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あの家では、このダンジョンについての情報がどこよりも詳しく乗っていた。
できれば隠したい冒険者ギルドと違い、すべての記録がオープンにされている。いちいち閲覧手続きを取らずに済んだ。
ダンジョンに挑戦した者の、詳しい来歴も乗っていた。
「団長!」
「なんだ!」
苛烈になるヴィガーラの攻撃をいなしながら叫んだ。
既に防戦一方になるくらいにはバフは弱ってる。
「あの家に「願い」を言いましたか!」
「儂はやらなかった、だがそれは……」
そう、この団長も元寮生だった。
本当に一時だけだが住んでいた。
まだ年若い頃、やんちゃをしすぎて閉じ込めるように入れられた。
「は――」
思わず、笑う。
求めていたピースがこんな手近な所にあった。
「クソが、余裕浮かべてんなあ、自分の詰みもわからないほどのおバカちゃんでちゅかあ?」
「ヴィガーラ、お前の方こそ盤面が読めていない」
「はああ? ここ俺の拠点ですけどぉ? 盤面もクソもないんですけどお?」
影法師から救出された人数は増えている。
中にはまったく知らない者もいたが、記録に残っている者もいる。
すべてが変わらないまま、ダンジョンに参加する人数だけが増えている。
これは、そういう局面だ。
そうしてたった今、影法師から救出されていた人にも、見覚えがあった。
ようやく待ち望んだ人だった。
賭けるための条件が揃った。
「団長!」
ボクは力の限りに投げた。
「これを使って願いを言ってください!」
あの釘を。
そう、ボクが二段階目のパワーアップとして使ったものは、あの家の集中治療室にあった受話器、その欠片だった。
あの魔女が声を通した経路だ。
ボクが家主に連絡を取っている際に、その一部が脆くなって壊れた。
木片はあの家の記憶を、あるいは魂の一片を抱えて力を溜めていた。
同様に、受話器の欠片もまた力を持っていた。
あれだけの戦いの末に他に入れたのと同じものを、ボクはもう一つ手に入れた。
本当にいいのか何度もあの家の子に確認したほどだ。
だが、それで逆転の目を掴んだ。
「願い事の内容は、何だ!」
受け取った前団長が叫んだ。
優勝して手に入れた釘、それで叶えるべきは――
「このダンジョンを、あの家に」
そのような無茶だ。
◇ ◇ ◇
「は?」
ヴィガーラが馬鹿にしたように笑い。
それに反発するように、前団長が手にした釘を中心として苛烈な白光が溢れた。
「はあ??」
光が円形闘技場を舐めるように攫い、空間そのものを歪めて縮める。
そうして現れたのは、あの家の大広間だった。
実物じゃない、まだそこまでの接続はない。半ば透明に、二重写しになるようにこの場に在る。
定義を変える。
世界を変える。
それしかもう攻略法はない。
空気が、懐かしい木の匂いに変わった。
「はあああああ!??!」
それらを確認しながら悪魔は叫んでいた。
そこに内在する力は、もういくらか減じていた。
「ヴィガーラ、お前の強さはダンジョンに由来している。ダンジョンの怒りを糧にしている」
「な、なにをしやがったッ!」
「場所の定義を変えた!」
あの家の、見慣れた広間。
大人数がいられるだけの広さ。そこで影法師たちとヴィガーラが場違いにいた。
そう、この悪魔が厄介なのは、ダンジョンの性質を利用している点だ。
本人が言っていたように、ダンジョンそのものを壊すようなことを求められる。
この場にいる限り、ヴィガーラには勝てない。
なら、話は簡単だ。
ここを別の場所に変えればいい。
「この場がダンジョンでなくなれば、お前は不死身でも無敵でもない」
「な、な、なにを……? いや、卑怯だぞ! こんなことをしていいと思ってるのか!」
「文句はダンジョンに言え」
そして、まだだ。
あの釘のバフで願ったとしても、『場所の定義変更』は即座にできない。
そんな無理を押し通すには、まだ足りていない。
ダンジョンとのつながりを断ち切れていない。
「アライダ・イディッシュ!」
なんとか影法師から抜け出したばかりの人を指し示して叫んだ。
「この場所は、もう既に半ば家だ! 願いを言えば叶う!」
その人もまた寮生だった。
家に願いを言える人間だった。
一人の願いで足りなかったとしても、二人いれば、あるいはもっといれば。
どんな強敵だろうが倒せるだけの高みに届く。
願いの注ぎ足しのようなことができるのは、初撃のパワーアップで実証済みだ。
「おまっ――」
「この場を家にするよう願うんだ!」
一人では敵わない。
多人数でも打倒できない。
なら、「願い」を束ねて敵を倒す。
そのための手段と方法――
釘と寮生は揃っている。
あと一手、完全に別の場所へと変えてしまえば、ヴィガーラは終わる。
だが、その人は、アイラダは歯をガチガチと鳴らし、
「や、やりたくない……」
震えて、首を振って、そう言った。




