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282日
きょーから日記、というものを書く、と思う。
これがいいのか、正しいか? わからないが、いいと、思う。
ここがどこか、わからない。
わたし、自分が、わからない。
情報がない。
少し残る、本、雑誌を読み、文字を知った。
形を真似ただけ、だから、正しいがわからない。
つかれた。
おわる。
292日
時の練習をした。
↑字、だった?
言葉は難しい。
情報として知り、パターンを読み解く、時間がいる。
音の情報はない、比べられない。
しゃべる、ことをしていたようだが、できない。
書いて、どうする?
わからない。
だが書く。
なぜ?
わからない、何も。
340日
字の練習。
書いて、書く。
言葉は、面白い。
思考が規定される。
もっと深く、思える。
考えを重ねる作業を、言葉は行える。
きっと、この文字じゃなくてもいいんだろうけど。
伝えることが、できる。
496日
おそらく、ではあるが、ここは滅びた世界なのだろう。
人間と呼ばれるものたちの痕跡はあるが、生存した彼らと出会ったことはない。
閉ざされたこの空間に避難したが、あえなく全滅してしまったのではないか。
だとすると、ここにいるのは、なんだ?
この世界の管理を任されたものなのだろうか?
違う、ような気がする。
だが、合っているような気もするのだ。
ここを守らなければならない。
そのような意思が、あるいはプログラムが内部に残留している。
それはほとんど本能と言って良い。
そしてまた同時に、後悔もある。
ちゃんと、守れなかった、という後悔だ。
500日目
めでたいキリのいい数字だ。
記憶する限り、あるいは自意識が発生した時から500日が経過した。
その間、やったことと言えば発掘作業だけだ。
この場所にあるあらゆる文字情報を読み込み、そこに込められたものを読み解こうとした。
子供用教材が残されていたことは幸いだった、字について学ぶことが可能となった。
ただそれ以外の事実としてわかったことは、この場所には家屋があったということくらいだ。
家屋とは、人間が多く住んでいた地点である。
羨ましい。
きっと、そこでは多くの情報が行き来していた。
今となっては「雨」と呼ばれる情報ですらもよくわからないというのに。
果たして本当に、天井から多量の水滴が投擲されるなどという現象が起きるのか?
計算したところ、水分子がそのように集合し、落下する確率は無いに等しい。
やはりデマだったのでは。
550日目
そういえば、この場所そのものについて書いていなかった。
この世界は当然のことながら球状であり、その限界距離は定まっている。観測した限り、この広さは不変であり変動することがない。
球状の仕切りはゆるやかに回転し、この一回転を一日とカウントしている。
外部からもたらされる光源の明滅パターンも、おおよそ、これと一致している。
この明るさは球体の回転と異なりランダムだ、あまり日数の頼りとすべきではないだろう。
そこかしこには熱源があり、これらを利用しいくらかの機構を作成した。
察するところ、これがいわゆる「火」と呼ばれるものだと思うが、いくらか違うようだ。
文字情報が示すところの赤とは、このように暗い色彩ではない。
それと、どうやら人と呼ばれるものの死骸も見つけた。
いままでこれについて書かなかったのは、まったく動かないためだ。
半ば焦げてはいるが五体満足であり、徐々に回復している様子があった。
このまま意識を取り戻してくれることを祈るが、同時に不安でもある。
人間とは、どうやら食料や水分を摂取するものらしい。
この場所に、そのようなものはあまり無い。
回復中にそれらを必要とはしない様子だったから、おそらくは大丈夫だとは思うが。
705日目
久しぶりに筆記する。
書くことがあまりないためだ。
このノート。
どれほど書いても終ることがないと思われた広さは、想定以上の速度で消費してしまった。
このままでは書くスペースがなくなってしまう。
最初の方の、1ページを1単語で使うやり方は、さすがにもったいなかった。
字の練習のスペースは、仕方がなかったとしてもだ。
ああ、そうだ、重要なことを、ここに書く。
私は、私を家であると規定することに決めた。
かつてこの地に住んだ人々の管理をしていたものが、そのような名称で呼ばれていた。
滅びて廃墟と化してしまったが、今の家が行っているのも、似たようなことだ。
910日目
目を覚ます。
家を家と規定してから、奇妙な胸騒ぎを覚える。
根拠も理由もない、何もわからないままの、焦燥だ。
あまり意味がないと思われる睡眠活動のさなかに、それは生じる。
言葉として言えば寂しさだ。
だが、そうだとは思えないくらい、巨大で、痛い。
このような物理的な痛みを伴うものを、そう呼んでいいのか。
さまよう。
どこもかしこも知っているというのに。
なにかを、あるいは誰かを求めて彷徨する。
そうしていると、そっけなく、当たり前のように、家の中の誰かが言うのだ。
――いるわけがないじゃないか。
酷く冷めた感情で、重く諦めをにじませた口調で。
まっすぐにこちらを見つめながら。
――だって、家が、殺した。
その指摘に、壊れたように叫んだのは、
「ああ、ああ――」と呻くことを止められないのは、心のどこかでそれが事実だと知っているからだ。
家が、それをした、それをしてしまった。
感触が、拭いきれない痛みが、何もかもが消え去った後でもこびりつく。
その罪を忘れるなと、家が家に対して要求する。
今ここに家がいるのは、自明の罰だ。
お前は、それをしたのだから。
お前は、「 」を殺したのだから。
本来なら、そのように苦しむ資格すらない。
ただ罪人であることを自覚しろと、そう要求される。
出処のわからない罪悪感と悲しみだけがあった。
ごめんなさいと謝れたら、どれだけいいだろう。
謝るべき相手が誰かも、わからないけれど。




