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騎士の人の無事を確認してから、周囲をチェックする。

一応はまだ隔離結界を維持したままで。


防御の厚い場所なのに、一体どうやって入り込んだのか。

真っ平らなタイル張り、清潔感があって物音ひとつしない場所。

パッと見、なんにも変化がない。

なにか異常があればそこが変色する。主に家の魔力で構成された場所だから、他の魔力と反応して様子が変わる。


けど、まっさらでそのままで色味も同じ。

少なくとも、「攻撃」はされていない。


ぺたぺた身体を確かめてる騎士の人にも異常はなかった。

枕元の釘と端材を見て、驚いたような顔をした。


「ああ、そうか……」

――うん、枕投げ大会で優勝したよ。

「そっか、そうかあ」


心底安堵したように頷いてた。


「契約に乗らないで良かった」

――どういうこと?

「ハッキリと口にはしなかったが、夢の中で姿も見せず囁き続けた相手は、ボクが戦いに負けたようなことを示唆していた。あの大会も意味がなかったじゃないか、そんなことを言っていた」


断言じゃなくて仄めかす。

ずいぶん遠回りが好きみたいだ。


――酷いね。

「ああ、まったく詐欺みたいな手口だ」


契約や詐欺、というか、そうか、これ攻撃じゃないんだ。

やっていることは嘘まみれの酷さだけど、実質ただ「話してるだけ」だ。単に喋りかけてるだけ。


呪いとか攻撃魔法とか、なんならバフとか過剰な回復魔法とかも弾くようにしてるけど、単にお喋りするだけとなると違う。


つまり――


「ん、どうしたんだい」

――これだ。


あちこちをさらに調べた後で、ようやく緊急時に連絡するための受話器に見つけた。

ほんの薄っすらと、本当にごくわずか、その受話器に色の変化がついていた。

家以外の魔力の痕跡があった。


――たぶん、その契約を持ちかけた相手は、ここから話しかけた。夢の中にも届くような声で喋った。

「それは、可能なのか?」

――家には無理。声に魔力を乗せて、意識深くにまで浸透するようにとか、どうやったらできるかわからない。

「だが、いや待ってくれ。それは、ただ喋りかけるだけじゃないか」

――うん、言うことは出来ても、聞くことは無理だったと思う。違和感とかは、無かった?

「……無かった、寝ている最中とはいえボクの意識はハッキリしていた。普通に会話していると、そう思っていた」


この受話器を通して話しかける。

うめき声くらいは聞こえるかもしれないけど、夢の中の相手がどう反応したかなんてわからない。

聞けない以上、推測するしかない。

ヘッドフォンで爆音を聞きながらする会話みたいなもの。普通は話にならない。

なのに、「違和感なく」それを行った。


――家が苦手そうな人だ。


受話器を見つめる。

不思議そうに聞かれた。


「追わないのか?」

――あー……


いつもならそうしてる、でも、被害にあったばかりの怪我人を放っておくのは……

悩む家に向け、騎士の人が胸を張って断言した。


「ボクはもう大丈夫、身体も問題ない」

――本当に?

「無論」

――……ちょっとだけ、お願いできる?

「守ればいいんだな」

――うん。


受話器越しの話しかけは、ついさっきまでやっていた。

つまり、まだ魔力のラインが繋がってる。そんなに簡単には切断できない、できたとしても家の銀糸を間借りする形でやってるから、多少ちぎれた程度なら捕まえられる。

簡単に追跡可能だ。


ただ問題は――この相手がそれをわかってやったんじゃないか、ってこと。


痕跡を残すのなんて、わかり切っていたはず。逆探知をされることは予測できる。

家がいち早く気づいたからお間抜けを見せた――本当にそう信じていいのかな。


いや、でも、だからってここで追いかけないって手はない。

寮生に被害が出てる、これを見過ごしていいはずがない。


今は、文字通りのホームだ。簡単に好き勝手はさせない。


――一応、家主に事態を教えておいて、家が通った後なら普通に通話して大丈夫なはず。

「わかった、任せてくれ」


その言葉を背に、受話器から伸びる紫の魔力をぐるぐるに引っ張って千切り、ポイと上に投げる。


手に残した魔力痕跡に引っ張られるように、家は仮想体から抜け出す。

銀糸に絡みついた、毒々しい魔力を弾いて消しながら、その大本へ行く。



  ◇ ◇ ◇



意識だけで魔力の痕跡を通る。

家自身が張り巡らせた銀糸は、屋内の隅々に渡っている。

普段はこの形を組み替えることで魔術を発動させているけど、今は家の意識の移動通路だ。


いろんな人が住んでる屋内。違う魔力に触れているのが当たり前。まして、ポルターガイストっていう「家からはよくわからない魔力」もある。

だから、この魔力の絡みつきの発見が遅れた。


――本当に、厄介だなあ……


この魔女の性格の悪さが、痕跡にも現れていた。

追ってきたのを追い返すような、あるいはびっくりさせるような対策がところどころにあった。


それほど強いものじゃないけど、時間稼ぎとしては有効な作戦。

急がなきゃいけないけど、注意もしなきゃいけない。


――え。


そうやって見ている先、本当にふと目を離せば消えてしまいそうな紫の魔力痕跡が――解けた。


たぶん、自壊系の要素を組み込まれていた。

ただでさえ薄い魔力が、周囲に溶け込むように消えていく。


――やっば……!


到達距離がどれだけ先かわからないけど、どう考えても紫魔力の完全消失の方が速い。

意識をさらに加速させるけど、間に合わない。

ああ、もう、どうして家の意識は一つしか無いのか……!


右へ、左へ。階段を登ったと思ったら降りて、玄関外へ行こうとしたかと思えば壁を辿って浴室へ。

遠い、まだか。

というかどんだけ張り巡らせてたんだ。どうして家はこれに気づかなかった。


――くそぅ……!


時間がない、まだ遠い、間に合わない。

それなら――タイミングを合わせる。


出発点にいる仮想体、そこに上へと放り投げた紫魔力がようやく落ちて触れる。

同時に敵の設置した攻撃的な追跡対策、それにワザと触れる。

意識が痺れるような痛み、一瞬とはいえ動きが止まる。


さらにじわりと痕跡は消える。

もうほとんど見えない。


――警戒体制発動!


仮想体と家の意識、同時に攻撃されたことで緊急事態の要件が成立。普段は使用できない魔力領域が使用可能になった。

銀糸を伝い、開放された魔力を受け取りスピードに変える。

移動だけじゃない、思考の速度もまた上がる。


さっきまでがダンゴムシだとしたら、今はロケットのように追う。

痕跡が自壊する?

その一秒があれば最後まで追いきってやる――!


屋内をぐるぐると、無駄な回り道を何度も繰り返した経路を行く。

相手は慎重にも慎重、臆病な上にも臆病。


それでも、「ここ」での情報戦で負けるわけにはいかない。


屋内をさらに五周くらいする。もちろん痕跡すべてを消去しながら。

他に見える紫魔力の痕跡があるけど無視。そのショートカットはぜんぶ嘘への誘導だ。

愚直に一本のラインを追う。

落雷の視点と速度で経路を辿る。


そうして――


――え。


仮想体の私室に到着し、罠に嵌まったことを知った。

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