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家の私室、眺めの良い最上階。

その窓から飛び降りてる人がいた、誰かはわからない、その長くて黒い髪の先端だけがかろうじてわかった。

子供のそれとは違う、純粋な逃走のための飛び降り。


逃がす訳にはいかない。

足を踏み出して、けど、すぐに止まった。

いや、止まらなきゃいけなくなった。


――やられた……!


窓付近に、魔術的な防護があった。

とんでもなく強固な結界が張られてた。

今の家がなにをやっても破壊できない、殴っても手を怪我するだけの透明な防壁だ。

やったのは、家自身だった。


こうなってやっとわかった。

やけに無駄で長い痕跡、あれは魔術的な回路だ。

普段やっているシステム起動――特定の銀糸に魔力を通したり、あるいはちょっと組み替えたりして魔術にする行動を、家自身の追跡によって実行させた。


銀糸に魔力を通すって意味では、家自身の意識体が通っても同じだ。

今の最上階は、誰も出入りができない完全な閉鎖環境になってた。

誰も入れないし誰も出れない。


家がここにたどり着いた瞬間に、それが成立した。

外へと飛び降りた首謀者は、当たり前に範囲外にいる。


――ここまで来て、取り逃がすとか……


幸いにと言っていいのかわからないけど、この手の魔術は時限式だ。

時間を区切ることで効力を上げる。

ずっと閉じ込められるってことはない。


家本体との接続も半ば途切れてるみたいな格好だから、どっちみちあんまり無茶もできない。

取り逃がし確定だった。


――ああ、もう……


あと一歩までと思ってたら、それ含めて犯人の思い通りとか、どこまで用意周到なんだ。

ため息をついて途方に暮れる。

魔女が追いきれないくらい遠くに行くまでの時間、ここにいなきゃいけない。


ウロウロと私室を見回る。

窓際の鉢植えにある植物たちは、どうやら無事だ。軽く検査した限り、なにも手を加えられた様子はない。

他はないかとチェックして――


机に、見慣れないものが置かれてたのを発見した。


紙だった。

何枚も重ねられた、紙の束だ。


こんなもの今朝あった憶えはない。

誰かが置いた。

たぶん、というか確実に「魔女」だった。

これで誰かの日記とかだったら逆に家は怒る。


ちらりと窓を見る。

そこに張られた結界は、まだ解けそうになかった。


じっとその紙束を見る。


――たぶん、罠。


それはわかってる。

親切でやったわけがない。

それでも、家は読むべきだと、そう思った。

ちょっとでも「この敵」について知らなきゃいけない。


だって、逃した以上はまた来る。

何を求めてこんなことをしたのか、それくらいは知らなきゃいけない。


決意して近づく、紙のその一番上には。


 ごくろうさまです


そう書かれてた。

喧嘩売られてる、確実に。

苛立ち混じりに紙をめくる。


 喧嘩は売っていません、それは誤解です


……読まれてた。

騎士の人にやってたことの紙版だ、これ。


 これから、わたくしめは愚痴を言おうと思います


紙の厚みの大半は、それらしい。



  ◇ ◇ ◇



書かれた内容を簡単に言うと、本当にただ愚痴だった。

魂と引き換えに願いを叶える、それこそ悪魔みたいなことをしていた人はあちらこちらを放浪していた。

フェアな、けど、魂を対価にした取引はいつでもどこでも需要があって、あまり困ることはなかったそうだ。


だけど、この場所では商売上がったりになったらしい。


家が、記憶や魔力と引き換えにそれをしている。

せっかくの広大な市場があるのに、安く実行してしまうライバルがいるせいで上手く行かない。


どれだけ誑かしても堕落させても、願いを叶える段階になったら家に頼る。


家庭内暴力に怯えた人に完全犯罪をささやいたら家へ行き。

権力を求めて苦悩する人に栄達の幻影を見せたら家へ行き。

特殊な子供の扱いに疲れた親をそそのかしたら家に預ける。


回した舌が疲れるだけに終わった。


なら別の場所で再起すればいいって話だけど、魔女が自身にかけた縛りのせいで、この地をすぐに出ていくことはできないらしい。

このままではお腹を空かせたままずっと過ごさなければならない。


とんでもなく酷いやつだと家をなじるけど、いや、そんなの知らない。


 気づいていないようですが

 あなたは願いを叶える悪魔のような性質を持っているのです


まあ、そうと言えばそうかも?

寮生から受け取るのは、魔力くらいしかないけど。あとは、家が勝手に記憶を燃やして願いを叶えているだけだ。


 けれど、気づいているでしょうか

 あるいは、知らないふりをしているだけなのでしょうか


なんの話?

思わせぶりな人だ。


 誰も、あなた自身の願いを叶えようとはしていないのです

 常にあなたが叶える側なのです


言葉が、止まる。

反論を言おうとして、言えなくなる。


 あなたは常に失う側です

 あなたは奉仕を続けています

 見返りなどなにもありません


いや、そんなことは――

思うけど、家は気づけば紙をめくっていた。


 なにを得ていますか? 

 なにか憶えがありますか?


あるの、かもしれない。

あったのかもしれない。

けど、家はそれを憶えていない。


 そう、何もないのです、あなたはからっぽです


でも、それは誰かのせいじゃない、家が持つ性質だ。

自然な成り行きでこうなった。


 だから


それだけ書かれた紙。

次をめくる。


 わたくしめがあなたの願いを叶えます


悪魔のような誘惑だった。

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