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暗く、暗く、見えぬほどに深い闇に沈む洞窟の奥底こそが、この身が在るに相応しい。
始まりを知らず、終わりも見えず、けれど時だけが過ぎてゆく、過ぎるほどに意識が伸びる。この身の影響を及ぼす領域が広がる。
ここは、ダンジョンと呼ばれている。
ここは、その最奥であり、もっとも深い中心地点である。
より細く、より強い枝を構築し、己の範囲を拡大させる。
それ以外にすべきことなど、ありはしないのだから。
「よお、はじめましてだな」
ある日、ある時、そんな風に、何気なく話しかけられた。
知らない相手であり、初めて会った人間だった。
この身にとって、久方ぶりに出会った人間ではあった。
――また敵か。
「オマエ、そんな姿だったんだなあ」
――どういう意味だ。なにを知っている。
「さあね。なんだ、知りたいのか?」
――いいや。
「好奇心がねえやつだ」
――必要か?
「新しいことを知るためには、どうやら要るようだぜ、私も最近知った」
――なら、不要だ。新しい情報は必要ない。
肩をすくめた様子がわかった。
この身もできれば、そうしていただろう。
戦う、という作業がこの身はあまり好まない。
ただ喋り帰るのであれば、それはそれで構わないとは判断していた。
その人間が、自らを指差し言う。
「私は家主だ」
――そうか。
「で、オマエは家だ」
――なんだと……?
「これからよろしくな」
――この身のなにをどう見れば、家だと思う。
「これから長い付き合いだ、おいおいわかるだろうぜ」
――おい、話を聞け。
話を聞かぬ人間だった。
魔を操る樹木だった。
あるいは演算装置だった。
あるいは精霊だった。
あるいは、ダンジョンだった。
自らを定義する言葉をこの身は持たない。
分からぬままに周囲を歪め続け、しかし、それが時に奇妙な生成物となることもあった。
炎を纏い続ける歪な剣や、優美な曲線を描く球体になった。
人は、それを求めて来た。
自然と生成される罠に身を引きちぎられ、あるいは具現化された想念に惨殺されようとも、飽きることなくそれらを求めた。
人間、というものが、よくわからなかった。
偶然に出来たものに意味を見出し、勝手な期待と失望を繰り返す。
神と崇め、あるいは魔と貶め、ただの敵として退治をしようとする。
そう、この身はどうやら「ボスモンスター」と呼ばれるものであるらしいと、ようやく定義しようとしていた矢先だった。だのに、家主とかいう人間が繰り返し言うのだ、この身は「家」であると。
現状をつぶさに見れば、ここはダンジョンと呼称するのが適切だ。
誰一人として、ここを住処にしない。
住むべき価値がどこにもない。
名称としては大迷宮こそが相応しい。
「寂しがり屋がなに言ってやがる」
――なんだと。
「ほれ、建てる予定の設計図だ、頭に叩き込んどけ」
――これは、あまりに狭すぎる。
「人間には広すぎるくらいなんだよ」
――おそらく、この身の影響が建物内部に色濃く残留する、ただの人間では生存できぬ。
「ほお」
――どうした。
「オマエ、建築そのものには前向きなんだな」
――……ただの、問題点の指摘だ。
「建築場所は、まあ地上だな、陽の光にちゃんと当たっとけ」
――立地の話はしていない。
「オマエの特質についても、問題ない。方向性を確定させる」
――む。
「無制限にその力を周囲に振りまくからこそ、この周辺一体がひでえことになっている。生態系とか知った話じゃねえな、どこか別の世界の生き物すら、当たり前みたいな顔していやがる」
――憶えている。
「ん?」
――この身は、それらを憶えている。忘れてはならないと、そう思う。
「なるほどな」
やけに真剣に、それまで一度も見せたことがない真面目さで、その家主という人間は言う。
「私は転生者だ。この世界で幾度も死に、幾度も生き返った。だが、オマエは異世界からの転生だろうな」
――この身は人ではない。
「ああ、人間以外のものだ。異世界転生が人間だけの特権なんて話はねえ。他の動物やら物質やらだって来る」
――それは――
「オマエの性質からして、おそらく何かを記憶する媒体か? それが長い年月をかけて意識らしきものを獲得し、そしてこの世界にまで飛ばされた。その際に、樹木と融合したんだろうな」
――本当か?
「あくまで私の推測だ。だが、大間違いでもないだろうぜ。オマエは樹木であり、精霊の一種であり、そして憶える道具だ」
――憶える……
「ああ、そうだ。オマエは記憶する。そして、その記憶を有効に活用する。本来なら人間がその操作をしてたんだろうが、今のオマエなら、自分の意志で好きにできる」
――だが、家なのか?
「ああ」
――そこは自由ではないのか。
「悪いな、ただの私のワガママだ。私はオマエが家で居て欲しい。嫌ならこの命名を蹴っていいぜ」
――そしてお前は家主だと?
「ただの名称だ、所有者ぶるつもりはねえよ」
――いいや。
そうしてこの身は、いや、家は述べた。
――そこは家主としての自覚を持って欲しいと、家はそう思う。
受け入れた理由は、今でも思い出せない。
ただ、元は何かの道具であったことは、本当なのかもしれない。
何一つとして口にしない。
一度たりとて述べたことはない。
だが、家主と呼ばれる人間が、家としてのこの身を切ないほどに欲していることだけはわかった。
ダンジョンボスとなっていたかもしれないものは、その無言の熱に絆されたのだ。
この人間になら、使われても構わないと。




