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アイドルの子は決め顔そのままに、顔をざあっと青ざめさせた。
広げた腕、その二の腕あたりがへこんでる、五本の指の形に。
膨大な魔力をまとってるはずなのに、負けないだけの「圧」がその後ろにあった。
それに振り返らないままで訊いた。
『ふ、フウさん……?』
なあに?
たぶん、ポルターガイストの人だ。家からは見えない人。
なのに、なんで声まで聞こえるんだろう。
込められた想いが濃すぎたのか、それともまだ周囲に舞っている土煙が伝言役をしてくれたのか。
掴んでる部分が、なんかギリギリ音まで出してるし、前者っぽい。
『ち、違うよ? 誤解だよ?』
『違うんですか!?』
フェルさんがショックを受けたように慄いた。
『いや、それも違くて、本気ではある。でも――』
『たしかにフェルは、ちょっと人より食べるところがあります、協力するだけで全部奢ってくれるなんて、おかしいとは思いました。やっぱり騙そうとしていたんですか!』
……人よりちょっと?
人間の言葉ってむずかしい。
『騙してない、フェルのことが欲しいのは本気で――痛い!? フウさん痛い!? わかって、必要なんだ! ここは、マネージャーとして冷静に――』
……異説養生方の写本……
今度こそ完全に固まった。
『ど、どこで、それを……?』
アイドルの子が恐る恐る振り返る。
その先に、にっこりと艶やかに笑った顔が見えた気がした。
なぜか目の奥だけが笑っていない。
「養生方は、いわゆる房中術の本だな」
――ぼうちゅう……?
「あー、一緒に寝ることで、相手の魔力みたいなもんを取り込んで循環させる考えだ」
――そっか、フェルさんの魔力が欲しかったのか。
たくさん食べるだけで魔力もりもりになる人は、場合によっては是非とも欲しい能力なんだろうとは思う。
そして、アイドルの子は勝つためならどんなのでも食べるような人だった。
『そ、それはつまり、フェルのことを食べる気だったんですか!?』
ポルターガイストの子が説明してたらしい。
フェルさんは、もう完全に敵対モードで枕を構えた。
『ゆ、夢について話し合うくらいのつもりで、べつにやましいことは――』
それ、どこで? ベッドの中で?
『べ、べ……ッ!?』
『フウさん?! ここは真正面から戦っても勝ち目薄いから、別方向から攻めただけで、そういうのと関係は――』
話はもはや通じてなかった。
残された二人がうなずき合ってた。
なにかを確認する作業だった。
フェルさんは指さして断言する。
『この人、敵です!』
うん、反省、して――?
瞬間、アイドルの子の身体が持ち上がった。足首付近を握られて、そのままぐいんと上へと「振り上げられる」。
そうやって見えない細長い人が、アイドルを構えていた、まるで武器みたいに。
『え、え……?!』
事態を理解していない人を放置して、その身体が高速で振り下ろされた。
『「くらえー!」』
たぶん言葉は違ったんだろうけど、意味としては同じ叫びが唱和して、枕とアイドルが激突した。
凄まじい閃光が中庭を照らした。
衝突の余波は、さっきの大爆発にも負けないくらいで、家そのものを揺らした。
「あー、なるほど……?」
――どうしたんですか。
「いや、枕の条件は、「一ヶ月以上それを頭の下にして寝ること」だったなと思い出した」
――人間は枕だった?
「場合によっては、そういうことらしいな」
連続して衝撃は鳴る。
片方は真っ赤な顔で真っ赤な魔力で、高濃縮魔力枕を振ってる。
食を求めるだけの、どこかふんわりしてた意識が、今は敵に焦点を当て、破壊のためだけに全身を可動させていた。
今の枕の威力としては、たぶん岩くらいは簡単に砕ける。
もう片方は、家からは見えない人で、いろんな色の魔力をまとった人体を振っている。
なんでこうなったんだろうという顔で、足首を起点にブンブンと振られてる。
一応は手にしたメリケンサックで、相手枕を殴ってもいるけど、あんまり関係なさそうだ。
結果的にではあるけど魔力差が埋められて、完全に互角の勝負だった。
破壊力だけを見れば、たぶん現代最高峰に近いレベル。
それが逃げずに、互いに打ち付けあっている。
一撃ごとに空間を揺らすような余波を生じさせて、武器よ壊れろと言わんばかりに打ち合いを繰り返す。
それは、神話と呼ぶにはくだらなすぎて、英雄的と呼ぶにはなんか色々ひどすぎた。
「というかただの修羅場だな」
――あれって、大丈夫なんですか?
「魔力にしかダメージはいかないから平気なはずだ、見た目的には最悪だけどな」
戦いは虚しいというけれど、どんどんと魔力を消費して、ただ打ち付け合う戦いの様子を見ると、たしかにその通りなのかもしれないと思う。
まあ、本人たちは、一人を除いてちょっと楽しそうだからいいのかも。




