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『おまえは表面上はふざけた奴だ』


悪魔が言う。

ボクだけに届く声で。


『おまえの欲望を優先し、それのみに突き進む迷惑なやつだと偽装してる。いや、表面をコーティングしてると言った方が正確か?』


一体なんの話なのか。


『だが、中身は阿呆みたいな灼熱だ。それも我欲による直走じゃない、他者のためにそれをする』


カッカッカッ――

どこか虚ろに笑う。


『俺が気に食わないタイプだ、命がけで得にもならないことをする――つまりは、英雄だ。その魂だ。それも、誰からも評価されない類の。悪魔にとっちゃ最高の美味だ』


良かったじゃないか。


『ただし致死性の毒入りだがな! お前は悪魔よりも悪魔だ! こんなモン全部食えるか! どうにか俺は生き延びるぞ!』



  ◇ ◇ ◇



視界が晴れる、茜色に染まる夕空が見える。

爽やかな風が吹き抜け、魔に囲われた鎧を揺らす。


身体の支配権が、戻っていた。

悪魔は機を窺っている。

隙あれば契約を抜け出し自由になろうとする。


それでも、今は自分の意志で動けた。

きっとこれが、ボクが見る最後の風景だ。


眼前には、ボクが延々と憧れ続け、そしていつしか呪い続けた相手がいる。


ボクがヒーロー?

馬鹿なことを言う。

あれこそが英雄だ。

どんな困難も、どんな悲嘆も気にせずに、ただ己が正しいと思うことをやり遂げる奴だ。


敵は家、その叶えられた結実。

二重に燃え上がり、気軽に山々を壊せるような力を持つ。

ボクの『願い』に縛られて、全力が出せないようだけど、本来ならとっくに決着はついている。


ボクは今までとは比にならない魔力を剣へと集積させる。

周囲の空気すらも歪め、侵食するだけの力を持つ。


「くらえッ!」

「させない――!」


力を凝縮させた一撃は、気軽な、本当に手元で動かしたくらいの動作に弾かれた。

反撃を回避、すぐ頭の上を白い破壊が通過する。

先読みによるアドバンテージは、いつまで持つかわからない。


「ふっ」


なにせ、先程よりも切り返しが早い。

剣の動きがより実戦に則したものになっている。


「く――」


羽を動かし、空へと飛んだ。

慣れない内に舞台を変える必要があると判断した。


羽ばたきによる衝撃波を幾度も生じさせ、遥か上空にて停止。

ダンジョンの底から睨む視線があった。


広がる景色の中に、遠くで騒ぐ人々の声も聞こえた。

現団長や、医療班や、父だった。


「逃さない!」


王子はいくつもの木を、広間を構成していたそれらを操作し、その上を跳躍しながら追随した。


「――」


周囲にほのかに光る丸太が浮かんでいる。

ほんの2回ほどで到達した王子が、それらを足場に反射する。


ボクの羽の動きよりも、よほど速く空を行く。

繰り返される乱反射のたびにダメージが増える。


「く――」

「悪魔に負けるな、意識を取り戻せ!」


ただし目は節穴だ。


カウンター気味に蹴りを入れた。

ガードこそされたが更に上へと吹き飛ばした。


「これなら――」


魔力を――魂を燃やして得た力を手元に集積させ。


「どうだッ!」


真上へと放出した。

城一個分を消し飛ばす威力。

夕焼けを一足早い夕闇へと変えるほどの『魔』そのもの。


「破ッ!」


それを王子の剣が――ただの一振りが、真っ二つに引き裂いた。

のみならず、ボクにまで到達する。


「ガあ……ッ!?」


咄嗟に防ぎはしたが、為すすべもなく墜落し、元ダンジョンの床に激突する。

相手の通常攻撃が、こっちの全身全霊を完全に上回っていた。


ここまでの力の差があり、ボクはこの王子に勝てるのか?

そんなの、考えるまでもなかった。


楽勝だ。



  ◇ ◇ ◇



大の字どころか、翼を含めた夫の字で伸びていた僅かな間、真上の王子が真っ逆さまに突進する。

これで決めてやるという一撃を、ゆるぎのない瞳で、まっすぐ実行している。


その幻は、かつてボクの支えになった。

クソみたいな状況を耐えられたのは、幻のような恋のおかげだった。

けど、ボクを救ったのは、あの家だ。あそこでの何気ない日々だった。


幻想の恋と、実在の暮らし、どちらかしか選べないというのなら、そんなのは決まっていた。


『クソ、あの馬鹿みたいな幻を利用して、俺を滅ぼすつもりかよ』


悪魔が悪態をついていた。


『食った分もう力は貸したはずだ、とっとと俺は離脱して――』


なあ、悪魔。

あの王子に、一矢報いたくはないか?

吠え面をかかせたくはないか?


『あ゛?』


ヴィガーラ、ボクと一緒に滅びよう。


『おま――ッ!?』


気づいたようだけど、もう遅い。

上空から矢のように襲い来る相手に向け、


「王子――!」


心からの声で言った。


「ボクの恋、かつてのボクのすべて!」


悪魔姿で、けれど変わらない想いを。


「君をボクの手で殺すくらいのことをしないと、この恋は決して終わらない!」


そう「望み」を述べた。


ボクが家に言った言葉は、きちんと定義されていなかった。

勝手に家と家主が判断した。

だから今、その「望み」をきちんと言葉として示した。

失恋とは、ボクが王子様を殺すことであると。

回復された接続、あの家の端末となって「ボクの望みを果たす」相手へと向けて。


「なっ?!」


空から直線を描く疾走が、歪んだ。


同時に、別種の力がモニターからボクへと流れ込んだ。

跳ねるように立ち上がり、すぐさま跳躍する。

合流した黒と白の力が剣にて融合し、悲鳴を上げる。

ついでにヴィガーラの絶叫も聞こえる。

輝きとしか表現できないそれを引きずりながら、剣を振りかぶり――


「王子ぃッ!」

「――っ!」


突然の不調にも関わらず振られた王子の剣は、たしかに的確だった。

的確に、ボクの腕を半ばまで切断していた。

肉が断たれ、血が吹き出す。


身体を覆う『魔』のすべてを解除していたからだった。

ただの肉体を斬ったと判断し、王子は攻撃を半ばで止めた。止めてしまった。


そして、防御の一切ですらも集積させた一撃は、彼を突き刺していた。

ありえない一撃がありえない存在を貫き、一切の時が止まる。


「あ――」


王子が、ボクを見た。

ボクもまた王子を見た。


恨みが、愛着が、憤怒が、感謝が、言葉にならない想いが交差した。

すべてを込めたボクの一撃に貫かれたまま。


「ごめん」


心底の後悔を抱えたまま、それでも彼は言った。


「君を助けられなかった」


そこにある輝きを、ボクが憧れていたものを何一つ変えないまま、幻のように消えた。


パッ、と極薄の布を燃したように、存在がなくなる。

同時に、ボクの手元にある不可能とも言える融合を果たした魔力の結合も捻れて消失した。


失われた。

消えてしまった。

この世から、大切なものが、存在しなくなった。

ボクが、あの王子様ではなく、家を、みんなを選んだために。

理想は敗れて、現実が勝った。


バランスを崩して再び落下する最中、どこからか漏れたような声を聞いた。


 ああ――


一度は聞いた声だった。

夢の中で、たしかに聞いた。


 その手が、ありましたか――


魔女の声だった。

誰かに聞かせるわけでもなく、激情が漏れた声色だった。


「ふざけるな――」


誰に対して言ったか、僕自身もわからない。


膨大な喪失感を抱えたまま、墜落した。

二度三度と地面を跳ねる。


全身を巡る苦痛。

骨は、きっと無事なものを見つけた方が早い。


『クソ、最悪だ――』


これ幸いにと抜け出そうとするものがあった。

ボクの半ば切断された左腕を出口に出ようとする。


その黒い猿のようなものを、血まみれの右手で掴んだ。

出ないように、抱え込む。


「ヴィガーラ、困るぞ、ボクの望みを果たせ……!」

「ふざけんな離せこの――「今だ、団長!」


同じ口からの別の声。

ボクから抜け出し逃亡しようとする悪魔を、ボクの左半身を黒く染めたそれを、


「――すまん」


前団長の白剣は確かに捉えた。


王子が渡した力が、悪魔の中枢を捉える。

抜け出そうとしていた大猿のような悪魔はボクの左腕根本付近。


貫かれた一撃は、悪魔の絶叫を耳元どころか内部から響かせた。

同時に、その一撃は胸まで届き、人間としてのボクにとっても致命的となった。


「は……っ」


引いた剣から、さらに血が吹き出る。

崩れ落ち、遠くなる意識の、完全な暗闇へと滑り落ちる最中に、皮肉に笑い、自嘲した。


ああ、まったく、失恋するのも楽じゃないなと――

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