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ヴィガーラが――巨大な猿のような格好をした悪魔が、地面に二つの痕跡を残し、その衝撃を殺しきり、
「てめえ……人間じゃねえな」
裂けた口を嫌悪に歪ませた。
「たかが幻が、俺のこの戦いに割り込むなボケがあああ!!!!」
モニターから飛び出したばかりの王子は、レイピアを眼前に掲げ、一瞬だけ目を閉じる。
他の画面から放たれた光が、その輪郭を照らしていた。
「征く――」
強く開眼し、細いレイピアに強い輝きが宿る。
振る動作すべてに残光を伴いながら、踊るように剣が通った。
「くっ、この……!」
剣は火花を散らして何度も叩きつけられる。
身体を幾度も翻し、シルクの髪を靡かせながら、円形闘技場中央で優美な剣闘士のように怪物と戦う。
「あ……」
それは、その姿は、ボクが思い描いていた通りだった。
どんな強大な敵にも立ち向かう、勇敢なあり方――
「あ、ああ……」
待ち望んでいた、たしかに切望していた。
それは違うんじゃないか、きっとボクが思ってる通りじゃないんじゃないか――そう囁き続けた理性を吹き飛ばして、目の前に現れる。
「ああ、あああああ――」
悪魔に対峙し、一歩も引かず、敵の巨大な拳を、牙を、魔術を、当たり前のように捌いて、的確な反撃を送り込む。
動作すべてに鮮烈な魔力が籠り、余波だけで密室内に強風を巻き起こす。
ボクが、欲し求めた通りの姿、それは――
「フッ!」
軽いステップを踏むように接近し、黒い暴風のような攻撃を避けきった。
「ガァアァぁああ!!!!!」
ヴィガーラは右腕全体を狼に変え、その口腔に黒い光を充填させ叩きつけようとする。
ほとんど自爆にも近い攻撃だ。
背丈として低い王子に、上から叩きつけるようにする。
だが、王子はひときわ強い輝きを振り抜いた。
レイピアからの光が、全てを焼却させた。
「クソズル野郎がアアァああァッッ!!」
昇る白柱となって悪魔を焼き尽くし、天井にヒビを入れ、即座にそのまま空へと突き抜けた。
コォん――
と奇妙な音を鳴らして、キレイにダンジョンそのものを吹き飛ばした。
空気が、外気が、頬に触れる。
沈みゆく夕日の赤が、舞う土煙の合間から差し込んだ。
密閉型の円形闘技場が、ごく普通の円形闘技場として山中に出現した。
白い光が細く収斂する左右で、黒毛の両腕だけがドサリと落ちる。
「ふぅ……」
一息ついてから、王子は眉を寄せて周りを見た。
円形闘技場の、ぼろぼろな生存者や、影法師の形が徐々に消えようとし、ガラスの封印が氷のように消えようとする様子まで。
その視線の中に、たしかにボクもいた。けれど――
「友は、もういないか。ぼくは、間に合ったのか……?」
悲しそうに、そう言った。
◇ ◇ ◇
半ば上げていた手が、徐々に下がった。
ああ、そっか――
それは、当たり前のことだった。
ごくごく自然なことだった。
ボクはもう、「願い」を叶えた。
もう彼から認識されることはない。
不意に、心に湧き上がるものがあった。
あるいはそれは、ボクが無視していたものだった。
ボクの心の有り様を、その形を、見て見ない振りをした。
それを直視するのは、あまりにつらいから、そうしていた。
馬鹿みたいな失恋祭りの騒ぎが聞こえた。
はあ、と一つ呼吸をしてから、俯き悲しむ彼の横をボクは通り越えて歩いた。
手には剣、鎧はもう脱ぎ捨てて無い、手甲と足防具はそのまま。
得た力は欠片も残っていなかった、あの白い力はすべて使い切った。
体力は、まだある。多少の傷があるため回復薬を使った。首筋の血が指に付いた。
ボクには魔力と呼ばれるものがさして無い、けど、その代わり別のものがあった。
ある種のキャパシティだ。
他の力を取り込み、無理なく発動させ、継続させる力だ。
巫に近い特性を持っていると、あの家主からも太鼓判を押された。
「友よ、どうか無事で」
言って彼は戻ろうとした。
優麗な王子としての形を変えず、モニターを通り、元のあの祭り会場へ。
その背後からボクは斬りかかった。
「!」
反射的に掲げた剣とボクの剣がぶつかり、火花を散らした。
彼の白い力と反発するように、ボクの剣には黒い力が蟠っていた。
「な――」
「つれないな、このまま帰るつもりか?」
無いはずのプレートメイルをなぞるように、黒い魔力が――ボクが取り込んだヴィガーラの残滓が形成された。
凶悪な力が暴れて廻る。
それを制御せず、だがその方向性だけは与える。
お前を滅ぼしたやつを滅ぼし返せと告げてやる。
そう、ボクはあのまま消滅するはずだった悪魔を、白い極限光に焼かれて消えそうなそれを、取り込み口にしていた。
なんのために?
決まってる――
「王子、お前は、遅すぎたんだ」
思い知らせてやるためにだ。




