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29598日

デルタとは何度も情報交換を行った。

有益なことを色々と知ることができた。


ただ、何度も「デルタという名前に聞き覚えは?」とか「ガンマについては?」などと言われても、そんなデータはインプットされていないとしか答えられない。


どうやら、記憶を失う前の家と知り合いだったようだが、なにせ家は文字情報ですら消失していたほどだ。

これで欠片でも憶えていた相手がいれば、相当な執着具合だろう。

家は、今も昔もきっとそこまで粘着質ではないと思う。


ただ、そうして情報を精査する内に、この内部の異常性が明らかになった。

魔術的な力の通りが良すぎる。

魔力を通す経路もなしに、簡単に変身できるほどだ。


完全に密閉された場所で、デルタが言うところの竜炎――消えること無く延々と灯り続けるそれにより、言うなれば錬金術の釜にも似た有様らしい。

あらゆる変性が可能となる、魔力を煮込まれ続けた溶鉱炉だ。


何が制作されてもおかしくはない、具現化したその毛の塊の生物もそうだが、それ以外に異常なものは発生していないか?

そうデルタに問われた。

場合によっては、世を滅ぼすものが誕生していてもおかしくないと。

家は、そんなものはいないと返答した。


背後でミタさんが元気に駆けていたが、いないと言ったらいない。



29602日

人間、という生き物は、どうやら情報に飢えた生き物であるらしい。

細々と続けていたデルタとの情報交換だが、それを他の人間も発見した。


その結果、何が起きたかといえば、コンタクトの要求だ。


新聞社、とやらが、紙を張り付けた。

魔術的な文字でなければ見えぬと返した。


星導社、とやらが、やけに仰々しい文字で細々としたことを聞いてきた。

流星とやらはないこと、新しい星の発生は認められないこと、星々の光量を上げる方法など知らぬことなどを返答した。

この結界構築については本当にわからないので答えられない。


まったく知らない人間が、家は宇宙人なのかと聞いてきた。

そもそも宇宙ってなんだと聞き返したら、冗談でしょ? と本気で困惑した様子だった。

いや、全周を壁で遮られている、そして家はこの場所にて発生した――少なくとも自覚としてはそうである。

家からすれば外部の者達こそが宇宙人だった。


徐々にではあるが質問者の数が増え、質問のレベルもガンガンに下がった。

職場の人間関係を相談されてもわからぬとしか答えられない。


星結界様はすべての願いを叶えてくれる等というデマは知らない。

なんだその都合の良すぎる存在は。

家は家だ。


そうしてある日、壁の半周くらいをコンタクトを取りたがる人間に囲まれた様子を見て、家はこれ以上のやり取りを諦めた。

ミタさんにも近づかないように告げておく。


当然のように無視され、興味本位で行ったようだが、すぐに戻った。

恐怖したらしい。

一体なにがあった。


あと、デルタに「あの獣はなんだ」と問い詰められたが、もちろん家が変身した姿だと返答した。

素直に納得されてしまったが、むしろそれに納得ができない。

家はあそこまでかわいい生物ではないと思う。



29609日

ミタさんはよく鳴く。

その音階はさまざまではあるが、どうやら意味のある言葉ではない様子だ。

発生音と内容が一致しない。むしろ音の調子そのもので気分を伝えているようだ。


どうにかミタさんの言語で会話をしようと画策していたが、上手くいかない。


代わりに、ミタさんに文字を憶えてもらうことを計画した。

見た所、決して頭は悪くない。

贔屓目もあるかもしれないが、かなりの知性を感じさせる。

だから粘り強く、根気強く文字について教えた。


最初はまったく興味がない様子だったが、「家」と書いた文字と家自身を示す内に、ミタさんは難しい顔をして、紙と家とを何度も行き来させた。


そうして、ついには白紙の紙を咥えて、家の前へと置いた。

家はそこに、ミタさんの正式な名を書いた。


「フぇ……」


変な声を上げて目をまんまるにして、ミタさんは驚きを表現した。


その驚愕は、わかるかもしれない。

家もその概念に気づいたときには驚いた。


家はここにいるのに、名前を書けばそこにも「家」がいる。

家という情報が、家の外に存在する。

その不思議をミタさんも覚えた。


人格情報の外部化、その一番端的な形が、きっと名前という名詞なのだ。



29610日

ものには名前があり、書き記すことができる。

そのような概念を把握してからは、ミタさんの物覚えは急速に良くなった。


ひょっとしなくても、家よりも優秀だった。

家は文字を読むのも書くのも、もっと時間がかかった。


しかしながら、「書く」という作業にはいくらかの制約があった。

その肉球がついた前足では、ペンを持つことは難しい。

だから代わりに、その爪の先にキャップのようなものをはめさせ、インクをちょんちょんとつけて書く形にした。

先端には、ねじりながら炎で焼き切ったガラス性のものがある。よくインクを吸い込み、割と長持ちする。


ミタさんは、それをじぃーっと観察した後、自身の爪に変形を施した。

爪の材質であるケラチンに働きかけ、インクをある程度は溜められる構造にしたのだ。


それは素晴らしいし、ドヤ顔ですらすら文字を書くのも最高にかしこい。

けれど、ちょっとその爪は、伸び過ぎなのでは?

どこのサーベルかと思うほど長々としている、強度としても不安だし、前にもやったようにすべきだろう。


……爪切りをこっそりと探しに行って戻ったときには、練習用のノートと本とインクと、ミタさん自身が消えていた。

残されたノートの切れ端には、「やだ」とだけ書いてあった。

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