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王子の動きは騎士の基本に従ったものだ。
お手本通り、教本通り。
練習試合における好成績を叩き出せる動作、実戦の理不尽を通っていない。
「フッ!」
だからこそ、剣撃の合間を縫う手足の攻撃が刺さった。
無骨な手甲の拳が、禍々しいレッグガードの蹴りが直撃する。
間を外し、魔を打ち付け、真を捉える。
通常ならとっくに昏倒させているような攻撃は。
「ぼくは、友をどうすれば――」
王子の見当外れな懊悩を砕くことすらできない。
その頬に汚れを付着させる程度で終わる。
なにせこれは、「願い」二つ分の結実だ。
たかが悪魔を取り込んだくらいじゃ、届かない。
それだけの無茶苦茶だと、寮生なら誰でも知っている。
そうだ、そんなことはとっくに分かっていたことだ。
まだ知られていないだけで、その力は人知を越えた高みにあると。
だからこそ、無理にでも届かせる。
「ボクは願う!」
夕日が暗闇へと移行する中、空へと向けて吠え上げた。
「ヴィガーラよ、ボクの魂をくれてやる! ボクの望みを果たせ!」
悪魔との契約を。
消滅しかけたそれが、魔に属する魂が活性化する。
この世にあるどんな感覚とも違うおぞましさが巡る。
「が……」
吐き気、ですらない。
ボクの魂が侵食されている。
手足から順に締め上げられる、ただ取り込んだだけの黒い力が、本来の制御下に戻される。
「カッ――」
口が、勝手に笑いを作った。
周囲の見守っていた人々が、前団長が、アライダが、ヘンリーが、リヒャルトが、そして本物の王子が唖然とした顔をする。
いや、もっと前からきっとそうしていたが、ようやく認識が追いついた。
彼らは、事態の急変についていけてない――
それは、喜ばしい情報だった。
魂の一つくらいは売っぱらう価値がある。
全身の肌一枚上に影がまとわりつき、黒く巨大な羽がバサリと背後で生成された。
「カッカッカッカッ! やってくれる、やってくれるぜ、この詐欺騎士がッ!」
「そんな、姿だけではなく心までも……!」
「うるせえ、間抜けどもがァッ!」
先程とは比べ物にならない力があふれる、足を打ち付ける動作で、半壊していたガラスケースが壊れ、またたく間に影が覆った。
「どうやら俺のコレクション収集生活は、今この時をもって終了のお知らせらしい。なら最後にぱあっと使い切ってやる!」
数十以上の影が、開放されたばかりの人々のシルエットが変形する。
人の姿から別の形に。
四足の獣の凶暴、軟体生物の無形、ゴーレムのような無骨さや、捻れた複数の手を持つ異形にまで。
「な――」
唖然とする人々を押しのけるように。
「させない!」
幻の王子が叫び、その手の上にいくつもの光球を生じさせた。
それはすぐさま複雑な弧を描いて――ボクが渡したナイフへと着地する。本当にかすかにしか残っていなかった力に引き寄せられて合流し、それらをナイフから光の直剣へと変えた。
「それで自衛をお願いします、その間に、ぼくが彼を助け出す!」
「承知」
誰よりも速かったのは前団長だった。
他の光剣を持つ人々に指示して、集団戦を開始する。
王子の焦りをにじませた攻撃を、悪魔は簡単に躱し切る。
「友よ、どうしてだ! 君はこんなことがしたかったのか!」
「俺は違うぜ? ただの一般悪魔だ、種族が違う。人違いじゃなくて人間違いだ。本人に聞いてみたらどうだ? その馬鹿みてえな質問はよォ!」
素早い身体動作だけじゃない。
羽を羽ばたかせ、姿勢を無理に制御していた。
光線のような連撃はひとつも当たらない。
『マジでおまえふざけんなよ』
そうしていなからも、ボクに対してだけ悪魔が文句を言った。
いや、なんのこと?
『この契約、俺が破滅すること前提の契約だろうが』
ああ、バレていたのか。
心の中をマイナスの感情で一杯にしていたんだけど、意図が漏れていたらしい。
◇ ◇ ◇
想ったことは嘘じゃない。
どれもこれも全て本音だ。
だけど同時に、別の事柄もあった。
政治だ。
あるいは、力関係の証明だ。
このダンジョンは、王家が本気になっても攻略できなかった。
最高の騎士ですらも失敗した。
それを、どこかの家が簡単に、あっという間に滅ぼした。
それも、ダンジョンそのものも打ち砕きながらだ。
納得するだろうか?
受け入れられるだろうか?
大きな赤ん坊のような連中が、自分たちが逆立ちしても敵わない『戦力』が近くにある事実をだ。
これが今までのようであれば、なんとかなった。
冒険者ギルドや他の連中ができるだけそうした人たちの耳に入らないよう注意をしていたはずだ。
だが、ここには大勢の、囚われていた人々がいた。
貴族、王家、富豪や宗主、さまざまな権力を持つ連中とのつながりのある人々が、目撃した。
ダンジョンという高防御結界を山ごと吹き飛ばす『力』を。
確実に、情報は伝わる。
悪魔に負ける王家の力は、一軒の家にも劣るのだと証明される。
信心深い者たちにとっても、きっと受け入れられない。
金持ち連中からすれば、そちらにすり寄った方がいいのではないかとなる。
上層部の大半が敵へと回る。
ボクの元家族、あのクソッタレの貴族ですら、手段を選ばなければ寮生を殺せる。
家自身に手を出すことが難しくても、それに関わった人々ならどうにでもなる。
今度はそれが、もっと大規模に、さらに徹底的に行われる。
彼ら貴族視点からすれば、「ゴミが自分たちより偉くて強い」なんて事実を受け入れるはずがなかった。
偉い人間たち全員のヒステリーを発端とする内戦がはじまる。
ただの元寮生を惨殺して、「どうだ、やっぱり貴族は偉くて強いのだ」と嘯く奴らが大勢出てくる。
それが発生する可能性は、決して低くない。妥当な推測だとすら思える。
だから、ボクがここで是非やらなきゃいけないことは単純だ。
そんなことは無かったことにすればいい。
家による「願い」が、この悪魔より弱いことを証明すればいい。
この良いこと言ってる風の王子様は――ボクが半ば望んで作り出してしまった奴は、今まさに全寮生を危険にさらしている真っ最中だ。




