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何を言えばいいのか、わからなくなる。
何度見直してもそこには、家の願いを叶えるって書かれていた。
でも、それは――
あなた自身の願いがわかりませんか?
そう、家が願うことなんて、別にない。
そう信じながら紙をめくる。
本当に?
ない、と思う。
あなたが哀れです。
なにが。勝手に哀れまれる理由なんてない。
どうでもいいけど、あわれまれる、って舌噛みそう。
たしかに言いにくいですよね
どこまで読んでるの!?
思い出したくありませんか?
突然の話題転換に、紙をめくる手が止まった。
えっと――?
あなたが燃やしてしまった記憶があります
それを取り戻せるとしたら
それが可能だとしたら
それは、あなたの願いになりませんか?
無理だ、そんなこと。
薪としてくべて燃やした木を、また元の形に戻すみたいなことだ。
燃料とされたものは、もう失われて、帰ってこない。
いいえ
否定、そっけないけど当たり前みたいな。
あなたは記憶に関する力を持っています
わたくしめは魂に関する力を持っています
専門とする分野が違うのです
不可能とする範囲もまた異なるのです
ぞわりと背中が震える。
恐怖なのかもしれない。
家自身が見たくなかった部分が、確かにそこにあった。
あなたが失ったものを
大量の過去を
大切な思い出を
取り戻したくはありませんか?
たぶんそれは、家が心の底に隠していた願いだった。
◇ ◇ ◇
紙をめくる。
ほとんど会話しているみたいな気分。
家が手を動かしてるのか、魔女が喋ってるのか、もうわからない。
ここまで期待を煽り、申し訳ありませんが、
この記憶の再生は完全ではありません
おそらく、三割から四割ていどでしょう
それでも、それはとんでもないことだ。
死者復活にも近い作業だ。
あなたの魂にこびりついた情報を再生します
その住居にも残っているかもしれません
近い過去ほど再生しやすく
昔になるほど難しくなります
可能、なのかな本当に。
相手は魔女だ。
嘘ではありません
……うん、こういう風にこっちの心を見透かしているから、ちょっと信用できない。
こうして直接、文字で書いています
どういうこと?
調べれば魔術的な要素のない
ただの筆記であるとわかるでしょう
この量を書くのは大変でした
たしかに、ただのペン書きだった。
痕跡を追跡したときみたいな自壊要素もない。
悪魔は嘘がつけません
魔女もまた似たような性質を持ちます
このように筆記することは
契約書に近いものです
え、そうなの?
ええ、そうです
会話しないで。
失礼
言い逃れのできない約束事として
ここに書かれた紙があります
これが、そのまま契約の証なのです
それは、ある意味ではフェア、なのかな。
一方的ではあるけど、証拠をこの場に残してる。
はい、魔女、嘘つかない
一気に信用がなくなった。
失礼
さらに信用を失うようなことを言います
一体なに。
なんかもう、どれだけ真面目にやればいいのかわかんなくなった。
わたくしめには、記憶の価値がわかりません
その重さがわかりません
ただこれは、あなたも同様なのでは
それは、そうかも。
家には失ったことはわかっても、それがどれだけ大切なのかがわからない。
ええ、判断する基準が、そもそも失われています
なにが言いたいんだろう?
試してみませんか
試すって、なにを。
願いを叶えても記憶を失わない状態
それを、試しませんか?
はい?
あなたは記憶を燃やして願いを叶えます
うん、そうだ
その際、わたしめとも契約を結ぶのです
そうして「燃え残し」をつくります
それって――
ええ、あなたが願いを叶えるのと同時に
わたしめと叶えた者の間にも
魂の契約を結んでいただきたい
ダメだ、そんなの!
もちろん、すべてをいただくわけではありません
は?
ほんのごく一部、本人が気づかないほどちょっぴり
願いを叶えた人間の魂をいただきます
え、でも、それは――
そのちょっぴりを使い
あなたの願いを叶えます
三割から四割ほど、記憶を残します
それでも……魂を削る作業だ、どんな影響が残るかわからない。
飛び降りようとした子供がいましたね
あの子供も魂の大半を失いましたが、生きています
いただく魂は、もっともっとささやかなものです
契約された本人が気づかないほどのものでしょう
どうして、そんなことを。
薄利多売といいましたか
この場所で通常の契約は難しいと判断しました
一人から一つの魂ではなく
百人から百分の一ずつの魂を得ようとしています
でも、いやーー
あなたのことを商売敵として、それほど重く見ています
敵わないから、このような形を取ろうとしています
考えてはいただけませんか?
そこまで読んで、顔を背けた。無理矢理に紙から目をそらす。
両目を覆って、その場を歩く。
ダメだ、なんか今の家は説得されようとしてる。
それも悪くないんじゃないかと思いはじめてる。
違う、と思うのに、なにが違うかわからなくなってる。
家は、家だ。
安心して皆が暮らせる場所だ。
魔女がついでに魂の契約を乗っけていい場所じゃない。
そうだと思うのに、ちゃんと否定しきれない。
このままの流れで読み続けていたら、頷いてしまいそうな予感があった。
ああ、でも、でも――
そうだ、この魔女はあの子供をそそのかして飛び降りさせた。
そんな人の言うこと素直に聞いて、本当にいいのか、それは寮生を守りたいっていう家の一番の願いをダメにする行為だ、きっと。
あの子供のことを考えていますか?
ぐるぐる回った後で決心してめくったのに、そんな文字が飛び込んだ。
あれに関しては謝罪します
どうにも、あのような魂のあり方を見ると
こう、我慢がなりませんでした
我慢がならないって、それで自殺を薦められても困る。
それでも、述べたのは愚痴や揶揄でしかありません
軽い魂などそのまま飛べるはず
そのようなことを述べました
ん、それはーー
まさか、そのままの形で受け取られるとは
これは行う方にも問題がありませんか?
うん、やっぱり家、こいつ嫌い。
やはり嫌われてしまいましたね
わかって書いたのか……
どうしますか
なにがよ。
嫌いだからと一切の契約を断ち切りますか?
どのようなものかを試す、部分的な契約をしますか?
完全に信用し、わたくしめとあなたで魂の契約を行いますか?
次の紙を、家はすぐにはめくれなかった。




