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「医療班、大丈夫だとは思うが嘔吐剤とかの準備しとけ」
家主が面倒そうに、けど真剣に言った。
――え、それ必要なんですか。
「外部からの攻撃ならともかく、自分から内部へと取り込んだ異物だ、普通に変なもの食ったのと変わらねえ」
――うわぁ……
「一応、吸収のバフがかかってるはずだが、それでも無理なことしてるからな――あー、食ったもんは、槍の飾り布に、剣の滑り止めに、弓の予備弦……どんだけだアイツ」
戻ってきた人たちに聞き取った情報が来ていた。
「集団戦で一方的にやられてたのも、これが一因だろうな。武器の一部が無いまま奴らは戦った」
そうやって、その分の魔力を取り込んで強化した、ってことなんだと思う。
保持する魔力量を徐々に強くしながら、そのアイドルの子は歩いてた。
内部に巡る魔力は色鮮やかで、虹みたいに幾重にも囲む。
手を横に振り、土煙を払いながら進む様子は、なんかもうコロシアムの拳闘士みたいだった。
待ち受けているのはフェルさん。
手にした軽機関銃の様子を確かめた後、残念そうに置く。
あれだけの爆発に晒されたせいで、上手く動かなくなっていた。
けど、赤く脈動する魔力はまだまだ底が見えない、手にした枕も無事なままだ。
二人の、その無言で対峙する様子を見て家主がポツリと言った。
「いや、ひでえな」
――え、なにが。
「布やら弦やらへんなもんまで食って強化したのは、本当に賭けだったはずだ。そこまでの無理して強くなったのに、対戦相手は美味いもんたらふく食って超強化だ、色んな意味で美味しい思いだけしてる」
――あー、それはー……
「止めなかった私も責任あるけどな、割と酷い肩入れだぞ、これ」
しかも見たところ、魔力量はフェルさんの方が上だった。
あれだけ削れても、一人分くらい魔力量が上回ってる。
いや、うん、たしかに家庭菜園まで投入したのは、ちょっとやり過ぎだったのかもしれない。
家としてちょっと反省した。
反省中でも、睨み合いは続く。
二種の異なる魔力が立ち昇ってる。
一つは万色、ゆらめき不安定だけど強力。
一つは赤色、蠕動しながら空腹に身をよじっている。
『すごいですね』
フェルさんが言う。
短時間で一気に憔悴したけど、目だけは戦意に燃えたままで。
『そっちほどじゃないだろ、あたしのは』
『ええ、それでもいろんな人達の想いを背負っているのがわかります』
静かに、けれど残念そうに。
『でも、だからこそフェルには勝てません』
『……』
『自分のものにして、消化しきれていません。まだ魔力同士が反発しています』
『だから?』
『これを言っても意味がないとフェルはわかっています。それでも、言います。あなた自身のために、身体を壊さないために、棄権してはくれませんか?』
その言葉に対してじっと睨みつけるようにしていたけれど、
突然、ふ、と表情がほどけた。肩の緊張を抜いて、まるで親友か、もっと親しい人に言うように。
『そっか、心配してくれてるのか』
『はい』
『なら、もっといい方法がある』
多数の魔力を内部に抱えた人は、両手を広げた。
視線は、枕を構えている子をまっすぐ射抜く。
『フェル、あたしのところに来ないか?』
『え……?』
『あんたの目的は、腹いっぱいになることだ。それは、ここで勝っても一回しか叶えられない。それよりも、あたしのところに来れば、ずっと、毎日、遠慮なく、満腹になることができる』
『はえ、それは、え……?』
『一部のアスリートや戦う者のために、魔力補給をメインにした料理を提供するところがある。そこでフェルは全メニューを頼める、いくらでも、なんでも注文していい』
ゴクリ、と唾を飲む音がした。
ぎゅるると腹の音が鳴っていた。
『な、なにが目的ですか、た、タダでそんなことを、するはずがありません。都は怖いところだと母から聞いてます!』
めちゃくちゃに揺れていた。
『あたしには目的がある、そのために味方はいくらでも欲しい。あたしは、フェルが欲しい』
『ふぇ……!?』
『ダメか、あたしは絶対にもうフェルのことを空腹にさせない、ぜんぶを満たしてやる、だから、来てくれ』
――うわあ。
「マジか、こういう決着か」
そう思ってしまうくらい、フェルさんはグラグラだった。
『フェ、フェルのことを口説いてるんですか!』
『そうだ、口説いてる。戦う姿はキレイだし、その性格も気に入ってる。他のやつに渡したくない。来いよ、フェル』
『え、え……』
あと一息。
誰もがそう思うし、きっとアイドルの子もそういう手応えを感じていた。
けど、口説くその背後で、揺らめくものがあった。
本来は見えないはずなのに、濃い存在が、魔力が、情念が、土煙をどけて人の形を作っていた。
空気を揺らして、音がする。
なんか聞こちゃいけない、昏い声が。
へぇ……?
それは、背が高くて細い人の形をしていた。




