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音が、BGMが再開された。
踊り、歌を始める。
アイドルの子だけじゃなくて、家も同時に、それが当たり前みたいに開始する。
伸ばされた手に引かれるように、あるいは惹かれるように。
どこかで一度は聞いた曲、その記憶を再生し、音として出した。
動きを最適化する、手の動きひとつ、声の出し方のわずかな違い、体全体を「表現物」として出力する。
相手から、アイドルからリアルタイムでその動きを学ぶ。
鏡のように、同じ動きで同じ歌を歌う。
観客全員の、熱が上がるのが、わかった。
手に取るように把握できる。
戸惑う家のその動きを、心配そうにハラハラと見つめている。
うん、そして、上手くできると思ってたけど、実行するとなるといろいろ勝手が違った。
ああ、またミスした。
この動きじゃなかった。
けど、楽しい。悔しいよりも先に、そう思った。
少しずつ、けど、確実に学んでいく。
どうやればいいのか、どう出力するのかを。
全員が、ここを見ている。
注目している。
誰も彼もが、視線を、熱意を向ける、ただ一点の焦点に。
今、家は観客たちの熱を、直接感じ取っている。
なら、それをより燃え上がらせる。
ただのアイドルをするより、きっとずっと家に合っている。
あの客は、冷たくされるのを好んでいた、一瞬だけ視線を向けて後は決して見ないようにする。
あの客は、褒められることを求めていた、理解の笑みを浮かべて胸元の同じようなコサージュを示す。
あの客たちは、戦いの様子に興奮していた、踊りの合間にピンヒールの踵を打ち鳴らし、拳を振り上げる。
一動作にすべての想念を想起させる。
あなたに向けて行っているのだと、メッセージを伝える。
そして、ただの一時も休まずに、その魅力を、「かわいい」を振り撒く。
ただ歌うだけじゃ足りない、ただ踊るだけじゃ届かない、もっと、もっとできる、どこまでも伝えられる。
学んだすべてを、更に統合し、煮詰め、自分のものにしていく。
曲は間奏に入っていた。
次からは同じ曲調、同じ踊り、歌詞が違うだけ。
慣れた今なら、きっともっと上手くやれる――
「もう、いいよね?」
目の前のアイドルが、そう言った。
変わらない熱のまま――いや、抑え込んでいた溢れそうなものを滾らせたままで。
「もう本気を出しても、いいよね?」
気づく。
さっきまで、とてもキレイに踊り歌ってた。
まるで家への参考例を示すみたいに。
そこに中身と呼べるものは何も無かった――
◇ ◇ ◇
家ばかりを見ていた視線が、熱が、ぐっと動いたのがわかった。
それだけの叫びだった、それだけのパフォーマンスだった、家がやったような「どこかで見た魅力の集合体」じゃない、本人がその内側から引きずり出した、真っ当な「魅力」を示した。
命がちぎれるような、叫び。
あるいは、その魔力の輝き。
誰だって注目してしまう。
参考にするなんて、とんでもない、唯一無二の星の煌めきだった。
負けていられない。
学んだすべてを取り込み、家のものにする。
すべての魔力をより濃く、より鮮やかに。
身体だけじゃない、声だけでもない。
心の動きが光として溢れ出し、家とアイドルの子を彩った。
もっと、伝えられる。
もっと、まだまだ、行ける。
一ミリのズレもない、完全なシンクロ。
対称的な動きは、それだけできっとつい目で追ってしまう。
それだけじゃない、纏う光まで――心の動きまでもが連動し、対称的に動く。
家のやったことじゃなかった。
こんなのを、どうやればできるのかなんて、まったくわからない。
心のままに魔力を放出して、それがたまたま……
いや、違う――
アイドルの子が、学んでいる。
家の魔力の放出の仕方を急速に理解して、真似している。
家がどう「アイドル」をやればいいのかを知ったみたいに、発せられる魔力を――「家の心の形」を把握している。
把握して、その出力に合わせた魔力放出をしている。
そんなことが、こんなことができるんだ――
ほとんど呆然とした気持ちで、そう思う。
わずかに違う挙動だった部分が、あっという間に同一の光になる。動きも、声も、魔力すらも対になり、まるで蝶が羽ばたくみたいに、ふたりで舞う。
魔力の羽が、会場すべてを浚った。
風もなく、羽化して飛び立つ直前のように。
ふたりでこのステージを彩る。
この世の果てのようなその舞台で。
「まだだ」
アイドルが、言った。
限界はここではないと。
さらに上があると宣言する。
「家、あたしは願う!」
思わず目を見開いた。
そうか、そうだ、家は今、このアイドルの子のことを憶えている。ちゃんと見えている。なら――
まだ、願われていない。
素で、ただの実力で、今のぜんぶは行われた。
「ここを、二人で、最高のステージに!」
三曲目が始まり、家が顕現した。
◇ ◇ ◇
前奏が流れる中、輝く機構が現れる。
巨大に、大きく、ステージ上部に浮かぶそれは、言ってしまえば家の本体、あるいは家そのものだ。
本来なら記憶を燃やして叶える側なのに、今の家はむしろ魔力をこれ以上なく充填されているせいで、その姿を露わにしていた。
かなり、恥ずかしい。
全体の姿としては、逆さにした樹木のよう。
だけど、葉っぱは一枚もついていない。
一般的な樹木のように細長くはなくて、直方体のような形に収まっている。
枝々の先には銀糸の元となるものが伸びていた、スポットライトに煌めき、わずかに見える。
その内部は透明に透けて見え、いくつもの光点がきらめく。
外見は樹皮というより、透明な強化プラスチックのようだとは家主の言葉。
家としては、ヘンテコなガラスみたいだと思ってる。
記憶し、忘れ、力を発し、望みを叶える。
あまりに単純で嫌になる見た目だ。
こうなると分かっていたら、もうちょっとくらい、こう形を整えて置くべきだったなと思う。
銀糸で布を編んで被せるとか、そんな感じに。
機構が発動する。
記憶の一切を、アイドルの子に関するそれを焼却する。
同時に、割り当てたIDが消され、家を扱う権限が失われる。
膨大な魔力を用いて、ただ二人を彩る。
膨大な熱量が、この時を満たすためだけに消費される。
浮かぶ、二人で。
あまりに強すぎる魔力を纏うと、地に足をつけていられない。
戸惑い、どうしていいかわからないとなっていた時間は、ほんのわずか。
前奏が終われば、そんなことは言ってられない。
新しい舞台で、新しい表現を行う。
踊る――地上とはまったく違うやり方、足を移動のために使わない、むしろ足を手のように「表現するための道具」として使う、それを二人で学んで行く。
歌う――異なる方向からかかる加速に振り回される、安定した力強い発声を許さない、与えられた魔力を使い、無理やり息を吐き出させる。更に遠くなった観客たちへ、更に巨大な声で届ける。
全員が、あんぐりと口を開けて見ていた。
ついさっきの家がそうしていたみたいに、心をただ奪われていた。
これは、彼らの奥底の望みを叶えるものじゃなかった。
だけど、彼らの心の奥底までもきっと焼き尽くした。
家だけならそんなことはできなかったけど、一緒になら、できる。
願いを叶え終わった家本体は消えていて、暗い夜空が背景だった。
時間にして300秒。
たったそれだけ。
万人の憧れの、その先に行ける時間は、そう長くは続かない。
今はもう、家は相手が誰だかよくわからない。
ただ巨大な魔力を使う、とてもキレイで、熱い存在だとしか。
きっとはるか先の未来ですらも見られない、自由に、自分の意志で飛ぶ舞台。
光を幾重にも振りまき、二種の恒星のように、一対の魔法のように、ただ魅了するために行う。
はは――
歌の合間、震えた笑いが届いた。
魔力の伝播で伝えられた、相方のように踊る子の声は。
やった!
無邪気な喜びに満ちていた。




