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画面内からの、その突然の問いかけに。
「へ、あ、はい」
思わずそうそう答えていた。
考えなしの頷きだった。
え、というか、どうしてまだボクのことを認識している?
ボクはもう願いを叶えたはずでは……?
その疑問だけで頭がいっぱいだった。
家の子は明らかにボクを見つめて頷いた。
――わかった。その心からの叫びを家は受け取った。だから……
ぶつん、と音を立てて画面が消えた。
――え、あれ?
映像はない。
声だけは聞こえる。
――おーい? えーと……
ボクも思わず考えてしまう。えーと――
たしかにボクはもう「願い」を述べたはずで……
いや、違うのか?
あの木片や受話器の欠片、そこに内在されてい魔力を開放し、取り込んだだけだったのか……?
まさか、とは思うけど、考えてみればボクは「あの家の子に頼んでいない」。直接そういったやり取りをしてない。
――「願い」は言われた、よね……?
そうなって、ようやくハッとした。ボクはさっきなんて言った?!
「違う! これ願いじゃない、違うから――!」
――なんか、接続きれた?
遠距離に『家』を作るなんて無茶をしたせいだった。
こっちの声が届いてない。
――えー、どうしよ、これ。
ボクの方がむしろ言いたい。
――もう叶えるって言っちゃったし、家、どうすればいい……?
『どしたよ』
別の声が割り込んだ。
――あ、家主。
その声だった。
アライダが信じられないというように目を見開いた。
「空気読んで黙ってたが、いい加減に攻撃するぞ?」
家主と家が会話をする最中、明滅の度合いを激しくする大広間の外で、ヴィガーラが魔法陣を幾重にも重ねて黒い魔力を充填させていた。
複雑な陣の中心に、黒い球体が回転する。
「直接攻撃で破壊するのは、まあ、難しそうだな。だったら呪いを届ける。中のお前らだけを殺す。瞬間的な攻撃は弾くだろうが――」
まるで胞子が飛散するように、ごく小さな黒い魔力が広がった。
球体から、途切れることなく放出される。
それは家の領域に触れた途端、巨大な頭蓋骨として口腔で噛みつく様子を見せつけた。
一つ二つじゃない、十二十、あるいは百に届くほどの「呪」が取り囲む。
「継続的なこれならどうよ? 家なら、どうしたってどこかに隙間くらいあるよな」
幻の広間、その全周が黒く染まった。
その全てが呪いの効力を以て押し寄せて来る。
『失恋? どういう状況なんだ、わっかんねえ……』
――家にも。
声だけ聞こえてくる呑気さと違って、致命的な状況だった。
ごくごく僅かな隙間から、黒い指のようなものが侵入しようとする。
入り込まれるよりも前に剣で叩き返すけど、見る間にその隣から髪の毛のようなものが侵す。
前団長や他の皆も対処してるけど、あまりに数が多すぎる。
接続された家からは、陽気でひなびた祭り囃子の音色がする。
たしか祭りをするとか言っていた、彼らの周囲でそれが開催されようとしている。
わずかにその音色で呪いの侵食が弱まった気もするけど、本当に気がする程度だった。
『まあ、よくわからんが、アイツの失恋を笑い飛ばせばいいんじゃねえの?』
なぜか、家主のその言葉だけがハッキリ聞こえた。
特大に嫌な予感がした。
この家主、結構いい加減な性格だ。
――たしかに願いとしてはもう受け取ったし、ちゃんと叶えないと。
不正確な願い達成はダメじゃないかなあ!
『よし、じゃあ――』
こちらの致命的危機なんて知ったことが無いように。
『失恋祭りの開催だ』
そんなフザケたことをぬかした。
◇ ◇ ◇
――了解、記憶燃焼機構、起動。
家はそれを真面目に受け取って、願いとしてそれを叶える。
音が、音だけが、決定的なことが行われてしまったことを教える。
膨大な魔力が練り上げられる。
記憶が魔力に変換されて、現実を変える。
「なんだ……?」
不審そうなヴィガーラの声が、黒に敷き詰められた向こうから聞こえた。
遠く離れた場所で発動されたものが、この大広間を通して漏れている。
しょぃ――しょ――ぃ!
音が聞こえる。
音だけが。
遠すぎて、大きすぎて、ただ「騒がしい」としかわからない声が。
わ――し――ぃ
だ――しょ――わっ――!
途切れかけていた接続。
映像すら伝えられないほど遠くなってしまった顕現。
釘まで使用して行った無茶苦茶。
それら全部をちゃぶ台返しするみたいに、広間全体に次々とモニター画面が表示された。そのすべてに祭りの様子が映し出される。
失恋祭りだワッショイワッショイ!
失恋祭りだワッショイワッショイ!
そんな声を張り上げながら皆が踊っていた。
強化された接続が、それら踊る人の映像だけじゃなくて、半透明な姿としてこっちのダンジョン内に現れる。
呪いの充満を切り裂いて、円を描いて踊る姿がバスバスと黒色を粉砕した。
失恋祭りだワッショイワッショイ!
失恋祭りだワッショイワッショイ!
櫓を中心にして、多くの寮生が踊っている。
お神輿までもが担ぎ出されて無秩序に踊る。
「あ、あの家主ぃ――ッ!」
ボクが見ているモニター内には、いい仕事したばかりに額の汗を拭いてる家主がいた。
櫓の上にはでかでかと「失恋記念祭り会場」とボクの顔写真つきで一番目立つところに張り出してた。
「絶対ぶん殴る、あの家主ぜったいぶん殴る!」
「な、なんだこれは、どうして俺の呪いがこんなに簡単に壊されてる!?」
「あ、あはは……や、家主さんだ、あたしの知ってる、人だ……」
ボクらの困惑とか怒りとか知ったことが無いみたいに、祭りはヒートアップした。




