいんだけど」


 え?

 げきりんこうしゃくって?


 どう聞いても、好ましい表現ではないようだった。


「怖くないのか? 俺の顔が」


 青年は、ミレイにそう聞いた。


「怖いなんて、そんなわけないじゃないですか!」


「そう、か……」


 そう言うと、青年はミレイの手をとって、会場の裏手の林の中へと歩いた。



☆ ☆



「あ、あなたが、エドワード・ライオニス侯爵……!?」


 青年の名前を聞き、ミレイはある噂を聞いたことがあるのを思い出した。


 由緒正しい名家、ライオニス侯爵家にはかつて一人息子がいた。

 しかしその一人息子は人間とは思えない醜くて恐ろしい見た目。そして冷酷非道な性格で、容赦なく気に入らない人間を血祭りに上げる、とか。そんな噂。


 と言うことは……。


「その、ドラゴンの鱗は……」


「鱗膚症。生まれつきの病気だ。見た目から、逆鱗侯爵と陰で呼ぶ者もいる」


 そうだったのか。


「先ほどは仮装などと言ってしまい、本当に申し訳ございませんでした……」


 恐ろしいという噂を聞いていたので、ミレイも恐る恐る謝罪したつもりだった。


「いや、いいんだ。君の目は、僕を見下した人間のものとは違ったように見えたから。しかし、さっきの君の話……とてもドラゴンに詳しい様子だったけど、なぜだい?」


「私、魔獣の研究をおこなっているんです」


 ミレイが言うと、それが意外だったのか、侯爵はすこし目を見開いて言うのだった。


「……君だったのか」


 それから、エドワード侯爵は、誰も聞きたがらないミレイの話に、ゆっくりと、静かに、耳を傾けた。



「人間は一括りに魔獣と区分していますが、実際には彼らの生態は多岐にわたっているんです。人間にはわからないくらい繊細に」


「ほう。では、研究と言っても一筋縄ではいかないな」


「そうなのです。ただ私は、魔獣との共生という側面から、彼らを大きく、3種類のカテゴリーに分けられるのではないかと思っているんです。1つ目が男爵蜂やミズアリなどの亜生物群。彼らは餌付けによっての人間との共生が可能です。2つ目が、訓練によって共生が可能な亜動物群。一角犬や多毛猫などが当たります。そして3つ目が、ドラゴンなどの精神獣群です。かれらは最も高度な知能を有していて、共生にあたっては敬意や尊敬が鍵になってくるものです」


「精神獣とはなるほどな。では俺の皮膚と似た青翼竜グリードフォンも、そのカテゴリーになるわけか」


「グリードフォンはそのなかでも、最も崇高で礼儀を重んじる種族かと記憶しています」


「本当に、君の知識量はすごいんだな……」



☆ ☆



 園遊会の会場に差していた陽が、みるみるうちに陰っていく。

 大きな影が、日差しを遮るようにして降りてきているのだった。


「な、なんだアレは……!」


 右手をワインに、左手を新婚約者のアルル嬢の腰にいやらしく添えたダロウ第三王子は目を見張った。


 俺の見せ場を邪魔する奴は誰であってもタダでは返さぬぞ、とでも言うように。


「あれは、ドラゴンじゃないか!?」

「なぜ魔獣がこんな場所に!?」


 仮装パーティー会場は一気に騒々しくなった。


 ドスン! と地上に降り立った立派すぎるドラゴンの体躯は全長10メートルはゆうに超える巨体で、鱗の美しい青色が、太陽をキラキラと反射させている。


 慌てふためく参加者たちの中で、ひとり闘志を燃やす男がいた。

 他でもない、このパーティーの主役のはずである、ダロウ第三王子だった。


「ハッハッハ! 皆の者! 我輩が、この穢らわしい魔獣を駆除してみせようぞ!」


「あら、私の王子様、素敵ですわ……!」


 新婚約者の前で啖呵を切った王子は本気だった。

 腰元の剣を抜き、向き合ったドラゴンを睨みつける。


「魔獣ごときが人間に勝てると思うなよ!! ……ってあれ!?」


 勢いよく向かっていった第三王子だが、ドラゴンはちょこんと両翼を使って羽ばたくと、前足の爪で器用に王子の体を掴み、持ち上げてしまった。


「わ、わわわ……た、助けてくれ誰か……」


 王子の声にならない声。

 しかし、会場の誰もが尻込みして、遠巻きに眺めるのみ。


 そんな中……。


「落ち着いてください……!」


 ドラゴンの前へと歩み出したのは、ミレイだった。


「え……婚約破棄されて頭変になっちゃったんじゃない?」


 そんな声も聞こえてくる。


 しかしミレイは、冷静だった。一歩一歩、ドラゴンへと近づいてゆく。


「グルルルル」


 ドラゴンの口元から涎の滴が垂れる。

 ミレイは、息を呑む。


「グルルルル」


 ミレイはドラゴンに、大きく、ゆっくりと、頭を下げた。


 会場中の誰もが、そのやりとりを固唾を飲んで見守っていた。


 そして頭を上げると、ドラゴンの大きな目をしっかりと見つめながら、言った。


「気高き竜グリードフォンよ。無礼をお詫び申し上げる。その者は、そなたの敵ではございません。どうか、解放を願います」


「グルルルル」


 もう一度頭を大きく下げたミレイの姿を見てから、ドラゴンは地上に静かに降り立つと、ダロウ第三王子から鋭い爪を離し、解放したのだった。


「王子様!」


 涙を浮かべながら抱き合う第三王子とアルル嬢。

 再会したふたり愛し合う姿に、人々は拍手を送った。


(よかった……うまくいった……)


 人知れず、胸を撫で下ろしていたミレイのもとへ、さっきのドラゴンが近づいてくる。

(や、ヤバい。やっぱり怒らせたかな……?)


 …………。


「グルグルウー」


 気高きドラゴン、グリードフォンはミレイが先程彼にやったように深くお辞儀すると、愛嬌たっぷりでミレイの頬をぺろりと舐めた。


「きゃあ!」


 ドラゴンって、カワイイ……。


「来るのが遅かったじゃないか、ウーグル!」


 ドラゴンのことを「ウーグル」と呼んだのは、やりとりを木陰で見守っていた逆鱗侯爵・エドワードだった。


「グルグルウー」


 ミレイは侯爵とウーグルを見て、瞬時に悟った。


(同じ、鱗……)


「ウーグルが私以外に懐くのは初めてだ。こんなことが、あるとは……」


「この子は、侯爵様の……?」


「そうだ。挨拶が遅れたが、私は古いドラゴンテイマーの一族で、ウーグルは私の使い竜さ」


「ドラゴンテイマーって、超希少な職業じゃないですか……!」


「しかし、すごいのは君のほうだよ。ミレイ・アンノール。君はテイマーの能力なしで、崇高なドラゴンと心を通わせ合ったのだから」


 私が、すごい、なんて。

 毎日変人扱いされてきたミレイにとっては、初めて言われる言葉だった。


 初めて誰かに、認めてもらえた気が、した。


 それがミレイには、どうしようもなく、嬉しかったのだ。


「悪獣令嬢と逆鱗侯爵? 周りには勝手に言わせておけばいい。僕はミレイのことを、もっとよく知りたくなったよ」


「えっ……?」


 それは、どういう……。


「さあウーグルの背中に乗って! 一緒に空を飛ぼう!」


「……はい!」


 ミレイとエドワードは、青翼竜の背に乗って、大空を駆けた。



☆ ☆



 エドワード・ライオニス侯爵とミレイ・アンノール伯爵令嬢。通称、「逆鱗侯爵と悪獣令嬢」。あのハロウィンの日から、ふたりの旅は始まった。


 この世界中の、生きとし生ける魔獣たちと出会うための旅だ。


 自分という存在の根源を知るための、そして、果てしなく続くこの世界のことを知るための、長い旅だ。

お読みいただきありがとうございました!

「面白かった!」

「悪獣令嬢と逆鱗侯爵、案外いいカップルかも?」

「ふたりの今後が気になる」

などなど思っていただけましたら、投稿の励みになりますので評価、ブックマークよろしくお願いいたします!

明日も新作を公開予定です。

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