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家における日々は、一言では言い表せない。
ただ、ボクにとって重要な人がいた。
――おお、なんかかっこいい人だ。
家の具現化した人の姿。
ひと目見て、雷に打たれた。
彼だった。
ボクが第四掲示板で見かけた王子様、その姿に、とてもよく似ていた。
たしかに髪の毛はより長い、お気楽に笑う様子は想像とはまったく異なる、手足は細く伸びていて、いくらか柔らかそうな様子で、でもたしかにとても似ていて――
「え、あ、あ……まさか、女の子……?」
――ん? あー、たしかにこの身体はそうみたいだね。
この世の不条理すべてを呪った。
性別など気にしないというのであれば、別に男の子でいいじゃないか。
どうして、そこで、女の子になるんだ、わかっていない、わかっていない家だ。なんか、こう、世間様の求めに応えていない……ッ!
ただこれは、痛恨事ではあったが致命傷にはならなかった。
もし家が男の子であれば、ボクの歩みは完全にここで止まった。
願いも、そのために使用していたに違いない。
一夜の夢の大願成就。その道へと進まずにいたことは、ボクにとっても救いだ。
それでも、ときおり期待してしまう。
男の子の格好をしてくれないかなと願ってしまう。
仮装を見たがる人の気持ちがようやく理解できた。
絵の中ではない、生きて動いている「本物のそっくりさん」がいる。
話しかけるし会話ができる、桁違いのリアリティが叩きつけられる。
ボクが鼻血を出してしまうのも、仕方がない。
「仕方がなくねえよボケ」
家主という人からはそう言われた。
ボクの主張は、なぜかあまり人から認められない。
「わかってると思うが、オマエに魔術の才能はねえ、魔術を扱う才能はそこそこあるが、魔力量がそもそも足りてねえ」
そう断言もされた。
わかっていた話ではあった。
ボクには才能というものが乏しい。
「魔導具使いになるのも手だが、これはこれで独特の才能がいる、まあ、無理は言わんから素振りをしとけ、そっちのほうがよっぽどオマエは強くなれる」
「わかった」
「あと私は午後、私設教室で子供たちに教えるがオマエは来んな」
「何故ッ!?」
「そこだけ物分り悪くなるのなんなんだ……」
そう、この家には定期的に様々な種類の子供が預けられた。
教育に悪い場所だが、他にはできないことを可能とする場所でもある。
ボクにとっての最高は――今も熱狂を続ける相手は一人だけだが、それでも日によっては違う男の子を愛でたくなるときがある。
同じものばかりでは飽きてしまうから、仕方がない。
だから、さあ、この紙オムツを履いてみないか?
教育系施設への出入りが禁止になったのは不思議極まりない。
そんな日々を続ける内に、ボクは騎士団に入ることになった。
誰もが驚いた。
ボクが一番驚いた。
理由は、ボクと父を捨てたあのクソッタレの貴族どもの事情だった。
どうやら跡取りの出来が良くないらしい。
周囲の人材も育っていない。
信用できてなおかつ優秀な人材など、簡単には手に入らない。
仮に雇ったところで乗っ取りの憂き目に遭わない保障はない。
そこで彼らは気づいたのだ。「そういえば前に捨てたものがあったな、あれ拾えばまだ使えるんじゃないか?」と。
元の地位に戻ることを切望しているに違いない、餌をちらつかせれば、きっと言うことを聞くはずだ――
そんな勘違いをした。
最低限の箔付け、またいざという時の護衛戦力として騎士団が選ばれた。
いろいろと御高説を垂れて、そこへ入る手続きが行われた。
ボクとしても、直接的な戦い方を学べるいい機会ではあった。
勘違いは、いくらでもしていればいい。
盗賊らしく、いただけるものはいただこう。
◇ ◇ ◇
その後の騎士団での生活は、単調ではあるが充実していた。
身体を鍛える作業を、他の些事に煩わされずに没頭できる環境だった。
こんな贅沢なことはなかなか無い。
騎士、といったところでここでは二種類に分けられる。王宮で護衛を行う騎士か、街中を巡回する騎士かだ。
後者は衛兵だと思うが、名前だけは騎士だった。
政治的な事情か、募集人数を増やすためかは知らない。
本物の騎士に近い訓練を受ける事ができる点では変わらない。
そう、騎士団における日々は、訓練以外で言えば、この手の王宮騎士と衛兵騎士との軋轢だった。
ことあるごとに対立し、口汚く罵り合うのが常だった。
馬に乗らず街中を巡る騎士と、馬に乗らずに王宮でうろつく騎士とのメンツ争いだ。
最精鋭の選抜騎士たちからすればきっと滑稽だった。
「ただし、男の子だけが足りない……」
「ルームメイトが優秀なのに変態です」
「君、性別変更して若返らないか?」
「イケオジになってから言ってください」
仲のいい相手もできた。
それ以外にもボクはあちらこちらに顔を出した。
本格的に騎士になるつもりなんて無かった。
勝手に命じるような奴らの言う通りになる気なんてない。
だから、情報が必要だった。
こちらは情報、あちらはちょっとした書類や忍び込んでの盗み聞きや闇討ち(非殺傷)だ。
最初はなんでもないものだったけど、段々と貴族どもの弱みに近い情報を得ることが出来た。
そうして、政治力学の変化や本当の血縁関係や大量の醜聞などを把握した。
うん、今考えてみれば、習った盗賊系の事柄はいろいろと役に立った。
騎士という生き方には、卑怯さが足りない。
自分たちではたまにするのに、その対処に慣れていない。
トーナメントで剣に細工を仕掛けられたとしても予期できていれば、折れた剣をナイフとして扱い、手足を用いた体術でボコボコにすることができる。
卑怯などと喚く前に、勝ちを確信して浮かれるより先に、躊躇せずに敵を滅ぼす作業を実行すべきだ。
ボクは騎士団の中で、ただ一人の盗賊として動いた。
案外、活躍できた。




