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恋に落ちたらどうなるかは、人によって違う。
ボクの場合は、しばらくは茫然自失だった。
寝ても覚めても待っていても、彼の顔が頭から離れなかった。
どんな声をしているのか、どんな顔で笑うのか、どんな風に怒るのか。
ひと目見ただけの絵姿から、どんどん想像を膨らませた。
楽しかった。
とてもとても、楽しかった。
本当に夢のようだった。
眼の前に彼がいたら、この席の隣に座ったら、そう思うだけで暴れ出したくなった。
その想定した笑い方を真似、その動きや動作を模倣し、その髪型に似せることを決意した。
夢想の中のボクは、彼と友達のような距離感で笑い合っていたからだ。
きっとそうするのだと硬く誓った。けして諦めない、彼に相応しいボクになると。
だから、数日たって冷静になって絶望した。
ボクが見たのは第四掲示板、討伐不可能モンスターだ。
添えられていたのは「被害者」じゃないか。
この世のどこかにいるのかもしれない、そんな想いはただの錯覚で、これは過去の偉人とか歴史上の人物に対する想いでしかないと、そう気づいてしまった。
なんてピエロだ。
恋は、はじまるより前に終わっていた。
「ああ、あんたもか」
オレンジジュース片手にそう愚痴っていたら、仲良くなった女戦士が苦笑した。
「男だろうが女だろうが、ここの冒険者どもの誰もがかかる麻疹みたいなもんだ、あそこに乗ってる奴らは、良くも悪くも厳選されてるからなァ」
「どういう意味だ……」
「悪魔型なんだよ、あのクソボス」
「へあ?」
「美男美女、優秀な戦士や魔術師や善良な魂、気に入った相手を、あの悪魔はコレクションしてンだ」
オレンジジュースの甘さに淀んでいた思考に、氷塊が詰め込まれた。
「まだ生きてんだよ、あの被害者たち」
この上ない希望であり絶望だった。
◇ ◇ ◇
収集魔・ヴィガーラ、特殊なソロ専用ダンジョンの奥底に篭る、「許されてしまった最悪」。
その来歴は、他宗教における神格だったとも、あるいは想念を取り込み続けて悪魔化したモンスターだとも言われる……
ボクは家の大きな図書館で資料をめくりながら、その情報を確かめていた。
内部破壊による怪我は、もうあらかた治癒されていた。
さすが、魔術技術として一線を画している。
ボクが家主さんに連絡した後、どうやら一騒動があったらしい。
二人は難しい顔をして降りていた。
手助けしたいところだが、魔術量の少ないボクができることなんてたかが知れている。
頼られたら応えようとだけ思う。
今は、目的となる資料を捲っていた。
ソロ専用ダンジョンとは、参加できる人数が決まっているダンジョンだ。
一ヶ月に一人だけ、侵入可能となる。
入った途端に扉は閉められ、また来月まで開かない。
それ以上の人数が入ろうとするとルールに違反したとして、ボスが倒せなくなる。
ダンジョンからの加護が増し、力が強くなるのはもちろん、どうにか討伐したとしても復活する。その場で、即座に。
どれだけの人数を投入したところで、勝率は無くなる。
縛り自体は、よくあるものだ。
誰が制定したか知らないが、簡単には攻略できないようダンジョンはルールによる保護を受けている。
わざとダンジョンルール違反を侵し、倒せないボスを延々と倒し続ける訓練があるほどだ、あれはキツかった。
問題は、この奥に陣取るボスモンスターだった。
コイツには知恵があった。
通達を筆記し、周辺の人々に知らせた。
二年に一度、見目麗しい人間か、打倒可能な強い人間をよこせ。送らないのであれば、こちらから向かう、と。
ソロダンジョンだ。
開くのは一ヶ月に一度で、生存脱出の目はない。
奥にいるボスは、いままで倒せた人がない。
なら、放置してそのままにしておけばいい、こんな要求は無視してしまえ、誰もがそう考えた。
ヴィガーラは許さなかった。
収集の機会損失を徹底的に嫌った。
結果は、悲惨だ。
周辺の村一つが、モンスターの集団に襲われ壊滅した。
次の週には、別の村が。
さらに次の週には、別の二つの村が。
他に被害を及ぼすこと無く、狙われた村だけが徹底的な破壊を受けた。
自発的に生贄を差し出すまで、それは終わらなかった。
人々は知った。
強力なモンスターが、完全にその暴力を制御して要求をしたのだと。
隣り合った村であっても、その片方だけが破壊された。線を引いたように、被害の有無が明確だった。
二年に一度、一人を差し出すか、村を壊滅させられ続けるか。
要求を飲まない選択肢などなかった。
「……」
この家の図書館には、騎士団でもなかったような資料が揃えられている。
ヴィガーラのソロダンジョン、そこへと出向くのは冒険者ギルドを通してからになる。
関係が深いこの家では、多くの情報が残されていた。
二年に一度の、生贄要求。
同時にモンスターは以前に収集した者の内、飽きた者を吐き出す。
滅多にあることじゃない。
収集家が、コレクションを捨てることは珍しい。
……そうして開放された人間は、例外なく死を願った。
飽きて価値が無くなったものを、ヴィガーラは徹底的に破壊してから捨てた。
手足が潰されているのはもちろん、目鼻口や重要臓器に損傷を作られ、蘇生魔術の妨害術式すら施された。
他のものの手に、決して渡らないようにした。
ヴィガーラ以外の、開放された当人にすら、生命の所有を許さなかった。
かろうじて人の形を取るとだけわかる姿。
その姿が、あの王子に重なった。
次の生贄要求の期限は、一週間後に迫っている。




