43 エピローグあるいは因縁の始まり
縛られて転がったまま、魔女は笑っていた。
「ふふ、ふふふ……」
絶えること無く続け、ぽつりと言う。
「だって、ずるいじゃないですか」
「なにがだよ」
「もちろん家主、あなたですよ」
ず……と音を立て、室内が暗くなった。
顔を横向きに、唇の様子だけを見せながら魔女は言う。
「あなたばかりが特別です、あなただけが寵愛を受けている、あなたがこの子の中心です、そんなの、不平等じゃありませんか」
「知るか」
「ここにいる人たちの、誰もがあなたを羨みます。あなたの立場に憧れます、たまたま手に入れたというのに、ただの幸運のめぐり合わせでしかないというのに、大切にする様子のないあなたに不満をためます、一滴ずつ落ちる水のように、けれど、決して流れ出ること無く水位を増やし、あなたに向けて思うのですよ。なぜ、どうして、と」
「私の立場になりたきゃ、勝手にそうすりゃいい」
「無理だとわかって言っているでしょう? なんて傲慢な人でしょう」
家主は答えず周囲を見渡す。
暗くなる原因がわからないみたいだった。
「ふふ、ふふふ……」
家からしても、わからない。
魔術――ですらたぶん無い。
「ああ、やはり気に食わない、薄い魂であればまだ許せます、多少の愚痴で済ませます。しかし、あなたのその魂のあり方はどうですか、見たことがないほど捻れて歪んで不自然で、ありえないほどの醜さです」
暗くなる、暗くなる、どんどんと、沈むみたいに闇が増す。
その中で、床近くの目だけがギラリと光る。
魔女が、首をひねり家主を睨み上げていた。
「わたしめのような魂に関わるものにとって、あなたのような無限転生者こそが許しがたい、忘却を経由しない生の悍しさは言葉にできません、たかが長く生きただけで超越者のような顔をする老醜、その無様なあり方は滑稽です。おまえはただの死にぞこないだ、おまえの魂はゾンビよりも更に下等だ、溜めきった糞便の臭いがおまえにこびり付いている」
「!」
声の位置が、段々と上がっていた。
床にいない。
暗さに紛れるように、魔女の姿が消えていた。
家主の足が踏んでいたのは、いつの間にか床と解かれた黒縄でしかなかった。
屋内は、もう完全に見えない暗闇。
インクが充満しているみたいだった。
きょろきょろ辺りを見渡しても、なにもわからない。ちゃんとついてる感覚のある天井の光源は、なにも照らしていない。
家から家主の姿すらもう不明だ。
――え。
いつの間にか、目の前に魔女がいた。
本当に気づけばいた。
家の頬に触れていた。細い腕が、仄暗く伸びている。
笑っていた、たぶん。
撫でる動きは、なぜかとても優しい。
「愛していますよ、大好きですよ」
銃を持っておくべきだった、と思った。
咄嗟に動くことができない、魔術の構成が思い浮かばなかった。
切ない息が、魔女の口から漏れていた。
その熱を、こわい、と感じる。
「だから、どうか、あなたの苦しむ姿をわたくしめに見せてください、忘却に嘆き悲しむ様子を間近でたしかめさせてください、人ではありえない惨痛に身も心も苛まれる光景を教えてください、ああ、本当に、それを独占できることが羨ましい……」
「フッ!」
気合一閃、家主の蹴りが背後から直撃した。
直撃して、そのまま通り抜けた。
上下に二分された姿が、そのまま消える。
たしかに家に触れていたはずの魔女は、幻みたいに消えていた。
蹴りはそのまま暗さまで斬り裂いた。
元の明るさに戻ってた。
だけど、家と家主の姿しかそこにはない。
魔女はもうどこにもいない。
ただ、耳奥に残るような囁く笑いだけが、いつまでも残響していた。
◇ ◇ ◇
しばらく、家も家主も何も言えなかった。
いろいろ確かめて見るけど、もう魔女はどこにもいない。
いないように、見えた。
家の内部の、魔力の痕跡を念入りに消したけど、それでも不安は残った。
まだ何かの影響があるんじゃないかって気がして仕方ない。
本当に、本当にもう大丈夫?
――家主。
「なんだ」
――なんか家、怖いんだけど。
「そっか、無理もねえ」
――そこは安心させて欲しい。
「無茶言うな」
家主は窓外を眺めていた。
正確には、都がある方面だった。
「たぶんだけどな、あの魔女は嘘はついてねえ」
――だと、思う。
「で、執着の対象は家、オマエだ」
――やっぱりそうなんだ……
そうじゃないことにしたかった。
あの魔女は家の魂を、もっと言えば家が苦しむ様子を熱望してた。
「なら、取り逃がした魔女は、まだ近くにいる。あの都のどっかに住み着いてる」
――うげ。
「そこで拠点を築いてるだろうな」
安心を求めていたのに、むしろ家主は戦いに臨む顔で断言した。
「また来るぞ、絶対」
五章 了
評価等いただけると助かります。




