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一応、食事中の人は注意
戦いは、飽きること無く続いた。
このままなら消耗戦、どちらかの魔力が完全に消えるまで、チキンレースみたいに疾走を続ける。
そう思えたけど――
『え、いや、ちょ、ちょっと、待って!?』
意外な形で幕が下ろされた。
その声を聞いて、ぴたりと人体使用殴打が止まった。
フェルさんも、一体なんだろうと枕を止める。
空中に立つみたいな姿勢から、アイドルの子がふわりと降ろされて、そのまま両膝をガクンとついた。
顔はこれまで以上に青ざめて、視線はどこかうつろ、「あ、あ……」と呟く。
僅かな間、風の音しかない時間が過ぎて――
『う、ぶ――』
身体を折って、地面に放出した。
ええと、その、「枕」を?
画面は緊急的に真っ暗にしたけど、代わりに生々しい水音と、涙まじりの嗚咽が響いた。
音にちょっとヘンなのが混じっているのは、柔らかい食べ物じゃなくて未消化の物体だからだと思う。
「ひでえ」
――家主、同情心が行方不明。
「まあ、いや、体調最悪なところにあんだけブンブン振り回されたから、仕方ないっちゃ仕方ねえか?」
――んー、というか。
「なんだ?」
――たぶん、わざとだと思う。
この大会中は、枕でしか攻撃ができない。
だから、変なものを食べた人を、体調最悪でも頑張ってる人を止めるためには、腹パン一発で嘔吐させるとかじゃダメだった。
間接的な影響を与える――それこそ身体を持ってブンブン振り回すとかしか、方法がなかった
「考え過ぎ――でもねえか?」
吐き終わったのか、よろよろと動いてからバッタリと倒れた。
見えない人に動かされ、横向きにされる。
フェルさんが戸惑う前で、なにかのやり取りがあった。
「ん?……そうか、了承だ」
家主が操作して、アイドルの子が広間に現れた。
本人じゃなくて、その持ち主が棄権を宣言したためだった。
もれなくその「枕」も一緒に転送された。
横たわったまま、その枕さんは顔を両手で覆ってる。きらりと光るのはたぶん涙。胃液とかじゃないと思う。
頭は少しだけ浮いていた。
家からは見えない人に膝枕されていた。
それをしている人は口元を拭いたり撫でたりと、たぶんアイドルの子だけを労ってた。他に注意を払う様子はまったくない。
それ以外にも、見えない人がそこに集合する。
「まあ、心配はいらねえかな」
――というと?
「本当に嫌ってたら、大人しくああしてないで跳ね除けるなりするだろ」
――そっか。
「それと、形としても悪くねえと思う」
――形とは?
「アイツと、その信者だけなら暴走する。自分の体のことも考えずに突っ込み続ける。だけど、それこそ力づくで止められる奴がいるなら、なんとかなるだろ」
膝枕している人と、されているアイドルと、周囲の人たち。
なんか、こう、よくわからない力関係みたいなものが、その場に構築されてる雰囲気があった。
「まあ、どちらにせよ、これで大会も――」
終わりだ、とかそんなことを言おうとしたんだと思う。
すっかりそういう流れだった。
なんか色々あったけど、こういう形で決着がついたんだね、という一安心。
そういう空気を、まったく読まない人が、まだ諦めていなかった。
『!』
優勝者インタビューくらいのつもりでつけた画面、その中でフェルさんが首元を抑えてた。
反射的な動作をしているその向こう、画面の奥では、剣を振り切った姿勢の、騎士の子がいた。
『ボクには、わかったことが3つある――』
鎧を既に脱いでいた。
攻撃を一切通さない重量をすべて外した。
『この――』
フェルさんが枕を振りかぶるけど、その先にはもう姿も形もない。疾走痕だけがある。
『!』
反射的に枕で防御しようとするけど、その間をくぐり抜けて剣がまた振り切られた。
身体には届いてない。
ただ魔力圏を減らすだけの攻撃。
だけど、それが人体の急所を穿ったものなら、反射的に怯んでしまう。
『一つは、協力の大切さ。ボクは仲間とちゃんとした連携を取れなかった、もっと色々できたはずなのに、それをやれていなかった』
『いくら速くても、無駄です! ここまで来て負けるわけにはいきません!』
強く宣言するけど、その枕は一向に相手を捉えられない。
集団として、魔力としての力をこれ以上なく見せつけたその後で、スピードが最強の場に躍り出ていた。
効く様子もないけど、幾度も幾度も剣は振り抜かれる。
『もう一つは、限界を狭めていたこと。ボクはいつの間にか、安全に確実に勝とうとしていた――必死さが、ボクにはぜんぜん足りていなかった』
フェルさんは振りかぶるのを止め、確実なカウンターを取ろうと構えた。
ちいさく弱い投擲でも、当てれば騎士の子は吹き飛ぶ。それだけの魔力差がまだあった。
きっと、そう判断することを狙っていた――
フェルさんが放置していた軽機関銃、それを最速で拾い上げ、マガジンから球を抜き出した。
投げる体勢を取られていたら致命的な隙。
手にした球を数瞬だけ見つめ――
「馬鹿が! 自滅するつもりか!!」
――緊急の安全保障システムを……!
遅かった。
ためらいなく飲み込んでいた。
無謀、なんて言葉じゃ足りない。
アイドルの子がやったのとは話が違う。
両者同意のもとじゃない他人の枕の摂取は、ただの攻撃にしかならない。
内部から鈍い音がする。爆発音だ。
白焔がその身体を燃やす。
肌が焼ける、内臓が燃える、破壊が内部で荒れ狂う。
絶望的な苦痛が蝕む最中に、それでも言う。
『最後に、浮気はじない。ボグは初志を貫徹ずる!』
食事によるバフ。
体内の魔力を取り込む能力の強化。
本来ならただただダメージにしかならないものを、一部とはいえ自身の力に変えた。
剣先に、これまでにない力が漲る。
『く――!』
戸惑いながらもフェルさんが投げた枕。
白く燃える剣はそれを真っ二つに斬り下ろし、勢いのまま踏み込み、斬り上げた。
お手本のような一連の動きは――
『……あ』
膨大な赤い魔力を削りきった。
フェルさんが転送され、ついで膝をついた騎士も転送される。
家主が怒号みたいに指示を飛ばす。
家も急いで魔法薬を移動させる。
第何回か知らないけど、枕投げ大会の幕切れは阿鼻叫喚に終わった。
枕投げとは、だいたい食事の後に行う競技である




