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ボクには覚えている光景がある。

忘れられない記憶だ。


幼い頃に父につれられて来た冒険者ギルド、騒がしくて怖くて最初は怯えてばかりだったけど、慣れたら悪くないあの場所でのことだ。


今にして思えば、そんな場所にボクを放置するなと言いたいが、父も大変だったと同情する。

身分違いの、燃え上がった恋の果て、父とボクは放逐された。

産まれてしまった子供であるボクごと「そんな事実は無かった」ことにされた。

偉い人がよくやる誤魔化しだ。

書類をゴミ箱へと捨てるように、醜聞も城下町へと捨てればそれで終わると信じた。


執事兼護衛役だった父は、ツテもなければ当てもなく、仕方なく冒険者となった。

安心して任せられる場所もないから、ボクを一緒に連れて行くより他にない。


子連れ冒険者として、一時はちょっと有名だった。

だから、よくちょっかいをかけられもした。

当時のボクは怯えてばかりだったけど、あれも一種の歓迎だ。彼らの善意はわかりにくい。


二割くらいは本当に悪意があった。ただ普段は温厚なボクの父親は、怒るととんでもなく怖かったから、それを頼りにすればよかった。

父がいないときは、常に怖いギルドマスターが守ってくれた。


父が外に出ている間、カウンターの椅子の上だけがボクの安全地帯で、ボクだけの陣地だった。

カウンター内でグラスを磨くギルドマスターの、ここは保育園じゃないという愚痴は千回以上は確実に聞いた。少ない方だと思う。


けど、ボクは子供だった。

好奇心という魔物の制御が出来なかった。

慣れるにしたがって、少しずつ行動範囲が広がった。


椅子から隣の椅子へ。

カウンターから丸テーブル群へ。

食事類提供の場所から訓練場へ。

そして、ついにはクエスト受注の掲示板にまで。


その移動はバレてはいたが見過ごされた。

ボクがひどい目にあっても、それはボクの責任だった。

安全な場所を抜けて「冒険」に行くのを止めるのは、ギルドマスターの役目じゃなかった。


掲示板では怖いモンスターや、どうして貼ってあるのかわからないものまで、いろいろな頼み事があった。

大半は、雑然としメモ書きだ。

一番大きな範囲を、貼られた小さな紙が占めていた。

ドブ掃除から周辺モンスターの掃討、近隣住人同士のトラブル解消まで。

冒険者達が一番よく見ていたのもここだ。


その隣にある掲示板は、やけに精緻な絵が添えられた討伐情報だった。

モンスターの生息場所、特徴、難易度、報奨金、死亡者数が詳しく書かれてる。

一番情報が更新されていたのもここだった。

絵だけはそのままに、報奨金や難易度や死亡者数が増えた。

やけにゴツゴツした装備の冒険者が、よくここを見ていた。


さらにその横には正式な書面の形でガラスケース内で鎮座している依頼書があった。

父から習っていたボクからしても、大仰かつ回りくど過ぎて何を書いてあるのか読み解くのが大変な依頼は、案外人気があった。きちんとした教育を受けた人間にとってはわかるものだった。

浮気相手とのトラブル解消とか、遠征中の妻の素行調査とか、一夜の相手をしてくれる屈強な相手募集とか。

内容そのものは、そこまで大変じゃない、ただ依頼を受ける人間の厳選だけはしっかりしていた。


……父はこの三番目のクエストを主に受けていた。

どんな内容を選んでいたかは、ボクは知らない。

たまに酷く疲れた顔をしていたことだけは覚えてる。

それなりに珍しい、この三番目をメインに受ける冒険者だったからこそ、ボクという厄介事を通せた面もある。


そうして更に隣、四番目のそれは、見られることを前提としていなかった。

すぐにわからないよう、壁を覆うように扉がかけられていた。

ここに冒険者は誰も来ない。

中身をたしかめるためには、両開きの大きな扉を開かなければいけなかった。


見ようとして、ボクはよく怒られた。

冒険者たちにとって、ギルドマスターにとって、それは「できれば見たくないもの」だった。

冒険者ギルドという形態を取る以上、それを張り出さないわけにはいかないから、仕方なしの、折衷案としての掲示だった。


貴族が半分冗談半分本気で出す不老不死を求めた依頼とは違う。

様々な困りごとの内、暗殺ギルドや商業ギルドとの兼ね合いで達成ができない依頼とも違う。


二番目の掲示板、モンスター討伐依頼が更新を続けた先、難易度も死亡者数も書ききれないほどに膨れ上がった到達点が、この四番目の掲示板だった。


倒すことのできないモンスターが、そこに封じられていた。

多くの冒険者の血を吸い、放置するより他に術が無くなった地点だ。


誰だって、見たくはなかった。

特に、そこに書かれた莫大な報奨金の額を。


一攫千金を夢見る冒険者にとって、耐えられない誘惑だ。

見てしまえば、引き寄せられる。


だけど、ボクにとっては関係なかった。

ボクの心を射抜いたのは、それではなかった。


ギルドマスターが目を離し、冒険者たちも数を少なくした午前中、こっそりとボクが扉を開けて見た先にいたのは、王子様だった。


特殊ソロダンジョン、悪魔型ボス・ヴィガーラ。

被害者となった人たちの中に、彼がいた。


肩まで伸びた髪、薄く閉じた目、ふっくらとした唇。当時のボクよりは年上の、紛れもない王子様の絵があった。

左右には屈強な冒険者とか有名な魔術師とかがいたみたいだけど目にも入らない。


ただ、その人のことだけを見ていた。

ギルドマスターに怒鳴られてゲンコツを落とされるまで、ずっと。


今でも、断言できる。

初めての恋だった。


ボクが惚れた相手は、今この時も悪魔に囚われた王子様だった。

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