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ダンジョンの収縮および、家屋の建築には多大な時間を要した。
突然すべてを消し、家として変わるわけにはいかなかった。
このダンジョンがもたらす恩恵を当て込んで、既に大きな村まで出来ていた。
さまざまな特殊な力を手に入れることで、近隣の勢力に対して大きなアドバンテージを得ていた。
この場合の勢力とは、人間が言う所の国だけではなく、他のモンスターや悪魔と呼ばれる存在もある。
ここで「今日からダンジョンはなくなりました」と消去すれば、大きな混乱が起きるだろう。
それら対抗するための術が失われるのだから。
手元に残ったものである程度はなんとかするだろうが、『供給元』が断たれてはジリ貧だ。
別にそれでもいいのではないかと家は思うが、家主からすればそれはダメであるらしい。
この家に住む人間がいなくなると言われた。
――なんと面倒な。
「ボタン一つで全部を変えて、付いていける生物はいねえんだよ」
――ならば、どうする。
「育てるしかねえな」
――ブナか、杉か?
「植林じゃねえよ、人間を育てるんだ」
ごくごく小さな、それこそ掘っ立て小屋とでも呼べる家はすでに作成していた。
あまりに小さくて狭すぎて、これを「家」と呼称することが憚れるほどだが、これでまずは良いと言われた。本当か? 大陸すべてを覆うほどの住居作成をしなくていいのか?
「ふと油断すると魔王思考になるのやめとけ」
――一般的思考だ。
「なんの一般だよ」
――樹木、あるいはその精霊としては、目に映るすべてを己の色に染めたいと願うのは当然だ。
「わからなくもねえが、それは性質であって望みじゃねえな」
――望み?
「ダンジョンであったときも、オマエは必要以上には広げなかった。オマエは望みとしてそれを欲してるわけじゃねえ。たとえばだが、実際に大陸中を家屋に変えたとして、それで満足を得られるか?」
――……不明だ。してみなければわからない。
「やりたいわけでもねえのに、ただなんとなくそうしたいから、それをする。そんな薄いもんを望みとは呼ばねえ」
――人間的価値観だ。
「だが、心からやりたいわけでもねえ、そうだな?」
――たしかに……是が非でも、というわけではない、だが、それは他の事柄も同様だ。
今まで何かを望んだことがあっただろうか。
ただ己の性質のままに広がり、あるいは記憶し続けた。
そこには喜びも悲しもない、ただ「そうすべき」という在り方に従い、行った。
「家」
――なんだ。
「私がオマエに要求するとしたら、一つだけだ」
――ふむ。
「オマエ自身の心の熱に従え」
――なにを言っている。
心?
熱?
どちらも家には無いものだ。
存在しないものに従えとは、一体どのような了見か。
だが、強く否と言うことはできずにいた。
家主の目は、韜晦した否定を許さなかった。
――それは、そんなにも大切なことか?
「ああ、たぶんな」
――いい加減な。
「私はオマエじゃないからな、断言なんざ出来ねえさ。それでも、私にとっては重要だ。少しくらいは考えてくれ」
この家主と呼ばれる人間は、望みを果たすことではなく、望むという行為そのものを重視していた。
家にとってそれは、まったく理解できない価値観だった。
◇ ◇ ◇
人間を育てるにあたり最低限の、安全を確保するための術式を組む必要はあった。
たとえばそれは、家屋を巡る銀糸だ。
樹木の形そのものを変化させた上で、魔力や意識を通る経路を作成した。
この身の、いや家のダンジョンとしての特質は、変移と記憶だった。
憶えて、変える、それが基本的なあり方だ。
記憶はともかく、変移をランダムに行えばどのような影響が出るかわからない。だから、その行き先を限定させ、内部に向かわぬようにした。
ある程度は漏れてはしまうかもしれないが、それは仕方がない。
人の成長にある程度のバフがかかるくらいだろう。
「さて、どうなるか」
ともあれ、まずはこの掘っ立て小屋のような場所から始まった。
居場所をなくした、あるいは捨てられた子供たちを拾い、そこで育てた。
他ならぬダンジョンそのものが冒険者を育てるような真似をした。
それも、子供の頃から計画的にである。
なるほど、きっと強力な人間となるに違いない。
「ふっざけんなンだコラぁ!」
「ママ゛ー!!」
「ヤダヤダヤダあ! 暗いのやだー!!」
「野菜、嫌い、ぜんぶ、怖い」
「ねえねえねえ、見て見て、あの子おねしょしてるぅうううう!!!」
おい、ちいさい人間ども。理性はどこに捨ててきた。
食料、休息所、戦闘、それらを揃えれば後は勝手に強化されると考えていたが、どうやらそう上手くはいかないようだった。
家ではわからないノウハウがある。
子供を育てるとは、人間の領分に属している。
「うむ」
――家主、これについては……
「あとは任せた」
――はあ!?
そして、提案者は雲隠れした。
やるべきことだけを言い残して、どこかへと旅に出かけた。
残されたのは、よくわからない要求を続けるちいさい人間の群れと、途方に暮れる家のみだった。
――だまされたか……?
騒音を背景に、その思いだけが明確にあった。




