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祭り――東洋のそれを模したものを見ていた。
家も、家主も。
家はただキレイだな、と思っていた。
色とりどりの、衣服や提灯が飾られる。
家主は、感動していた。
遠く彼方の文化がここまで来たことを、その情報の伝達の長さを思い、震えていた。
異なる視点で、異なる想いで、けれど確かに同じ景色を見つめていた。
燃える。
消える。
二人のその想いが、光景そのものが。
ただの力に変換されて、出力される。
繰り出された拳が、ドラゴンの鋭い鉤爪と真っ向から打ち付け合った。
黒い衝撃と白い振動が大地を揺らした。
幾度も、幾度も。
一撃で城壁を破壊する威力が伯仲し、轟き続ける。
『ハ、ハ、なるほど――!』
振り回された尻尾に、ハイキックをぶつける。
ましても互角。
いや、その鱗にヒビを入れた。
代わりにこちらの脛も破壊されたけど、こんなのすぐに回復できる。
『ごく微かではあるが、伝わるぞ、その力の源が!』
牙剥くこれ以上ないほどの笑顔だった。
『私』は言った。
魔女が来た際の出来事だった。
「私かコイツ、どっちを選ぶ?」
口にしたときの、その恐れを知る人間は、きっと誰もいない。
――え、家主。
ごく当たり前に、家は即答した。
けれど、その言葉に、心から震えた。
ああ――間違っていなかった……
おかしな話だった、この時ようやく実感を得た。
どうやら、大切にされている。その証明がされた。
それは本当に、思ってもみない贈り物だった。
ひどいなあ、と今の視点で思う。
家はそんなに薄情じゃない。
そんな感慨も、すべて燃える。消費される。
ただの力に変換される。
空にて剣の閃光とドラゴンの照射が交わる。
互いの全力が空間を軋ませる。
『お前は哀れだ!』
吠えながら、冥炎を吐きながら、嘲笑まじりに笑うという器用なことをしていた。
この身のジェット噴出とドラゴンの魔力飛行、長所は異なるが結果として拮抗していた。
最高速度はこちらが、旋回速度はあちらが上だ。
『これすら持ち得ている慰めを、お前は持たない!』
連続で吐き出される火球を踊るように回避する。
身体に染み付いたはずのそれは、きっともう二度と行えない。
全力で振り抜いた剣を、先ほどのようにまた牙で受け止められる。
相違があるのは、そこに込められた力と熱の量。
剣は極限まで白熱し、牙は自身を焼くほどに赤熱していた。
力の反応により、即座に爆発する。
ドラゴンの頭部が爆炎に包まれるが、効かぬというように即座に首を伸ばし、機構体の頭部へと噛み付いた。
超接近の密着状態。こっちの反撃は爪で受け止められた。
衝突したままの飛行は行えず、錐揉み状態で落下をする。噛みつかれたまま――喉奥から冥い炎が見える。
地面に叩きつけられると同時に、炎が直接顔へと吹きかけられた。
『私』は二日酔いだった。
正直、限界以上に飲んでしまった。
デルタのやつが来たからだった、さすがに美味い酒を知っている。
ついつい飲みすぎた。
こちらの出来事を伝え、いくらか話を続けた。
互いに、飲まなきゃやっていられなかった。
家としては深酒はやめて欲しいと思う。
どうしてあんなものを飲むのか、理解ができない。
午前の気持ちのいい朝日に照らされてるのに、鼻を摘みながら掃除をしなきゃいけなかった。
ぶつぶつとした文句くらいは、きっと許される。
これだから家主は、まったくもう。
家が掃除をしに来た。勝手に入って、勝手に掃除をする。
『私』は、それに気づいていたが、眠った振りをした。
わがまま極まりないが、そうされることに幸せを感じていた。くすぐったいような、妙な気分がある。
こっそり様子を伺っていたことに、果たして気づいていただろうか?
日常的なちょっとした出来事。
平々凡々な朝のできごと。
それですらも、燃料になる、燃えてしまう、エネルギーへと変換される。
機構体を構成する物質に並びを配置し、硬度を底上げする。
完全結界のさらなる応用だった。
内部に全天を模した星々を並べ、この身体が世界そのものであると擬態する。
冥炎――全てを焼く万色の炎は、世界まで焼き滅ぼすことはできない。
牙で保持されたまま、頭部にて炸裂した炎は、決して破壊を成し得ない。
『なにぃ!?』
機構体の背後の土を消し炭に変えたほどなのに、無傷で耐えた姿にドラゴンは驚愕した。
そんなものに付き合う義理はなかった。
効くと思われる方が心外だ。
この身は、『家』を燃やしながら稼働している。
家と家主、二人を薪として焚べて動くものが、それより低い熱にやられるはずがない。
最硬の拳がドラゴンを打ち上げた。
その肺から炎混じりの息を吐き出させ、ゆるやかに落下するのを全力のストレートを撃ち抜いた。
最強の生物が地面を転がる。ボーリングよりももっと早い速度で回り、彼方の山肌へ衝突して崩した。
家は料理を作った。
いくらか練習はしたものの、結局あまり変わらなかった。
最低限のそれは、家があまり味見ができないためだ。
ものを食べる、という作業はできるけれど、その美味さ不味さがよくわからない。
長く長く何度もトライアンドエラーを繰り返すしかない。
どうやらこの刺激のことを旨いというらしい、ということをようやく知った。
「まあ、美味いな――」
家主が初めてそう言ったときの感動を、決して忘れることはない。
それだけで家はがんばれた。
そんな想いですらも、今は――
「ああああああああああッッ!!」
燃える、燃える、燃え続ける。
その痛みに、いや、空白の広がりに耐えきれない。
巡る力は刻々と巨大になる。
残る記憶は、本当にわずか、本当に少ししか憶えていない。
それでも、さらに加速する、さらに力を求めて機構を回す。
剣に力を込める。
ほとんど破れかぶれのような集積魔術。
山肌付近にてのっそりと体勢を立て直したドラゴンは、その鱗を溶かした。
その内部から、冥い冥い炎が見える。
鎧人が炎人になったように、その防護の一切を外す。
外して、さらなる高熱を得る。
羽毛のように外炎が踊る。
朱い両眼は蒼く、自身の肉体すら焼きながら猛る。
ほんの僅か、静寂が広がった。
様々な破壊が周囲を撫でて、ここにある二つの命以外を否定する。
『征くぞ』
「来い」
会話は、それで十分。
万色を更に煮詰めた、喪失そのものの光がドラゴンの内側にて発生し、極大の光線となって吐き出された。
広げた翼の、その体表からの放熱が間に合わないほど、全身を蒸発させながらの攻撃だった。
防御に回していた力すらも剣へ込める。
身体がボロボロと崩れていきながら、不格好な一撃を真上から真下へと振り下ろした。
そこに、家自身のメモリーを転用した熱の一切が込められている、すべてを白く焼却し、両断を行う。
最初の記憶を、憶えている――
何もない日々だった。
この身に備わった性質に従う月日だった。
それ以外のものがあるなどと思いもしなかった。
本当に、想像すらしたことがなかった。
人に使われる道具が、迷宮を徘徊するモンスターが、そんなものに直接触れる機会などなかったのだ。
家主の、あの熱を憶えている。
それに触れた感動を記憶している。
きっと、火を最初に発見した人類は、あのような気持ちだった。
純粋な驚きと発見――新しい未来への予感を得た。
家主のそれがどれほどの必死だったか、どれほどの想いか、今このときに至り、ようやく一端を知った。
記憶に意味があるのだとしたら、きっとこの輝かしい日々を保持するためにこそあった。
ああ、まったく本当に――
こんな風に燃やしていいものなどでは、なかったのだ――
接触は一瞬。
互角のせめぎあいも刹那で終わる。
さらなる力に後押しされた一閃が、その熱を切り裂き、突き進み――
ドラゴンを両断した。




