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家の内部のそこかしこの様子をチェックしながら、色々を行う。
なぜか治療施設のひとつが使われてたけど、そのままにしておく。誰か入ってるみたいだ。
壊滅した物置ロッカーから、木刀が出ていたから振ってみる。
なんと、二回も振ることが出来た。
すごい進歩だ。
この調子なら十年後には2万回くらいきっと振れる。
いつものように屋内をぐるっと一周しながら、掃除も行った。
家の内部に張り巡らされた銀糸、主に木材の中を通っているそれをちょっと震わせて表面の汚れを振り落とす作業だ。
地面に落ちたものは風でささっと集める。
別に仮想体視点でやらなくても、家は全体で一気にやれるけど、たまに「トランプタワーがあと一段で出来たのにぃ!?」って寮生もいるからこうしてる。
崩すなら、やっぱり手でやりたい。
配下はいないけどゴミは後ろからついてくる。
胸張って移動する。
道を開けろ、家の行進である。
数日前に大掃除をしたから、そこかしこにあった「あー、ここちゃんとやんなきゃなあ」って部分がぜんぶ良くなってた。
簡単な掃除だけで今日はいい。
ただ、中庭が酷くなってるのもあるし、外壁はちょっと払っておかなきゃいけない。
外部の様子にも目を配って、今にも飛び降りようとしている子供を発見した。
ダッシュした。
◇ ◇ ◇
三角の屋根はゆるく傾斜を描いていて、そこそこ頑丈、でも、それほど強度があるわけじゃない。
その屋根の端、高さとしては三階建ての更に上で、子供が決心したように頷いた。
「飛べる……!」
――飛べない!
襟首をつかんで止めた。
安全な地帯まで引きずる。
「なにをする」
――なにをしようとしてんの。
「飛ぼうと?」
――飛行魔術を習ってからにして。
「おお……」
わかっているのかわかっていないか、微妙な反応だった。
子供はゆったりと立ち上がって、しばらく腕を組んで考え込んでたけど、ぽつりと。
「……まさか、わたし、飛べない……?」
――当然飛べない。
「ばかな」
ショックを受けたようにおののく。
家は何にショックを受けているのかわからない。
この子供は、内で扱っている問題児の一人だった。
ちょっとヘンではあるけど、こうして普通に受け答えしてる。
だけど、これは外では無理だった。
それこそ人形のように無反応になる。
魔力が充填した場所にいなきゃいけなかった。
家主いわく、これは失敗した異世界転生らしい。
元あった魂と、外から来た魂がぶつかって、損傷して、大半を失った。
どちらが「生き残った」のかはわからないけど、どっちにしても普通よりもずっとすり減った魂で生きなきゃいけない。
この子供にとって「ただ生きる」ってことが、とても難しかった。
――どうして可能だって思ったの?
「軽いから?」
――どこが。
「たましいが」
――物理現象に逆らうには、気合が足りないってことでもあるよ。
「おお」
――誰が、そんなこと言ったの?
家だって飛べないのに。
飛行家屋ってステキだと思うんだけど、わりとハードルが高い。
というか、そういうのって単独で思いつける発想じゃない、誰かがそそのかしたのか。
「魔女」
――え。
「よくわかんない、悪い女の人」
茫洋とした表情は、嘘をついているようには見えなかった。
もっと詳しく聞こうとしたけど、本人にもよくわかっていないみたいだった。
ただ、その『悪い女の人』に言われたそうだ。
おまえのたましいは軽いから、きっと飛ぶことだってできるはずだ、と。
とても真面目な、本気の調子で。
――悪いってわかってるなら、言うことを素直に聞いちゃだめだ……
「おお」
――どうして意外なことを言われたみたいな顔なのか。
「家主さんは、いい人?」
――悪くはないけど、ダメな人。
「うんうん、そうだよね」
――でも、悪い人の言うことは聞いちゃダメ。
「それは、むずかしい」
なぜか腕を組んで悩みだした。
何を悩んでいるのか家には不明……
って、あー、整理整頓しないダメ人間=家主の言うことは、聞くべきである。
だから、あからさまに悪そうな人間=そういう人間の言うことも聞くべきなんじゃない?
とか思ってしまったのかな。
遠因、家主だった。
――ダメな人は自分が苦労する。悪い人間は周りを苦労させる。
「なら家主さん、悪い人じゃ?」
――そうかも、否定できない。
酒癖や散らかし癖以外に、研究癖と放浪癖もあるし。
――けど、酷いことをしようとはしてないよね。
「前に酔っ払って、わたしにお酒飲ませようとした」
――わかった、あとで家主を殴っとく。うん、訂正するよ。悪いことをされようとしたら、実行されたり実行するより先に、家とか周囲の人に知らせて欲しい。
「はーい」
素直なのは良いこと。
ただ、どちらにせよ、今この家には子供を言葉でそそのかして飛ばせようとするような奴がいるらしかった。




