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29589日

ミタさんはちょこまかとよく動く。

一時も目を離せない、気づけばベッドの上から落っこちているのだから。


どうやら、冒険心にあふれている。

小さな手足を震わせ、未知へと向かう気概を見せる。


その独立心の強さは、簡単に抱っこするのを許さないほどだった。

悲しい。


ただ、以前に覚えた懸案事項がふたたび立ち上がった。

ミタさんは、どう見ても生物であり、生き物だ。

おそらくは飲み食いすると思われる。


6000日ほど前に発生した毛玉たちは、特にそれらを必要とし無かった様子だが、これほど暴れるミタさんであればその限りではないだろう。

対処を考える必要があった。


この身に、いや、家のこの身体からは、その、乳とか出るのだろうか?

正直、どうすればいいのかまるでわからない。

かなりがんばる必要があるのかもしれない。


まあ、結局、杞憂で終わった。

水と食料がいらないというわけではない様子だが、かなり少なく済んだ。


詳しく述べれば、転がる毛玉を狩るだけで十分だった。

ふと目を離した瞬間に、ミタさんがそれを行った。


呑気に転がるばかりだった彼らに緊張感が生じた。

ミタさんは、この世界に初めて発生した捕食者であった。



29590日

今の家は、ミタさんを大きくした姿かたちである。

従って手本となる行動を取る必要がある。


本能的な動作で毛玉を捕らえたようだが、きっともっと上手いやり方があるに違いない。

だからこそ、家は全力で動き、毛玉を狩ってみた。

かすりもしなかった。

存外、難易度が高い。


それを眺めていたミタさんは、小さい鼻をスンと鳴らしたかと思うと、目にも止まらぬ速さで移動し、柱を蹴りつけ移動経路を変えて、即座に毛玉を狩った。

逃げ出す道筋を制限し、一撃で決めるのがコツのようだ。


「ミュぃ!」


ミタさんは狩った獲物をたしたしと踏みつけながら、「どうだ、これが手本だ」と言わんばかりの表情をした。

雄々しいドヤ顔である。


なるほど、参考になる。

一刻も早く熟達し、ミタさんの手本とならなければならない。

……あれ?



29591日

先程も書いた通り、ミタさんはちょこまかとよく動く。

その上、その体躯はいまだに小さい。

この覆われた場所は範囲こそ定められているが、それなりの広さがある。

この二つが合わさることにより、家はミタさんの姿をよく見失った。


その度に、ヘタクソながらも鳴いてその行方を問う。

たいていの場合は、「いや、なんなの?」という顔で狭い場所からひょっこりと顔を覗かせる。


ミタさん、ミタさんよ。

ミタさん本人からすると「ずっと近くにいたのに、なんで呼んだの?」かもしれないが、家からすると見失っているんだ。


まったくもう、という顔でミタさんはふたたび狭い場所へと潜り込む。


ただ、そのミタさんも定期的に家のことを甲高い声で呼んだ。

たいていの場合は、ミタさんが寝ている間にこっそりとこの日記を書いているときだ。


どうして寝ている間に離れたのかと、抗議の意思表示としてたしたし叩かれる。



29592日

ミタさんと会ってから五日目だ。

なんと、五日しか経っていない。

いままでの生活との情報量の差に面食らっている。


思考の大半はミタさんで占められている。


同時に、家に情緒と呼ばれるものも生じた。

喜怒哀楽の感情のうち、家は大半を使用していなかったようだ。


あるいは、いや、だからこそこの先の事柄について思いを巡らすようになった。


この場所にある結界は減衰を続けている。

いつしか壊れてなくなるだろう。


そうなった場合、どうなるだろう?

転がる毛玉などは、今のまま生存できるとは思えない。

この特殊な環境下にあってこそ、存在できるのではないか。


ミタさんも、これは同様ではないか。


杞憂として無視することはできなかった。

そうであった場合の危険度が高すぎた。

わからない、ということしか今の家にはわかっていない。


情報が必要だった。

この場所について知らなければならない。


幸いと言っていいのか、ここには外部がある。

外から興味深そうに覗き込む者がいる。


家はこっそりと、死骸バージョンに姿を変えてから、ここの情報を筆記した。

四足獣バージョンではペンを持てない。


ただ、さすがに紙はもったいない、ミタさんの情報が書き込む場所がなくなる。

多く残る木製の板を適度な大きさに切りそろえ、そこに炎で書付けを行った。

光るこれを用いれば、おそらく外部からでも見ることは可能だろう。

シルエットが見えるのだから、やけに黒く燃えるこれも見えるに違いない。


木の棒の先に炎を灯し、木の板にガリガリと書き込むのは、なぜだかとても原始的な行動に思える。

黒い炎で黒い煙を上げながら記した。

今は文字としてわかるが、その内にこの棒も板も燃え尽きる。


そうなるよりも前に、張り付いている人影へ近づき、文章をぺたりと壁へ押し当てた。

書いた内容は、この場所についてだ。


ここには炎があるが、おそらく外部のそれと同一ではないこと。

壁の強度が下がっているが、この理由については不明であること。

内外の差について知りたいから、情報交換を行いたいこと。

それと念のため、家には記憶がなく、おそらくはこの場所で発生した存在だということも記した。


十分な時間、読み取るのに不足のない期間、そうしていたと思うのだが、なんの反応もなかった。

そういえば、家、という一人称は一般的ではない、混乱させただろうか?


そう思い、外して確かめれば、押し付けられた顔があった。

強く打ち付けるような形をした両拳があった。

顔は、液体で濡れているようだった。

泣いている、というやつか?


家は急いで裏側に、「大丈夫か?」と書き記し、また張り付けた。

少しの時間を開けて、手のひらが叩きつけられた。

壊そうとしている――わけではなかった。

その手に傷をつけ、魔力を込めた血を結界へと押し付けたのだ。


デルタ、と書かれていた。


繰り返し、繰り返し、なにかを訴えるように、結界にその文字を押し付けてた。


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