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ガラン、と音がした。
ボクの剣が落ちた音だった。
同時に視界が下がる、気づけば両膝をついていた。
「あ……え…………?」
「オナオナオッナッニー、ひゅー! てかここどこおッ!? え、なにこの面白空間!??」
「な?」
ヴィガーラが、どこか同情するようにボクに言った。
「見た目はいいんだが、こいつ馬鹿で下品でうるせえんだ。こいつを喋れなくしたことだけは、俺の数少ない善行だろ」
「あ、どっかで見たぞそこの悪魔! 人のプライベートハッピータイム邪魔した奴ぅ! 衛兵衛兵、えーいーへーいー! 変態が! ここに特殊な変態がいます! 男子オナニー覗く口だけ悪魔です!」
「アリンコなみの脳みそかお前、どこをどうしたらここが城内に見える」
「ハア? 闘技場の中央に木製の広間みたいなのが見えるんだけど? なに、悪魔の城って手作り? のこぎりとか使ってギコギコ作んの? うっわダサ」
「変わらないクソガキ具合だな、もう黙っとけ」
黒い何かを操り、その口を塞いでいた。
「ムゴおー!」と叫びながら、鼻水出しながら、脱出しようとしていた。
それを阻止することもできないまま、ボクは「あ、う、あ……?」という声が勝手に漏れるのを自覚しながら、ガランガランという大崩壊音を聞いていた。
きっと、いままで大切に築いていたものだった。
膨れに膨れ上がっていたそれに名前をつけるとしたら、やっぱり「初恋」だ。
それが、こなっごなに砕けた。
まさに今ここで。
「か――」
両拳を床に打ち付け、咆哮の代わりに口にする。
「解釈違いィ――ッッ……!」
◇ ◇ ◇
この悪魔はおもちゃがない子供時代は最悪だと言っていた。
それは、ある意味では合っていた。
ボクは遊ぶということをしなかった。
代わりに焦がれて憧れた。
それがボクにとっての遊びで、ああ、今考えればおもちゃだったのかもしれない。
その想像でずっと遊んでいた。
だれもが羨む王子様のようになれたらと願った。
もしそうなら、きっと何もかもが上手くいく。
ボクと父を捨てたあの貴族共が泣いて悔しがるほどのになれば、ボクの不平不満はすべて消えてなくなる。
彼はヒーローで友達で憧れで救世主で、ボクにとっての全てだった。
それはまかり間違っても簀巻きにされてじったんばったん活き良く暴れる姿じゃなかった。
「ハア――ハア……」
呼吸が苦しい。
立ち上がるだけで全体力を消費しそうだ。
「うん、お前もう俺に負けとけ、しばらくは封印されてなんも考えないままでいたほうがいいだろ」
「こ、ことわるっ?」
「なんで疑問形だよ、発音どうなってんだよ、もう戦える体勢じゃないだろ」
勝てるとか勝てないとか、そういう次元には既にない。
物心ついてから今まで、ずっと続けてきた「がんばる理由」が目の前で爆散した。
心の背骨を抜かれた、直立歩行ができない。
まだ影法師と戦いをつづける前団長も微妙な顔をしていた。
幻の二重写しになっている大広間が点滅する。
もうこちらも限界が近い。
ボクの恋心のように、憧れのように壊れてしまう。
「あー―」
その明るさと暗さのリズムに乗るように、
ふとモニターの一つが現れた。
――あ、やっぱり、なんでこんなとこに繋がってんの?
家の子だった。
モニターの中から、ひょこっとこちらを覗くようにしてた。
「あ、あ……」
誰よりも反応したのはアライダだった。
限界まで両目を見開いた。
ああ、チクショウ、もう彼女を否定しきれない。
誰だって、がんばるための根本を失いたくはない。
――あ、泣き虫な人だ、久しぶり。
いつものように、まるで昨日会ったかばかりように、家の子が手を振った。
「ひさ、ひさし、ぶり……」
嗚咽混じりで、ほとんど言葉にならないまま。
――うん、家は会えて嬉しい。
「あ゛っ――!」
血を吐くようにアライダは叫んだ。
「あ゛いたかった、あ、あいだがっだ――!」
――え、うん。
困ったように、けど、いつもの調子で。
――家も、そうだ。
「も、もう、忘れられてるんじゃないかって……」
――家が忘れるわけないよ。
そのやり取りを見ながら、思う。
願いを叶え終えたボクは、もうこういうやり取りができない。
後悔するつもりは、ない。
だけど、もっとやり方があったんじゃないか。
努力を正しく果たせたんじゃないかって思いはあった。
そうだ、ボクは、他の人の願いを踏みにじってここにいる。
望んだものが手に入らないからと、諦めていいはずがない。
ボクは盗賊にして騎士だ。
盗賊は望んだものが手に入らないなら、とっとと逃げる。生き延びるための努力をする。
騎士は望みが叶わずとも守るべきものを守る。
うずくまって一歩も動かないなんて選択は、どこにも無い。
「ボクは――!」
歯を食いしばり、立ち上がり宣言する。
心からの言葉を。
「失恋した、恋に破れた! だからどうした、それが幻だったことなんて、笑い飛ばしてやる!」
ヴィガーラはむしろ真面目に言った。
「明らかに笑いきれてないな」
アライダは困惑していた。
「ああ、あたしは……」
前団長はいまだに戦いながら、ただ肩をすくめた。
そして、
――それが叶えたい望み?
家が、ボクに向けてそう聞いた。




